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状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

ホルヘ・サンヒネスとの対話から――ラテンアメリカ特集に寄せて


山形国際ドキュメンタリー映画祭2015/映画祭公式ガイドブック「スプートニク」掲載

私たちが自主上映・共同制作活動でこの40年間付き合ってきているボリビアのウカマウ集団+ホルヘ・サンヒネス監督は、狭い意味でのドキュメンタリー作家の枠内には収まらない。その作品は、現実に起きた出来事に素材を得ながらもフィクション化している場合が多いからである。だが、ドキュメンタリーやセミ・ドキュメンタリーの作品もあるから、ラテンアメリカや欧米で出版されている「現代ラテンアメリカ・ドキュメンタリ―映画」の研究書の中では必ず言及される存在だ。

ホルへ・サンヒネスたちと出会ったのは1975年のことだ。首都キトで偶然観たウカマウの映画『コンドルの血』(1969)に新鮮な驚きを感じてこの未知の監督のことを探っていたら、何と、軍事政権下のボリビアを逃れてキトに滞在中という。翌日には会っていた。話し合ってみて、歴史観・世界観に共通なものを感じた。旅の途上にあった私たち(連れ合いも一緒だった)と、亡命地を転々としていたホルヘたちとは、ラテンアメリカ各地で再会する機会があった。その度ごとに、ホルヘは自分たちの旧作や「これは!」と彼が思う同時代の作家たちの作品を見せてくれたり、ラテンアメリカ映画にまつわるさまざまな話をしてくれたりした。それ以来、私たちは映画人でもないのに、40年来の付き合いである。

今回の山形映画祭で上映される『チルカレス』(マルタ・ロドリゲス+ホルヘ・シルバ監督、コロンビア、1972)をホルヘ・サンヒネスは、確か、ボゴタのどこかで見せてくれた。ホルヘは、自分たちの初期の短篇『革命』(1962)と『落盤』(1965)が、民衆の貧窮の実態を描きながら、当の貧しい民衆からの批判に曝されていると語った。自分たちが日々生きている「貧しさ」が画面に映し出されていても、面白くもなんともない。知りたいのは、この現実がなぜ生まれているのか、だ。この批判を受けて、ウカマウ集団+ホルヘ・サンヒネスの映画は変わり始める。その意味では、『チルカレス』も同じ問題を抱えている。しかし、信頼できる作家たちだ――ホルヘは、そう語ったと記憶している。今年は、『チルカレス』に加えてコロンビアのこの二人の映画作家のその後の作品も観られると知って、私の心は沸き立つ。

アルゼンチンのフェルナンド・ソラナスは、ホルヘ・サンヒネスがもっとも信頼し親しくしている映画作家のひとりだ。オクタビオ・ヘティノとの共同監督作品『燃えたぎる時』(1968)――私はかつて『坩堝の時』と訳していた――のことを熱く語ったホルヘの様子をよく覚えている。2000年頃だったか、日本での上映可能性はないがとの断り書き付きで、この名のみ高い作品が東京の某所で「クローズドで」上映される機会があった。その場に居合わせることができた私がどんな思いで画面に見入ったか――想像にお任せしたい。

チリのパトリシオ・グスマンの話が、ホルヘとの対話に出てきたか、よく覚えていない。だが、1970~73年9月のチリに成立していたアジェンデ社会主義政権の時代の一時期、軍事政権下のボリビアを逃れてホルヘたちはチリに亡命していた。アジェンデ政権下では文化政策が活性化し、ラテンアメリカ各地の軍事体制から逃れた多数の文化活動家がチリに赴いて、テレビや映画分野での仕事に携わったという。ホルヘ・サンヒネスもそうした一人だったから、おそらく、パトリシオ・グスマンと知り合う機会があったのではないか。ともかく、私は現地の新聞記事や研究書で彼の名と作品のことはよく見知っていたから、作品をひとつも観ないうちから、今回上映される『チリの闘い』3部作(1975~78)などの題名がくっきりと頭に刻み込まれている。数年前、彼の『光のノスタルジア』(2010)を観た時の思いは、だから、とても深いものがあった。

ウカマウ作品の自主上映を始めたのは1980年だったが、それが大きな成功を収めたので持続的な活動にする展望が見えた1981年には、ウカマウ集団+ホルヘ・サンヒネスの映画理論書『革命映画の創造――ラテンアメリカ人民と共に』を翻訳・出版した(三一書房、絶版)。巻末には、ウカマウのみならずラテンアメリカ映画の作品年表を付した。その頃は同地の映画が上映される機会はほとんどなかったから、私が観たこともない作品も含めて、ホルヘ・サンヒネスから聞いた話や研究書に基づいて、監督名と題名を年表に付け加えていった。したがって、『チルカレス』も『燃えたぎる時』(は『坩堝の時』として)も『チリの闘い』3部作も、その年表に収められている。

上に見たようなエピソードに満ちた作品を、日本に居ながらにして観る機会が訪れようとは! 過ぎ去った40年間を思い、人生が続き、活動が持続している限りは、こんなことが起こり得るのだ、という思いが溢れ出てくる。(9月10日記)