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状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

太田昌国の、ふたたび夢は夜ひらく[67]Abenomicsとは「コインがじゃらじゃら笑顔で輝く」の意


『反天皇制運動カーニバル』第32号(通巻375号、2015年11月3日発行)掲載

英文学者で翻訳家の柳瀬尚紀が、今年はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』が刊行されて150年目だとするエッセイを書いているのが目にとまった(『しんぶん赤旗』10月23日付)。この人らしく軽妙な筆致で、この物語の主役は、子ども向けに翻案された物語と違って、ちっとも可愛くもないアリスではなく、言語であること、しかもその言語は、本来の意味をズラし、ナンセンス詩の一語一語に意味を付与し、こじつけ的に新たな言葉を合成し――といった具合に、言葉遊びで読者を解放する試みだ、としている。この〈起承〉は十分に共感できる内容なのだが、柳瀬は後半にきて突然に、日本の現実に話題を〈転〉じる。本当は書き写したくもない、嫌悪感で身が震えるような標語なのだが、「一億総活躍」なるキャッチフレーズを編み出した現首相は、キャロルを凌ぐ文学的才能の持ち主だと「褒め殺し」をするのである。言葉から意味を解き放ち、否、意味を剥奪し、かつまた自ら奪い取った意味を見事に修復してみせるだろう、と。

柳瀬は夢の中で、かのハンプティ・ダンプティに会ったそうだ。『不思議の国のアリス』の八歳下の妹『鏡の国のアリス』に登場する、奇怪な顔をした「意味の君臨の信奉者」である。柳瀬が「キャロルに並ぶ文学的才能を有するわれらが宰相のことを得意げに話す」と、ハンプティ・ダンプティは紙に等式を書いて、すーっとどこかへ消えた、という。〈結〉語は、すべて引用しよう。

「Abenomics=CoinsBeam  キャロルの得意な綴り替え(アナグラム)である。コインがじゃらじゃら笑顔で輝く、の意味だ。要するに、アベノミクス社会でカネだけは喜々として活躍するのだろう。これが一億総活躍の意味らしい。」

アリスの物語に始まり、この社会の「民意」を幻惑し続けているまやかしの経済政策を皮肉るに至る、〈起承転結〉の効いた、柳瀬らしい文章であった。柳瀬発案のアナグラムも見事だ。このエッセイを受けて、「コインがじゃらじゃら笑顔で輝」いている現実の〈裏表〉をいくつか見ておこう。

誰よりも笑顔が輝いているのは、兵器ビジネスである。政府はこの間、金蔓の経団連の要望に応えて、武器輸出を容認する「防衛装備移転三原則」を決定し、防衛装備庁も発足させた。ここまでくれば、兵器産業が利益を生み出し続けるためには、日本が関与できる戦争がなければならない。戦争法案をなりふり構わぬ形で「成立」させた背景には、この経済的な欲求をも見ておくべきだろう。同時に、防衛省が発表した「自衛官再就職状況」書によれば、多数の幹部自衛官が代表的な軍需関連企業へ天下っている事実にも注目したい。現首相が得意とする「外遊」には、常に、兵器製造企業も含めた大企業幹部が大挙して随行している。訪問先の国々で、兵器の共同開発、輸出などに向けた協定が次々と成立していることも忘れるわけにはいかない。首相はこれを「トップセールス」と称して、悦に入っているのである。国家が「死の商人」と一体化しつつある実態が、そこには見てとれる。

辺野古への基地「移設」問題に関わって、政府が県や名護市の頭越しに、名護市の辺野古、久志、豊原の3区に直接振興費を交付するという戦術も、「基地を受け入れるものにだけ金を出す」という、いかにも拝金主義者らしい卑劣なやり口である。地方自治体の財政規律など、彼らは歯牙にもかけていないのだ。

他方で、こんな現実もある。厚労省の調査に基づいてさえ、子どもの貧困率(住民1人ひとりの所得を試算し、真ん中の人の半分に届かない人の割合)は16.3%で、6人に1人の子どもが貧困状態にある。そこで政府は「子供の未来応援基金」なるものを創設したのだが、発起人には首相、経団連や全国市長会・日本財団の代表者らが名を連ねて、民間からの募金や寄付を子どもの貧困対策に充てるつもりのようだ。児童扶養手当や返済不要の給付型奨学金の拡充に取り組もうともしない政府が、公的責任を放棄して、民間の「善意」に頼ろうとしている姿勢が明らかだ。「活躍」する可能性の低い貧しい子どもに対して「じゃらじゃら」公金を注ぎ込むわけにはいかないという本音が、そこからは聞こえてくる。

Abenomics の本質は、まこと、あちらこちらで透けて見える。それでいてなお、首相の大きな顔のそばに「経済で、結果を出す」(これぞ、まさに、CoinsBeamではないか)というスローガンの掲げられた自民党の新しいポスターが、この国では効力を持ち続けるのだろうか。(11月1日記)