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状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

太田昌国のみたび夢は夜ひらく[82]スキャンダルの背後で進行する事態に目を凝らす


『反天皇制運動 Alert』第9号(通巻391号、2017年3月7日発行)掲載

「ことばが壊れた」とか、「崩れゆくことば」などという表現を私が使ったのは、 21世紀に入って間もないころだった。世界的には、「9・11」に続く「反テロ戦争」の正当化を図る米国政府の言動の支離滅裂さと、にも拘わらず各国政府や主要メディアがこれに追随する状況が念頭にあった。国内的には、いわゆる「小泉語」の問題があった。首相に就任した小泉純一郎が、従来の保守政治家とまったく異質の断定口調の〈爽快さ〉によって支持率を上げてゆく事態が進行していた。論理に基づく説明はいっさいなく、その意味では支離滅裂さの極みというべきものが「小泉語」の本質には、あった。

それから十数年が経った。今や、政治の世界では「ポスト真実」などということばが大手を振って罷り通っている。「事実に基づかない政治」「政策路線や客観的な事実より個人的な感情に根差した政治家の物言いが重視され、それによって世論が形成される」時代を指しているのだという。「小泉語」はその典型ではないか、私たちはすでにそんな時代を体験してきたのだ、と言っておきたい思いがする。世界的に見て、この状況が加速されたのではあろう。インターネット上に「贋情報」や「贋ニュース」が蔓延し、それがひとつの「世論」を形成する場合もある現代の〈病〉が浮かび上がってくる用語である。

この状況をもっとも象徴的に代表し得る為政者として、世界に先駆けて二国間会談を行なった米日両国首脳を挙げることができよう。彼方米国では、さらに、「オルタナ・ファクト(もうひとつの事実)」なることばすら使われている。誰の目から見ても明らかな嘘を言い、それを指摘されると、「嘘じゃない、オルタナ・ファクトだ」と強弁するのである。裸の「王」ひとりが言うのではなく周りの者たちも直ちに唱和していく点に、〈政治〉の世界の恐ろしさが見られる。

だが、スキャンダラスなこの種の話題にのみ集中して、米国で進行する新旧支配層の闘争を見逃すわけにはいかない。2月下旬、米国と北朝鮮は、中国の協力を得て、核問題をめぐる非公式会談を行なう準備を進めていた。北朝鮮のミサイル発射、金正男殺害事件(その真相はまだ不明だ)によっても、会談のための準備は中絶されなかった。だが、最終段階で、米国は朝鮮代表団へのビザ発給を見送った。米朝対話から和平へと進むことを快く思わない軍産複合体が米国には存在する。政権内部の抗争があったのだろう。トランプ「人気」は、既存秩序の象徴たるオバマやヒラリー・クリントン(それらを支える軍産複合体も含まれている)と対決しているかに見える点にある。水面下で進行する両者のせめぎ合いにこそ注目すべきだと思う。権力政治家は、スキャンダルの一つや二つで消え去りゆくほどやわな者ではないことは、長年心ならずも自民党政治を見てきた私たちには自明のことだ。

さて、此方にも、米朝対話の挫折を喜ぶ者たちがいる。安倍政権が現在の対米軍協力強化・軍拡・武器輸出推進などの路線を追求するためには、北朝鮮とは恒久的に対立していることが望ましい。事実、対立関係が見た目に高まれば高まるほどに、時の政権の支持率も増す。「拉致問題の解決こそ自らの使命だ」と高言してきた安倍が、被害者家族会がようやくにして苛立ちを示すほどにその努力を怠ってきたことには、彼なりの理由がある。

その安倍も、いま、森友学園をめぐるスキャンダルに見舞われている。政治家と官僚、さらには日本会議に巣食う連中の本質が透けて見えてくる「醜聞」ではある。国有地売買の背景には、民主党鳩山政権から菅政権への移行期に財務省官僚が立案した『「新成長戦略」における国有財産の有効活用』(2010年6月18日、財務省)と『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~』(同日、閣議決定)がある。新自由主義的な価値観に貫かれたこの官僚路線は、反官僚の姿勢をむき出しにした民主党政権の「失敗」を経て、2012年に第2次安倍政権が復活した段階で、利害の合致する政治家を見出したというべきだろう。この問題からは、どこから見ても、現代日本をまるごと象徴する腐臭が漂う。徹底した追及がなされるべきだが、同時に、私は思う。秘密保護法、戦争法案、南スーダンへの自衛隊の派兵などの政治路線における攻防で「勝利」できなかった私たちの現実を忘れまい、と。誰であろうとスキャンダルによる「窮地」や「失墜」は、いわばオウンゴールだ。そこで、私たちの力が、本質的に、増すわけではない。(3月4日記)

【追記】文中で触れた「成長戦略」文書のことは、ATTAC(市民を支援するために金融取引への課税を求めるアソシエーション)のメーリングリストに投稿されたIさんの文章から教えてもらった。末尾に、リンク先を記します。

なお、ATTACのHPは以下です。

http://www.jca.apc.org/attac-jp/japanese/

◎「新成長戦略」における国有財産の有効活用

平成22年6月18日 財務省

http://www.mof.go.jp/national_property/topics/arikata/

◎新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~(平成22年6月18日)

http://www.kantei.go.jp/jp/sinseichousenryaku/