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状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

軽視すべきでない新政権下の流動


「地域アソシエーション」誌72号(2010年2月28日発行)掲載

元外務省主任分析官であった佐藤優の文章には、彼の立場に賛成するか否かは別として、そこに盛り込まれている情報の量と質の両面で、傾聴に値するものが、ときどき、ある。

『情況』誌3月号には、「青年将校化する特捜検察」と題する文章が掲載されているが、そこでは、検察が小沢一郎の秘書であった石川知裕議員を政治資金規正法違反で取り調べ・逮捕・起訴した問題をめぐって、これは、民主党政権によって官僚の地位が脅かされることを嫌った検察内部の青年将校による強制捜査だとする観点から、官僚心理をめぐる独自の分析を行なっている。

丸暗記主義の国家公務員試験や司法試験を通っただけなのに、官僚は無知蒙昧な「国民」を見下し、自分たちこそが国家運営に携わっているのだ、と確信しているというのである。

国家運営の実権を、選挙の洗礼も受けていない官僚の手から奪い返し、選挙によって選ばれた政治家のもとに取り戻そうとするのが民主党政権の意図だから、そこで新政権と官僚の間での角逐がさまざまな場所で見られる。

問題は、肝心の民主党指導部の多くは元来は自民党に属していたのであり、その金権体質も権力行使の恣意性も、そのまま引きずっているから、政治家の手に実権がいくといっても、民衆のこころに高揚感が沸くことはないという点にある。案の定、首相と党幹事長の政治資金疑惑問題で、新政権は、機能不全のまま半年を経ようとしている。

私たちの多くは、自民党の退場を歓迎しつつも、新政権に全面的な信頼をおくわけには、もちろんいかず、かといって全面的に否定することも非現実的だと考えて、個別課題の現場で試行錯誤しているというのが、大方の現状だろうと思える。

私の場所から見えるいくつかの問題について書き留めておきたい。その場合、沖縄の米軍基地問題に象徴される日米同盟体制をどうするかは最大の問題のひとつだが、新政権には同盟体制を解消する意志はさらさらなく、その範囲内で基地移設の問題をめぐって各閣僚が迷走発言を続けているにすぎない。ここで言うべきことは、あまりにも明らかなので、あえて触れない。

拉致問題は、正直に言えば、新政権によって積極的な打開が図られる可能性のある案件のひとつだと私は考えていた。

拉致問題に関してつくられてきた社会的雰囲気は、歴史認識を歪め、排外主義的な日本ナショナリズムの悪扇動に道を開いてきただけに、共和国との国交正常化を実現する過程で、この雰囲気に終止符を打たなければならない。

そう考えてきた私は、「制裁ではなく交渉を」と主張し始めた拉致被害者家族会の元事務局長・蓮池透氏と対談し、『拉致対論』(太田出版)を刊行した。

刊行時期は偶然にも新政権の発足時と重なったので、私たちがそこで語り合ったことは政策提言的な意味合いも持つものとなった。結果的には(現段階では)私の希望的な観測は甘かった。

新政権でこの問題を担当しているのは、中井洽国家公安委員会委員長だが、私が見るところ、最悪の人物だと思える。

インタビューや国会審議の答弁などを読むと識見にも乏しいことがわかるが、自公連立政権時代とまったく違いのない政策方向しか持たない人物だから、である。

高校無償化法案で朝鮮学校を対象外とする政府内の動き(2月25日現在)は、中井担当相の要請によるものだが、「東アジア共同体」や「友愛外交」を掲げる首相も、この程度の水準の排外主義を諌めるだけの見識すら持たない。諦めるのではなく、政治レベルでも、当方からの多角的な働きかけがまだまだ必要な課題だと考えている。