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状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

太田昌国の夢は夜ひらく[35]アルジェリアの実情を伝える急使は、どこから来るのか?


『反天皇制運動モンスター』第37号(2013年2月5日発行)掲載

ここ数年、「革命の通信」ともいうべき、北アフリカはマグレブの急使が途絶えることがない。広場に集まった群衆の中から、らくだに乗って突撃してきた部隊に蹴散らされた人びとの中から、逃亡した権力者の宮殿を占拠した人びとの中から――急ぎの使者がやってきては、何ごとかを伝えてゆく。

だが、私たちは、それを聞き取る術を持っているのか? 私たちはすでに、ここ十数年来のアフガニスタンとイラクについての報道を経験し、何事をも「イスラム」と括ることで、何か危険なもの、過激なもの、異質なもの――などと仄めかそうとする報道操作に全面包囲されてきた。それから、わが身を分け隔てる知恵を私たちは持っているか? あまりに歪められた「イスラム報道」に接するたびに、わが身は思わず身構える。

今回のアルジェリアの事態についても同じことだ。かつてなら、アルジェリアの急使は豊富だった。フランス植民地軍脱走兵の証言、植民地軍から拷問を受けた少女ジャミラの手記、解放戦線のスポークスパースンだったフランツ・ファノンの諸著作、そしてジロ・ポンテコルヴォの映画『アルジェの戦い』――植民地解放闘争の息吹を伝える急使が数多くあった。だが、1990年代の凄惨な内戦で15万人もの死者を出した記憶も消え去らぬ現在、抗争の当事者であった政府にせよイスラム武装勢力にせよ、適任の急使を外部世界に送ることができない。すでに19年も前にメキシコのサパティスタがインターネットを駆使して行なったような鮮烈な言葉によるメッセージを、今回の「覆面部隊」は発することができないままだ。だが、マリに侵攻したフランス軍の撤兵を要求する言葉だけは明快だった。ここから何がわかるのか? 事態はもはや北アフリカに局限され得ず、西アフリカへと拡大している、ということだ。マリと言えば、数年前に観たモーリタニア映画『バマコ』(アブデラマン・シサコ監督、2006年)は、世界銀行らの国際金融機関がマリに強制した構造調整政策の実態を巧みに告発する内容だった。20世紀末から21世紀初頭にかけて、ラテンアメリカ諸国に続いてアフリカの国々も、先進国と国際金融機関が主導する新自由主義経済政策の支配下にあったのである。この程度の知識でもあれば、天然ガス・プラント問題を通して、開発による利益を地元に還元するルールはどのようにつくられているのか、あるいはいないのかへと私たちの関心は伸びて、犠牲者の哀しい物語だけで終わらせずに、問題の本質的な膨らみへと行き着くことができるはずだ。

他方、新自由主義に翻弄された社会が、いかに構造的に壊れるものであるか。そのことを、小泉改革以降の日本社会の実情に照らして、私たちは学びつつある。経済生活を破壊された底辺層が、相互扶助の精神が相対的に高いイスラムの人びとの「影響下に入る」ことは見え易い道理である。メディアが好んでやるように「アルカイダが聖戦思想をもってアフリカを侵食している」などという側面だけで、事態を捉えるべきではないだろう。

マリの隣国ニジェールには、フランスの原発推進部門が採掘を手掛ける豊かなウラン鉱がある。現在のところ、東アフリカのジブチにしか軍の常駐基地を持たない米国は、去る1月28日、ニジェールへの米軍駐留に向けて同国政府との間に地位協定を結んだと発表した。「北アフリカで拡大するテロ組織に対応するために」米軍は偵察用無人航空機基地をニジェールにつくり、300人程度の要員を駐留させるのだという。またしても、軍事的な対応である。「反テロ戦争」の拡大図を見るために、地図を広げてみよう。アフガニスタン、イラクに始まる「戦線」が次第に西へと拡大し、ソマリアでの「海賊退治」を経て、ついに西アフリカへ至った事実に行き当たろう。それは米国主導の「反テロ戦略」の破綻を意味している。いつでもどこでも軍事に頼る大国のふるまいを「横暴」と捉える非国家組織が同じ手を使って対抗することで、現在の状況がつくられたのだ。

最近、国連事務次長は「ラテンアメリカの経済状況が比較的順調なのは、この地域で武力紛争がほとんどないこと」を理由として挙げた。私はこれを、同地域では米国の影響力が大幅に減退し、その軍事的プレゼンスもほぼ消えて、新自由主義路線を排除して、各国に自主・自立・相互扶助の動きがあるからだ、と読み替える。アルジェリアをはじめ北西アフリカの現実の打開方法を伝える急使は、意外な場所から来るのかもしれない。

(2月2日記)

イラク戦争10年、福島原発事故2年、安倍政権成立の現在とは


『反改憲運動通信』第8期第15号(2013年2月発行)掲載

ラテンアメリカの現代小説の中には「独裁者小説」の系譜とでも名づけるべき優れた作品群がある。いつの時代にか実際に存在したどこかの独裁者をモデルにして、その治世下ではいかに摩訶不思議な支配が貫徹していたものか、どれほどの抑圧が、不条理にも体制そのものと化し、民衆の意識の中にも当たり前のこととして浸透していたか、を作家の想像力もまじえて描くのである。作品それ自体はフィクションとして読まれるべきものであっても、引かれるエピソードは限りなく現実に近いと思われる場合が多い。独裁者に共通するのは、「実際に起こったこと」を「なかったこと」にしてしまう力である。その力は、もちろん、絶対的権力の行使によって担保されている。たとえば、警察と軍隊を動員して数百人の人びとを虐殺しても、そんな事件はどこでも起こらなかったことにしてしまう、というように。時空を異にして読む日本の私たちは、まさかこんなことがあるなんてとか、いくらなんでもフィクションだよねとか、あゝこんな国に生まれなくてよかったとか、日本に生まれて幸せだったなどと、もしかしたら、思ったりするのである。

返り咲くべきではなかった安倍晋三の所信表明演説(2013年1月28日)を読みながら、刊行される都度読み耽ってきたその「独裁者小説」を思い出した。安倍は「独裁者」ほどの大物ではない。ラテンアメリカの軍人政治家なら長けているレトリックの冴えもないから、「美しい国」とか「世界一を目指していこう」とか「強い日本」とか、今どきの小学生も言わないような幼稚で、空疎で、かえって聞く者の顔が赤らむような言葉をしか使えない。その意味でも、あの地の独裁者とは似ても似つかぬ者である。しかし、安倍は、つい2年足らず前に起きて、今なお多くの人びとを現に苦しめ、不安な気持ちにさせている重大な出来事に一言も触れないで所信を語る、という離れ業をやってのけた。「大震災」には触れた。政策的にではなく、被害者の少女の言葉を引きながらセンチメンタルに。だが「原発」の「ゲ」の字も、その演説にはなかった。つまり、原発事故などというものは実は福島で起こってもいなければ、脱原発か原発継続かをめぐって社会を二分するような争いなどはこの社会の何処をさがしても見当たらないと、政治家=安倍は言外に語ったと同じことになる。実際に起こったことを無きに等しいもののように扱うこと――安倍は、その点においてのみ、かの小説群に描かれた独裁者に似通ってくる。

独裁者は、本来なら叩きやすい。独裁下の言論の不自由さを掻い潜って、地下潜行した風刺言論が栄えた例は、古今東西多々ある。だが、独裁制なき日本のメディアはおとなしい。「言論の自由」は、所与のものとして存在しているのではなく、日々の表現実践によって獲得されるものだとの自覚がないのかもしれぬ。「被災」した福島には触れても、それを「原発」抜きで行なうことによって、「あるようでないような」福島をしか、安倍は語らなかった。にもかかわらず、その不誠意を厳しく指弾するメディアの声は小さい。はて面妖な。時たま現われる一部のジャーナリストによる果敢な報道を除くと、マスメディアは巨大な、沈黙のブラックボックスと化したかのようである。それは、人びとをして「あった事実を、ないものと思わせる」には、実に好都合な仕掛けだと言わなければならない。件の小説群に描かれた独裁者と違って、安倍は、表現弾圧の装置なしに、それと同じ効力を持つ「メディアの沈黙」という武器を所有しているのだと言える。

また、安倍晋三は、選挙とは関係のない時期や内向きの会合などでは言いたい放題にしている言動を、選挙演説や国会内では情勢を読みながら封印したりもする。政治家とはそんなものだとは言えるが、安倍の場合はその振幅があまりに激しいので、六年前の前回はそれが命取りになったのである(詳しくは、蓮池透+太田昌国『拉致対論』、太田出版、2009年、を参照。私はこの本で安倍にレッドカードを出したつもりでいたから、その復帰は「衝撃」だった)。今回も、選挙前には公言していた旧日本軍「慰安婦」問題に関わっての河野談話見直し方針は、直ちに米国の主要メディア・政府筋・議会からの批判にさらされていることから、前回の轍を踏むことを避けるためにそれを貫くことに逡巡のさまが見えないではない(1月31日現在)。もちろん、本音は維持しつつ、擬態によって批判をやり過ごすためにだけ。

だが、安倍は、現状のメディアと右派的「民意」の中でかつてほど孤立してはいない。それは、12年末総選挙の結果が示した現状維持派の著しい台頭によって証明されている。この場合の現状維持とは、政治的に言えば、日米安保体制を肯定し、中国・韓国・北朝鮮の「脅威」に対抗するために自衛隊のより一層の浮上を待望し、沖縄・福島は中枢部の犠牲にさらされているという「植民地主義」論に基づく捉え方を歯牙にもかけない考え方の謂いである。それはまた、ペルシャ湾岸戦争以来20数年をかけて、またアフガニスタン、次いでイラクに対する一方的な攻撃の開始以来10数年をかけて世界的に制度化された「反テロ戦争」の「大義」を背景に持つ意識である。

一定の時間をかけて人びとの裡に内面化した意識を変えることは容易なことではない。幼い子どもに向けて乱射された銃の規制を求める声は、自国が他所で日々実践している無人爆撃機による攻撃をはじめとするすべての殺戮を中止する声には繋がらない。自らの生活と実存を脅かす原発を怖れこれに反対する気持ちが、自国の行なおうとしている原発輸出に反対し抗議する声となって広がっていくことは稀だ。

こうして、イラク戦争10年、原発事故2年を経て安倍政権成立にまで至ったわが社会は、独裁制が存在しないのに、メディアと民衆が自ら進んで批判精神を失い既成秩序の護持に堕している点で、傍からは摩訶不思議にしか見えないだろう。私たちが生きているのは、そんな危機の時代である。

(2月2日記)