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状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

太田昌国の夢は夜ひらく[29] 都市ゲリラであった大統領のリオ演説の波紋


反天皇制運動『モンスター』31号(2012年8月7日発行)掲載

テレビはあまり見なくなったが、7月末のある日、どこかのチャンネルが、雨宮処凛と毛利嘉孝をスタジオに招いて、首相官邸前の原発再稼働反対デモをめぐる討論番組を放映することを知って、何気なく点けたままにしておいた。当世の番組だから、観ている誰でも、ツイッターで意見を寄せることができる視聴者参加型番組である。官邸前デモについては、いずれ触れる機会もあるだろう。きょうの話題は別だ。主要なテーマが終わって、「今週ツイッターでもっとも注目度が高かったテーマ一覧」というパネルが出て、一位から十位までのテーマが並んだ。他のテーマはひとつも頭に残っていないが、八位の「ムヒカ大統領演説」という文字だけが、私の目に跳びこんできた。その後の番組の流れの中では、1位か2位のテーマについての説明がなされたが、テーマも中身も覚えていない。

私は1年前からツイッターにはまっているが、その数日前に、私の「フォロワー」が紹介していたムヒカ演説を読んで、それを日本語で読むことができるウェブサイトを紹介し、ムヒカなる人物についての簡潔な情報を伝えたばかりであった。日本のマスメディアではまったく報道されていないムヒカ演説が、ツイッターの世界では次々と転送されて、テレビ番組が放映する「週間ベストテン」に入っていること–―そのことへの、新鮮な驚きが私にはあった。メディア状況は、それほどまでに、劇的な変化を遂げつつあることをあらためて実感したのである。

ムヒカとは、ホセ・アルベルト・ムヒカ・ゴルダノ(1935~)、南米ウルグアイの大統領である。2009年の選挙で当選し、2年有余前の2010年3月、大統領に就任した。話題となっている演説は、6月末にブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議(Rio+20)」で行なわれた。翻訳は、ラテンアメリカに住む日系青年たちが運営するNikkei Youth Network のサイトにアップされたのだが、この原稿を書いている時点では接続不能なので、それをフォローした以下を挙げておく(ユーチューブで、生演説も視聴可能)→http://blog.livedoor.jp/kirinoyura/archives/1706023.html

(これも接続不能な場合は、「ムヒカ演説」で検索できよう)。

演説内容は、しごく簡明――リオ会議は「持続可能な発展と世界の貧困をなくす」ことを目的とした会議だが、無限の消費と発展を求めてきたのが私たちであることを顧みるなら、残酷な競争によって成り立つ消費資本主義社会が孕む問題を放置したまま、共存共栄の論理を語ることは不可能。問題の本質は、環境危機ではなく、問題の本質に向き合わない政治危機なのだ、と要約できよう。

この演説がネット上で熱い共感を呼んでいるのは、昨今の首相や大統領には珍しい「論理」と「倫理」を兼ね備えた内容が、ここにあるからだろう。私がツイッター上で付け加えたのは、ムヒカの「前歴」である。1960年代から70年代初頭にかけて、ウルグアイでは反体制都市ゲリラ「トゥパマロス」が活発に行動していた。トゥパマロスは、その政治的倫理の高さと作戦活動のめざましさで、一時代を画した。ムヒカはそのメンバーで、何度も逮捕された。しかし、彼は二度も脱獄した。獄外の仲間が、刑務所に近い家屋の床下から牢獄へ向けてトンネルを開通させ、それを伝って脱走したのである。1972年の軍事クーデタ後に徹底した弾圧を受けた。辛うじて生き延びたメンバーの一部が、民主化の過程以降、政党を結成し、政治の世界に進出した。そのような人物を、およそ40年を経て一般選挙で大統領に当選させるウルグアイ民衆の政治的・社会的「成熟ぶり」が眩しい。ある時代に、信念に基づいて法を犯した者が、刑期を終えてのち、社会的に復権することを保証している人びとの「寛大さ」に打たれるのである。その人物が77歳のいま、40年の時間を超えて持続していたゲリラ時代の初志を大統領として国際会議で披歴し、その演説を貫く理想主義に、およそ政治家なるものへは不信感しか持たない他地域の人びとが感銘を受けている。

ツイッターを含めたネット世界での「精神的交通」、侮るべからず。そう、思った。

(8月4日記)