連載:シオニスト『ガス室』謀略の周辺事態(その3)

大手メディアの誤報・冤罪報道体質

1999.1.15

 分かりやすい事例で見る大手メディア誤報の仕掛けです。

 政治的シオニストがパレスチナ奪取の目的で練り上げた謀略、「ガス室」神話を広めたのは、欧米の大手メディアです。欧米といっても日本の実情と変わりはありません。メディアの誤報、特に犠牲者を生む冤罪報道には、数多い事例がありますが、ここに再録するのは、「ガス室」問題と非常に関係が深くて、しかも非常に分かりやすい事例です。


★ ★ ★  採録  ★ ★ ★
初出:『歴史見直しジャーナル』(第22号.1998.10.25)

松本サリン事件報道「おわび」記事で「検証」に漏れた
「ナチス収容所使用説」

遅れた「おわび」に漏れた「小事」

 松本サリン事件で被害者の河野義行さんを犯人扱いした「サツネタ」冤罪報道に関して、各紙とも一応の「おわび」記事を発表した。

 ここでは当時の大手紙、朝日と毎日の両紙の「おわび」記事だけを取り上げるが、その理由は、両紙が標題の「ナチス収容所使用説」を、何らの検証もなしに採用していたからである。

 朝日の「おわび」記事掲載は1995年4月21日。松本サリン事件発生の1994年6月27日から数えて約10ヵ月後、1995年3月20日の霞ヶ関地下鉄サリン事件発生の1ヵ月後である。

 毎日は遅れて1995年6月6日に「事件取材に重い教訓」という大見出しの半頁特集、「検証『松本サリン』報道の1年」を掲載した。

 だが両紙とも「ナチス収容所使用説」報道の方は「おわび」どころか、何らの検証のし直しもしていない。私の電話による訂正申し入れは無視された。

 読者のほとんどを日本人が占める商業紙の判断基準からすれば、この問題は確かに馴染みが薄いし、読者という「お客」への影響が小さいし、それほど国際的な問題になるとも思えないのであろう。だから、オウム事件の全体像と比較すれば、無視するのが当然の「大事の前の小事」なのであろう。

 しかし、この問題の報道経過には「一事が万事」、何度も懲りずに繰り返して「虚報」「誤報」「冤罪報道」を頻発するマスメディアの法則的な欠陥、怠慢と傲慢が典型的にうかがえるのである。

 そこで以下、私自身の直接体験をも交えて、両紙の「情報源」検証を試みる。

出典も根拠も示さない大手新聞の悪習

 朝日が「ナチス収容所使用説」を採用したのは、1995年2月23日の『マルコポーロ』廃刊問題検証記事である。霞ヶ関地下鉄サリン事件発生の1ヵ月前だ。情報の出所は、私自身が主催した記者会見の席上での「学者」の発言だが、内容については後に詳しく紹介し、疑問点を指摘する。

 毎日は、それより半年以上前の1994年7月4日、朝刊1面左肩に長野県警発表の「『サリン』とほぼ断定」を載せた。その記事の終りに「化学兵器に使用」という1段の小見出しで、「サリン」を「ナチスドイツが強制収容所で使用」と解説した。

 どちらの記事にも、出典や根拠は示されていなかった。これが第1の問題点で、大手新聞の無責任な「慣行」なのだ。学術論文では出典を明示しなければ、それだけで落第である。新聞報道の社会的影響は大きい。このところ議論の盛んな「メディア責任制」の戒めを自覚すべきだ。

 毎日の1995年6月6日付「検証」記事の該当部分の小見出しは「サリン判明」で、次のように始まっている。以下[ ]内は筆者注。

「『原因物質はサリンと推定される』。[1994年]7月3日午前9時、捜査本部の緊急会見で浅岡俊安・県警捜査1課長がいきなり発表した。出席した山田、本多記者は『サリンてなんだ』と面くらい、旧ナチスドイツが開発した猛毒の神経ガスと知って、『とんでもないものが出てきた』と顔を見合わせた」

 つまり、取材記者は最初、「サリン」とは何かを知らなかったわけだ。翌日の朝刊で「解説」するためには、夜中までに調べなければならない。ミスリードの根底に潜む物理的条件の基本は、このような速報性を生命とする商業メディアの競争にある。

こちらも国際版「冤罪」報道では?

 この件では、野坂昭如がいちはやく直後の『週刊文春』(94.7.14)連載コラム「もういくつねると」で疑問を投げかけた。「強制収容所で使用」は「チクロンB」だとされていたはずなのに、「どういう根拠で」「サリン」を「使用」と書いたのか、「毎日新聞偏差値化けガク秀才に伺いたい」と、独特の毒舌文体で皮肉タップリに迫っていた。

 文中の「チクロンB」は「青酸ガス」を発生する殺虫剤の商品名である。従来の「ガス室」物語では、収容所で大流行した発疹チフスの病原体を媒介するシラミ退治用のものを、ユダヤ人の大量虐殺に転用したことになっている。

 ナチスドイツがサリンを開発していたことは、実物も押収されているようだし、疑問の余地はないだろう。だが、実戦で使用した事実はないとされてきた。毎日が小見出しに「化学兵器に使用」と付けたのも無責任な誤報である。化学兵器に使用「しなかった」理由については「ヒトラー自身が第1次世界大戦で毒ガス被害を受けたことによるという説もある」(世界大百科事典)という記述例もある。この説を私は『噂の真相』(94.9)で紹介した。

 ヒトラーの亡霊が、この誤報に怒って、「日本のインチキ宗教と一緒にするな!」などと迷い出てくれば、それはそれで面白いのだが……。

 その上さらにサリンが「強制収容所」で使用されたと主張するのなら、従来の説、ひるがえればニュルンベルグ裁判などの一連の戦争犯罪法廷における検察側の主張までが、訂正または訴因追加の必要ありとなる。

 やはり、これは国際版の冤罪報道ではないのか。相手がヒトラーなら仕方ないという論理は危険だ。

他社の知恵を無断借用する「慣行」

 野坂昭如と違って私の場合は当時、「ガス室」疑惑の本[その後に出した拙著『アウシュヴィッツの争点』1995.6.26.リベルタ出版]を執筆中だったから、皮肉を飛ばすだけで済ますことはできなかった。

 確かに、いわゆる「定説」または「通説」とは違う。しかし万が一、本当に「サリン」が凶器として「強制収容所で使用」されていて、目的が「ユダヤ人絶滅」であり、殺人現場が「ガス室」だったとしたら、これまで「チクロンB」に的をしぼって調べてきたことが「ちょっと待て」になってしまう。

 問題点の第1は、記事に出典明示がないことだ。

 まさかとは思ったが、一応、念のために毎日新聞の社会部に電話をした。

 すると、社会部デスクは気軽な調子で、松本支局が送ってきた原稿だという。だが、問題の記事には発信地も記者名も入っていなかった。

 これが出典なしの問題点の第2である。

 長距離電話料金の支払いを泣く泣く覚悟して松本支局に電話すると、担当の記者は、実にアッサリ、「時事通信の配信記事に書いてあった」という。それ以外の資料による吟味はしていないことをも素直に認めた。つまり、丸ごと他社の「知恵を借りて」いたことになる。だが、記事には通信社名は入ってなかった。これが出典なしの問題点の第3だ。

 時事通信の社会部デスクは、すぐに同記事の配信を認めた。記事に出典や根拠が明記されていないということも確認できた。

 これまた出典なしの問題点の第4である。

「根拠は執筆者でないと分からない」というのだが、その名前は聞いても教えてくれず、「本人から電話させます」といったまま、その後、まったく連絡が入らない。念のためにもう1度、1週間後に電話をしたが、やはり同じ状態がまた1週間続いた。アアッ、こんな無反省な誤報専門マスメディアをまともに相手にしていたら、時間がいくらあってもたまらないと思いつつも、念には念を入れようと、もう1度電話して3度目の事情説明をし、おだやかに約束違反の苦情をのべたら、やっとのことで、なぜか、「本人ではないが」と弁解する記者の口から「朝日の『知恵蔵』にそう書いてあったそうです」という遠慮がちな返事がえられた。つまりここでも、まさに他社の『知恵』を借りていたわけである。

 図書館で1994年版の『知恵蔵』(副題は「朝日現代用語94」)を見ると、たしかに次のように断定的に書いてあった。

「タブン、サリン、ソマンは第2次大戦前に有機リン系殺虫剤の研究から生まれた。実戦には使われなかったが、ナチスが強制収容所で使用」

 だが、ここにも根拠は記されていない。またまた出典なしの問題点の第5の出現である。

 なお、当の朝日は毎日と同じ日付の朝刊で、毎日よりもはるかに詳しい「サリン」の解説をのせていた。ところがそこには「ナチスが強制収容所で使用」という字句はない。朝日の社会部担当に電話で聞くと、毅然たる口調の答えが返ってきた。

「他社のことは知りませんが、朝日の社会部では自分の足で取材し、裏を取ってから書くことにしています。『知恵蔵』が朝日の発行物だからといって、それをそのまま使うようなことはいたしません」

 オオッ、偉いぞ!

 この教訓は毎日と時事にも聞かせなくてはと思いつつ、朝日の『知恵蔵』編集部に電話する。

「出典は執筆者の江畑謙介に聞かないと分からない。しかし、ユダヤ人虐殺に使われたのは青酸ガスと認識している。サリンなどは実験的な使用ではないか」

 これには一応、「『ナチスが強制収容所で使用』と書けば、ほとんどの人はユダヤ人虐殺を連想するのではないか」という疑問を呈しておいて、さらに江畑謙介に電話した。

 江畑はまず「化学兵器は専門ではないが」と言訳したが、それは聞き置くままにした。出典として電話口で読み上げたのは、和気朗著『生物化学兵器』(副題『知られざる「死の科学」』中公新書)の一部だけだった。

情報「ローンダリング」の様相

 やっとたどりついた出典の『生物化学兵器』には「アウシュヴィッツの悲劇」という小項目があった。下手な論評を先に加えるよりも、読者に直接判断してもらいたいので、この項目の主要部分を次にそのまま引用する。

「1944年、ナチス・ドイツが敗北するまでに、約2000種の有機燐化合物が合成され、試験された。[中略]39年にサリン[中略]。有機燐系毒物は、動物種によりはなはだ効果が異なる。したがって、実験動物に対する試験だけでは、ガス兵器としての効果測定は十分でなかった。そこに、人体実験が強制収容所のユダヤ人やロシア人捕虜に対して行われた理由があった。ナチスは、アウシュヴィッツ、ビルケナル[ママ]等の強制収容所に、毒ガス殺人工場をそなえていた。浴室にゆくと称してコンクリート造りの密室に連れこまれたユダヤ人たち(総計370万人に達するといわれる)は、しかし単に殺されるためにそこに連れこまれたのではなかった。むしろ毒ガスの人体実験の方が、ナチスにとっては本来の目的であったと考えられる。こうして、チクロンB(青酸化合物)やバイエル研究所で開発された各種の有機燐系毒ガスの人体におよぼす影響(致死量、死にいたるまでの時間など)が、データとしてまとめられたのである」

 以上、疑問点や矛盾が非常に多いが、順序立てて指摘する。

 第1に、「人体実験」に「総計370万人」を必要とすることなどは絶対にありえない。「人体実験」なら、解剖もしなければならない。いったいどうやって「総計370万人」の死体を解剖検査したというのだろうか。

 第2に、ビルケナウ(第2キャンプ)を含むアウシュヴィッツ収容所全体での「虐殺者数」に関しては、すでに1994年、現地の記念碑の数字自体が「約150万人」に改められている。だが、これにもさらに疑問がある。私は同年末、数字訂正の基礎になった論文の執筆者、アウシュヴィッツ博物館のピペル博士と直接会った。ピペルの論文自体に「登録」の記録がある死者は「約20万人」と書かれている。残りの数字は伝聞で、直接の物的証拠はない。

 つぎには、開発中で「効果測定は十分でなかった」という「有機燐系毒物」の「人体実験」の文脈に、なぜ突如として、早くから効果が知られ、商品化さえされていた「チクロンB(青酸化合物)」が入ってくるのだろうか。論旨の混乱もはなはだしいのである。この本では「チクロンB」が、本来は市販の「殺虫剤」だということだけでなく、その毒性の程度にさえ一言もふれていない。しかも同じ頁で、主題の新型猛毒をさしおいて、「チクロンB」のみの缶の写真をイラストに使っている。写真説明は次のようである。

「強制収容所で使われたチクロンB毒ガス(みすず書房刊『夜と霧』より)」

 以上の疑問点については著者に直接質問したのだが、残念ながら、この「化学兵器」の章を担当したのは共著者の三井宏美であって、すでに故人。参考文献のリストは残されていないという。つまり、サリンを「ナチスが強制収容所で使用」したという記述の根拠は、疑いもなく、名義上の著者にさえ「不明」なのである。

 以上、根拠の不明な「情報源」(カッコ付き)にやっとたどりついた瞬間、脳裏にピカピカッと信号が走った。類似のパターン認識感知である。故人の執筆者の善意を疑うわけではない。だが、この情報の流れ方は、麻薬密売などで得た不正のカネの出所を隠す「マネー・ローンダリング」そっくりなのだ。

朝日新聞の「学者風」記事作り

 さて、先に紹介したように「自分の足で取材し、裏を取ってから書く」と胸を張っていた朝日も、やはり、この根拠不明の「情報源」を無批判に採用していた。

「マルコポーロ廃刊/残されたもの(上)『西岡論文』とはなんだったのか」(同紙95.2.23)という特集記事では、サリンの「ナチス収容所使用説」の論拠として、「『(強制収容所では)チクロンBやバイエル研究所で開発された各種の有機リン系毒ガスの人体に及ぼす影響(致死量、死にいたるまでの時間など)がデータとしてまとめられた』(和気朗・日本大学教授著「生物化学兵器」、中公新書)との指摘もある」と記している。

 さてさて、ここで初めて「出典」を示す記事が出現したわけであるが、この出典はなぜか、前出の江畑謙介が電話で私に語ったのと同じものだった。

 出典を明記しただけで合格論文というわけでもないが、「との指摘もある」という留保付きながらも、最高権威の「大学教授」の著書からの引用だから、いかにも「学者風」の研究成果だという雰囲気が漂う。だが、果たしてこれが本当に「自分の足で取材」した結果なのだろうか。

 この署名記事のどこにも、執筆者が『生物化学兵器』という単行本を探し当てた経過は記されていない。いかにも独自に様々な資料を探索したかのような書き方だ。天下の大新聞、朝日の囲み付き連載署名記事なのだから、読者はきっとそう思って読むだろう。

 だが、実情を知る私は、この記事[署名:本田雅和]の作り方に、誠実さの欠如を指摘せざるを得ない。

 まず、記事そのものの文脈を確認すると、該当箇所の前段には、次の部分がある。

「旧日本軍の細菌戦部隊の研究者、常石敬一・神奈川大学教授は『[中略]ナチスは、より強力で証拠を残すことの少ないサリンなどの神経ガスを開発していた。これを使わなかったのだろうか』などと問いかける」

 私の知る限りでは、この常石の発言が初めて出たのは、私自身が主催した2月18日の記者会見・兼・市民集会の席上であった。収録ビデオもあるので正確に内容を再現できる。

 私は、この2月18日以前にも、文藝春秋の『マルコポーロ』廃刊に関する記者会見が行われた2月2日をはさんで、2月1日、2月15日と、問題になった「ガス室」否定の『マルコポーロ』記事の執筆者、西岡昌則らが出席する記者会見を主催した。朝日の署名記事執筆者は、以上の3回の記者会見のすべてに出席し、その他にも、私や西岡や常石に直接の長時間取材を続けていた。

 2月18日の記者会見で、常石は、壇上でまず問題の出典、『生物化学兵器』を手に持って高く掲げ、「この本にサリンの開発と強制収容所での実験についての記述がある」と語った。これ以外に常石の論拠はなかった。だから本来ならば朝日の記事では、『生物化学兵器』をすくなくとも、常石が論拠とした出典として紹介すべきだったのである。

 常石はまた、『生物化学兵器』の「収容所でサリン実験」という説の論拠を確かめるために、「著者に電話したが出張中で未確認」と付け加えた。

 つまり、新聞用語でいえば、常石は、「まだ裏は取れていないよ」という留保を付けたことにはなるが、その本の記述自体についての疑問は、いささかも述べてはいなかった。

 すでに私の探索結果を示した通りに、執筆者死去で「裏取り不可能」なのだが、私の「情報源」探索はすでにその前年の7月末には終了していた。

 実は、常石にも、この探索作業の経過を記したワープロ・コピーを前年末に渡していた。常石は、化学者そのものではなくて科学史研究者であるが、その後に起きた地下鉄サリン事件の報道では、サリンの権威として、各種大手メディアに登場した。

 もしも朝日の担当記者が原稿を仕上げる前に私に直接質問してくれば、すぐにこの「情報源」の怪しさを教えてやれたのだが、質問はなかった。

 天下の朝日新聞は、明らかに裏取り作業を手抜きした記事作りによって、この怪しげな「情報源」の独り歩きを助長したことになる。

ロスチャイルド退役准将の創案?

 最後に、私自身も中間報告をしておこう。『生物化学兵器』には、「収容所でサリン実験」説の出典として、もっとも可能性の高い「下敷き本」についての記述があるのだ。

「まえがき」の書き出しは次のようだ。

「J・H・ロスチャイルドは、その著『明日の武器』“Tomorrow's Weapons”のなかで、生物化学兵器の人道性をくり返し強調している」

 J.H.ロスチャイルドは、アメリカ陸軍の退役准将だという。略歴紹介には、「極東軍化学士官、ウェストポイントの米軍士官学校の化学助教授を経て、長い間、陸軍化学戦部隊において、生物・化学・放射能兵器の開発に従事してきた」とある。もしかすると、隠れもないユダヤ系国際財閥、ロスチャイルド家の一員かもしれないので、アメリカの人事録で調べてみたが、退役准将程度では知名度が低いのであろうか、どの年度の版にも載っていなかった。

 今後の追跡調査が必要であるが、この説が[ロスチャイルド情報](仮称)である可能性は非常に高いので、以下、可能性として論じておく。

 原本については、国会図書館などで検索をしてみたが、いまのところ日本国内では発見できていない。洋書店で現在販売中の英米書のカタログを見たが、掲載されていない。出版社や発行年度も分からない。『生物化学兵器』の初版が1966年だから、それ以前の発行であることだけは確実だ。

『生物化学兵器』には「ロスチャイルド批判」の項目もある。生物化学兵器を「人道的兵器」として推奨するロスチャイルドらの考えかたを批判し、同時に、毒ガスの「被害や残酷さが少ないと強調」するロスチャイルドの統計解釈に疑問をなげかけている。しかし、このように、基本的思想ばかりか資料「解釈」にまで疑問があるのならば、すべての[ロスチャイルド情報]に疑問を抱き、通説に反する「アウシュヴィッツの悲劇」の部分については、特に批判的な裏付け調査をすべきではなかったのだろうか。

 私の知る限り[有機燐系毒物実験用]の「毒ガス殺人工場」の存在を立証する資料は皆無である。

 毎日の松本支局発「サリン」情報には、誤解を招きやすい文脈という欠陥もある。しかも、時事通信の配信記事をそのまま書き移した記者自身が、「ユダヤ人虐殺」に使われた「毒ガス」として理解していたことを認めた。だから、「ロスチャイルド情報」の独り歩きを許す連鎖的「裏取りなし」報道の一つの典型といっても、差し支えないだろう。

 この「ロスチャイルド情報」が、もしかして、意図的な「埋め込み」による情報操作の一環だったら、問題は複雑だ。たとえば元イギリス情報部員リチャード・ディーコンの著書、『情報操作』には、こう書いてある。

「『エンサイクロペディア・ブリタニカ』(大英百科事典)は長いこと正確さ、客観性、詳細な情報のお手本とみなされてきた。いまでも多くの点でたしかにそのとおりだが、ある分野ではブリタニカも、その情報の正確さについて重大な疑念を禁じ得ないし、意図的なニセ情報に出食わすこともある」

 ディーコンが具体的に指摘する「意図的なニセ情報」は、当時のいわゆるソ連圏についての情報だが、世間的に評価の高い事典類に埋め込まれた「ニセ情報」は、「確かな事実」であるかのように大手を振って歩き出すから、要注意である。

 政治的に複雑な背景がある問題については、念には念を入れる裏取り作業が欠かせない。そうしないと、まんまと報道操作の仕掛け罠に陥る可能性もあるのだ。「ガス室」問題はその典型である。


以上。(その3)終り。(その4)に続く。