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連載:「シオニスト『ガス室』謀略周辺事態

(その38)『シンドラーのリスト』映像詐欺の決め手「射殺不可能」

 ここで紹介するのは、フロッピの中に眠っていたハリウッド映画『シンドラーのリスト』批判の旧稿である。現在、ホームページで別途、拙著『アウシュヴィッツの争点』のweb公開をボチボチ進めているのだが、その作業中に出てきた「取り置き」部分である。
 同じく拙著の『偽イスラエル政治神話』につていは、すでに索引などを除くweb公開の入力が終了したのだが、単行本の発表では先だった『アウシュヴィッツの争点』の方が遅れている。なぜかと言うと、こちらの出版準備中に『マルコポーロ』廃刊事件が発生し、対抗上、大幅に改訂増補したために、手元のワープロ入力の草稿と印刷物として発表したものとが、かなり違っているためである。加筆の際、最初の校正ゲラに入っていたものを大量にカットした。その時には「続編を予定」と記したのだが、カット部分は、ほとんどそのままフロッピの中に眠っていた。
 以下は、1995年の早い時期に執筆したものである。

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[前略]「ホロコースト」に関する予備知識をえていたわたしにとって、普通より長時間のハリウッド映画、『シンドラーのリスト』をだまって観賞することは、ますます大変な苦痛であった。「これも嘘」「あれも嘘」「こりゃひどい」の連続だったからだ。
 しかし、おどろいたことにはわたしの友人たちは、それほどに違和感をおぼえていなかった。わたしが問題点を指摘するとはじめて、「そういえばそうだが」と同意はするものの、「いわゆる芸術的表現ではないか」などと反論するものもいたので、またもや先入観念のおそろしさを再認識せざるをえなかった。
 とくに細部を論じる気にはならないのだが、あの映画を見ていた元軍人で平和運動家の先輩は、つぎの点について明快に賛成してくれた。
 あの映画には、かつてのウィリアム・ホールデン主演の『第17捕虜収容所』のような、漫画的ドイツ人はあまり登場しない。そのかわりにやたらめったら、ドイツ兵が無抵抗のユダヤ人を町中や収容所内で撃ち殺すシーンが、いやにリアルなモノクロ画面で何度もでてくる。映画のプラショフ収容所にもゲーツ収容所長にも実在のモデルがあるそうだが、この収容所長などは、ユダヤ人収容者を子どもまでふくめて、ただのうさばらしにベランダから狙撃銃で射殺している。
 わたしは、元軍人の先輩にこう聞いて、賛成をえたのである。
「日本軍だってまけずおとらずの残虐行為をやっているだろうが、町中や人前で普段からバカバカ殺していたら、軍律がたもてないはずだ。誇張にしてもひどすぎないか」
 この会話の直後、カナダのツンデルから航空便がとどいた。なかには、ツンデル自身がキャスターをしているFM放送の市民チャンネル、「自由放送」の録音テープや資料カタログと一緒に、「シンドラーのリストは嘘と憎悪をあらわにした」と題するリーフレットがはいっていた。そこには、ワシントンの公文書館で情報公開している航空写真などを材料にして、プラショフ収容所の当時の全体構造が再現されている。映画では、ゲーツ収容所長の公邸のベランダから収容所が見わたせるようになっているが、実際の構造では、途中に丘の側面がはりだしていて、見とおしがきかない。だから、狙撃銃による射殺などは不可能だというのだ。
 わたしの直感はあたっていたようである。プラショフ収容所跡はクラコウ市にある。クラコウでは、前述のように法医学調査研究所をさがしだすのに時間がかかってしまったので、プラショフ収容所跡までは行けなかった。次回の訪問のさいには現地の地形の実測をはたしたい。
 もう一つのハリウッド映画、一九六一年製作の『ニュルンベルグ裁判』についても、一言しておこう。わたしの実感では、この作品の真のねらいは、えがかれているナチス・ドイツ時代の司法官の裁判そのものよりも、かれらドイツ人被告たちの口から「ユダヤ人の大量虐殺は事実だ」と語らせることにあったような気がする。一九六一年という製作年度にも注目すべきであろう。すでにくわしく紹介したように、その前年の一九六〇年には、「ドイツの収容所にはガス室はなかった」というのが「事実上の定説」となっていた。その背後には、ラッシニエらの「ホロコースト」否定論ないしは見直し論の、さまざまな研究の発表があった。「ホロコースト」物語の信憑性が問われ、世論がゆれはじめていたのである。
 ちなみに、一九七三年に出版されたクリストファーセンの『アウシュヴィッツの嘘』の、英語版の表紙には、「ユダヤ人を非常におこらせて、映画の『ホロコースト』をデッチあげさせた本!」という宣伝文句がはいっている。このような因果関係をハリウッドの映画製作者が認めるはずはないが、時間的な前後関係は事実なのであろう。
 映画はいまや劇場公開だけではなくて、テレビでも何度もくりかえし放映される。まじめな実証的研究をのせる雑誌や単行本の発行部数は、せいぜい数千とか数万でしかない。それにくらべると、映画もテレビも、一挙に何千万人、何億人に強い印象をあたえることが可能なメディアである。その機能が情報操作に悪用されているのだ。

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以上で(その38)終り。(その39)に続く。

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