連載:シオニスト『ガス室』謀略の周辺事態 (その35)

「法王」はシオニストの嘘の恐喝に屈したか?

2000.4.7

 標題の「シオニストの嘘の恐喝に屈した」か否かとは、これまた常日頃と同様の「薄味」ながら、『朝日新聞』(2000.3.24)が要約、つぎのように表現している事態である。


「ユダヤ人の一部には『虐殺を知りながらナチスを非難しなかったため惨劇が広がった』(イタリアユダヤ人共同体連合のルッツァート議長)として、当時のピオ12世をはじめとする教会の責任を問う声が強く、バチカンとイスラエルの関係に大きな影を落としてきた」。しかし、「ローマ法王ヨハネ・パオロ2世は23日」、「ヤド・バシェム(ホロコースト記念館)を訪れた」際にも、ついに、「ホロコーストをめぐる教会の責任や謝罪は言及しなかった」のである。


 恐喝の要点を圧縮すると、「虐殺を知りながらナチスを非難しなかった」ことを認めて、「謝罪」せよということである。「言及しなかった」のだから、一応、「法王」は、「恐喝に屈しなかった」ことになる。しかし、「恐喝を撥ね除けた」とはまで言い難い。「ホロコースト記念館」で「嘘のガス室」を拝んでから、グジャグジャと、お悔みを並べ立てたらしいからだ。なお、ここでは詳しく述べないが、私は、オウム真理教も創価学会もキリスト教も、すべて同等に、非科学的な詐欺商売に分類しているから、いささか口汚くなるのは許されたい。

 落語長屋の大家さんは、物覚えの悪い熊さんが葬式のお悔やみで困っていると、「紺足袋は白足袋で」と繰り返せと教えるのだが、さすが「法王」、それよりは具体的だったようである。上記の朝日記事では、「ポーランド出身の法王は、ナチス占領下の祖国で起きたホロコーストをめぐる『個人的な記憶』に触れ、『友人や近所の人の内、幾人かは命を失った』と振り返った」となっている。常識の通りに『 』内が実際の発言の引用だとすれば、「ホロコースト」というキーワードを使わなかったとも取れるし、「友人や近所の人」がユダヤ人とは限らないので、「ユダヤ人の民族的殲滅」を認めるのを避けたのかとも思える。その一方、時事通信の配信記事を使った『しんぶん赤旗』(2000.3.25)では、「法王は、『ホロコーストの恐るべき悲劇を悼むのに、どんな言葉を用いても強すぎることはない』と述べ」たことになっている。こちらは『 』内に「ホロコースト」がはいっている。どちらが真相に近いのだろうか、今後の関連記事に注意したい。

 この「恐喝」の全体的構造に関する私の評価は実に簡単である。もともと、ホロコースト自体が嘘なのだから、嘘、つまりは実在しなかったことなどは、たとえ逆立ちしても、「知り」得たはずがない。「知りながら」云々という非難には、まるで根拠がない。言い掛かりも甚だしい具と陣因縁付けの恐喝以外の何物でもない。それとも、もともと、存在しない神を存在すると言い張るのが商売の教会なのだから、ついでに、ホロコーストの実在をも認めよ、という悪ふざけなのであろうか。

日本では「教皇・法皇・法王」と記す宗教ヤクザの正体

 日本の大手メディアは、「エルサレム=某」などと発信地、特派記者、さらには特派の写真部員の名前まで記した写真入り、地図入りの特大記事で、2000年3月24日の「法王」様、様、様のパレスチナ「御訪問」を報じた。この関連の記事だけのコストを独立採算で計算すると、当然、ウン百万円規模だろう。私は、その「経費だけは豪華」な「薄味」記事を、折からの日本列島の戦後の人災、杉花粉の猛襲を避けつつ、茶の間で、わがホームページの愛読者が届けてくれた新聞切抜きを眺めつつ、無償で論評する。

 ところが、厳密を旨とする『憎まれ愚痴』編集長の私としては、早速ながら、主役の呼び名で引っ掛かってしまった。徹底的な唯物論者を以て任ずる私とて、いずれは歴史的研究をとの気持ちだけはあるものの、これまで、まともに宗教を論じたことがない。「法王」と書いた記憶もない。まずは、わがワープロの一発変換でも出てくる「法王」とは何ぞや、なのである。

 私が毎日、録音してはチャリン語学している米軍放送では、このところ、ABCからNPR(全国公共ラディオ[Ntional Public Radio])に至るまで、連日、Pope Jhon Paulの随行報道がトップニュ-スだった。面倒だから私も「法王」(カッコ付き)と記すが、Popeの語源には「皇」の意味も「王」の意味も、まったく含まれていない。英語の発音は「ポープ」で、ギリシャ語の「パパス」(父)に由来するとある。単なる「パパ」なのだ!

 キリスト教徒ではなくても、欧米崇拝の日本人は、キリスト教を、オウム真理教どころか仏教などよりも数段上に見る癖が付いているようだが、これも呆れた話である。

 私に言わせれば、大陸から落ち零れた日本人と同程度のヨーロッパの辺境の野蛮人どもが、アラブの1部族のユダヤ人の部族宗教を、そのまま借りて、その部族の神話までをも自分たちの歴史と思い違いしているのである。この状況は、まさに噴飯物である。Popeと、特別に大文字のPで書き始めて崇め立てる習慣のようだが、何のことはない、いわゆる元祖焼芋の一種にすぎない。その上に、ローマ・カトリック教会の階級制度は、神の前の平等を主張したキリストの教えに反しているのだから、二重の詐欺組織である。

 詐欺組織に相応しく位置付け直すと、ほとんどの信者は明らかに「法王」と親族関係ではないのだから、Popeの呼称は、男系社会におけるボス、組織上の「父親」の位置付けであって、一番分かりやすい日本語は「親分」である。ローマ・カトリックの足元のシシリア・マフィアの親分も同様に「父」であって、アメリカで小説が1969年、映画が1972年の制作で大当たりした『ゴッド・ファーザー』(God Father)がある。

 それなのに、日本では、いつから、そしてなぜ、「親分』とはせずに、「教皇」とか「法皇」とか訳し始め、いまだに大手メディアが「法王」と記し続けているのだろうか。どうせ、非科学的な宗教の商売の世界のことなので、どうでもいいことではあるが、一応、今や、インタ-ネット・オタクたちが骨董品扱いする冊子の平凡社の『世界大百科事典』に当たってみた。この事典では「教皇」の訳を採用しており、原語は英語でPope. Suprime Pontiffとしている。Suprime Pontiffは「大」親分である。その他の部分を斜め読みで吟味すると、「皇帝教皇主義」の項目があって、原語はドイツ語で、Casarpapismus(最初のaにはチョビ髭、ウムラウトが付いている)となっている。歴史的な経過は複雑だが、要するに、ローマ帝国とローマ教会の権力の同一視をめぐるコンニャク問答である。この辺りが「教皇」の訳の根拠なのかもしれない。もしも、そうだとすると、「教皇」とか「法皇」とかは、日本のキリスト教徒が、この「主義」を根拠とした密かな曲訳によって、自分たちの大親分を「天皇」と同格に位置付けた「日本聖書協会の正訳」なのかもしれない。ああ、この不敬罪!(なら許すぞよ)。

 要するに、「法王」とは、普遍派とか正統派とかを自称するローマ・カトリック教会とやらの「大親分」と考えるのが、一番正確である。事実に基づく「ヤクザ」としての評価を示すと、最近の10年間にも、ローマ・カトリックの大司教、「法王」を事実上の元首とするヴァチカン公国は、統一ドイツ、つまりは「復活」ドイツ、かつての神聖ローマ帝国の末裔と手を組み、いわゆる「東方正教会」(西側からの一方的呼称で、そちらも正統を主張)系キリスト教の信者が多いユーゴスラヴィアへの侵略の旗を振り回したのである。この欧米の伝統宗教「ヤクザ」の総元締めが、イケシャーシャーと「平和」を唱え、起源を同じくする東方系を尻目に見て蹴落としながら、ユダヤ教やイスラム教には色目を使い、政治的目論みをたっぷり仕込んで、パレスチナを訪問したのである。実に怪しげなコンニャク問答外交である。

「無難な薄味」報道の満艦飾状況

 しかし、まあ、日本の大手メディアときたら、大目に見て、建前上のできごとの儀礼的報道として評価するとしても、これまた、中毒的な常習、「無難な薄味」報道の満艦飾状況であった。いかにも、これは、地中海型の狂信のなせる「借り物・部族宗教」の地方巡業ではある。とはいえ、とにもかくにも、現代世界の「戦争か平和か」の焦点の地での、主要諸国の大手メディアの注目を集める壮大な「こけおどし」の田舎芝居である。裏の裏の事情を報道しなければ、実際の効果としては、何も報道しない方がましなくらいである。その肝心要の茶番の裏の裏の核心的な際どい事実関係が、まったく分からない報道状況であった。

 私が、ここで補う味付けの最新情報は、それほど特別に努力して入手したものではない。アメリカの歴史見直し論者のホームページの「最新欄」から得た「ロイター通信社」の配信記事と、わが仮住まいでも聞ける米軍放送に入っていたNPRのエルサレム発ニュース解説の録音テープだけである。

 ただし、この2つの情報が持つ現在的な意味と重要性を、私が即座に理解できるのは、私が、「歴史見直し論」または「ホロコースト見直し論」とパレスチナ問題に、継続的な関心を払ってきたからであり、さらには、それらの情報の分析の裏打ちとして、すでに本シリーズで紹介済みの新刊書、『アメリカ人の生活の中のホロコースト』によって、ユダヤ人自身による歴史的な事実関係についての、新たな検証を得ているからである。

シオニストの嘘の恐喝は「死の呪い」だった

「恐喝」に関する最も激烈な内容の報道は、以下のロイター配信記事である。見出し以外には、それほどの深い意味もないので、原文の見出しと要点だけを紹介する。

 原文は、次をクリックすれば出てくる。
 ➡ ロイター記事の原文


 ユダヤ人が「法王」のイスラエル訪問に先だって死の呪いを投げ掛けた

 ロイター・2000.3.20.午後7時17分。現地時間。以下、括弧内だけが原文。

「超正統派(Ultra-Orthodox)のユダヤ人」による「死の呪い」の「儀式」の「場面の映像」(footage)が、イスラエルの「チャンネル2テレヴィジョン」で放映された。その呪いの具体的な単語は省かれているが、呪いを掛けた連中は、「法王」を「イスラエル嫌い」(hater of Israel)と呼んでおり、PLOのアラファトと、シリアのアサドにも、同じ呪いを掛けた。彼らが掲げた抗議のプラカードには、「ヒトラーの法王」「ハマスの法王」などの文字が記されていた。


 ヴァチカン公国、または「法王庁」は、古代、中世を通じて、各地の教会を基地とする最高の国際情報収集機関であった。その機能は現在も継続している。上記のような「恐喝」を受けるであろうことは、十分に折り込み済みのコンニャク問答外交なのである。

ショア(ヘブライ語のホロコースト)への「究極的な反駁」

 さらには当然のことながら、「法王庁」の情報網には、すでにわがホームページにも入力済みの「ホロコーストは嘘」とするアラブ諸国の主張の存在も記録されているはずである。「法王」は、続けて訪問するアラブ諸国の世論の動向を十分に知りつつ、内密の議論を重ねた上で、イスラエルを訪問しているのである。

「虐殺を知りながらナチスを非難しなかった」ことを認めよという「恐喝」は、実のところ、この嘘の化けの皮が剥がれ掛けているからこそ、慌てふためき、オドロオドロの「死の呪い」まで掛けて、「法王の承認」を求める「あがき」なのである。「弱い犬ほどよく吠える」のである。

 そして事実、わがチャリン語学情報の中にも、この裏の裏の事情を伝える現地録音と解説が入っていた。アメリカのNPR(全国公共ラディオ[Ntional Public Radio])による2000.3.27.エルサレム発、つまり、3.23.に行われたホロコースト記念館訪問より4日後のニュース解説の一部である。この種の飛び切り肉薄情報は、日本のNHKとは逆に商業放送よりもはるかに遅れて1960年代に発足し、あくまでも比較的な評価だが、少しは客観性のあるアメリカの公共放送のNPRでも、1回コッキリのことが多いので、聞き逃せない。いや、その前に、録音し逃せないのである。

 英語の発音にラテン系の訛りがあり、自分で名乗る名前がソヴィエット・ポジョーリと聞こえる女性のコメンテーターは、かなりのベテランらしくて、ユーゴ戦争などでも現地情報を、録音構成、解説付きで伝えていた。この部分は短いし、後述のように訳出が不正確な可能性があるので、「仮訳」とし、テープ起こしの英文を併記する。


 最も悲痛で感情を揺さぶった瞬間は、ジョン・ポールのホロコースト記念館訪問だったと、イスラエル・ヴァチカン関係専門家、イツァック・ミネルヴィは語りました。彼によれば、この訪問は、ショアに対する究極的な反駁でした。つまり、ホロコーストの否定論者たちのことです。[以下、現地録音]

「もう沢山です。ショアは、これまでいいように扱われてきました。ショアについて、あまりに多く語られすぎました。今や、このことについては沈黙すべき時がきたのです」

 The most poignant and emotional moment was John Paul's visit to the Holocaust Memorial, said that, Itzak Minervi, a specialist on relations between Israel and the Holy See, said, this visit was the ultmate refutation of Shoa. That is, Holocaust deniers.

"Enough is enough. You have been maipulated the Shoa. You have been talking too much about the Shoa. Now the time has come to be silent about this."


 この最後の現地録音の場所と発言者については、何の情報もない。上記のイツァック・ミネルヴィの発言なのかもしれないが、演説口調である。

 さらには、日本語の場合にも同じことが起きるが、英語の場合でも放送のしゃべりには、テニオハが省略気味になることが多いから、訳出の判断に迷う。私の訳で、「ショアに対する究極的な反駁」とした部分も、文法的にはrefutation of Shoaではなくて、refutation against Shoaの方が正確なはずなので、仮訳とする。

「つまり、ホロコーストの否定論者たちのことです」とした部分も、上記の理由で、イツァック・ミネルヴィの発言の続きなのか、それとも、ポジョーリの解説なのか、判断に苦しむ。この主の現地録音構成の場合には、単に身元と名前だけを言って、すぐに録音を聞かせるのが常なので、「どこのだれそれ」(が、こうしゃべった)と( )内を補足して考えるべきところである。前後の状況から推測すると、「ジョン・ポールのホロコースト記念館訪問」の場で、「ホロコースト否定論者たち」(語尾に「ズ」と強く入っているので複数に間違いないから、個人のイツァック・ミネルヴィの発言とは考え難い)の内の一人が、拡声器でも使って、演説をしていたという感じがする。これまた訛りの強い英語で、破裂音が強く響く巻き舌の発音だから、アラブ人なのかもしれない。

 ともかく、間違いないのは、「法王」の「ホロコースト記念館訪問」との関係で、「ホロコーストの否定論者たち」の存在が報道されていたという事実である。そして、この事実を、私の知る限りでは、日本の大手メディアは報道していないのである。

アメリカのユダヤ人によるホロコースト・プログラミング

 さて、以上のように「虐殺を知りながらナチスを非難しなかった」ことを認めて、「謝罪」せよという「恐喝」に関しては、「ヒトラーの法王」とまで罵るユダヤ人側に対して、その真反対には「ホロコースト否定論者たち」がいたのである。

 また、この「恐喝」の成功例もあった。NHKが放映したBBC政策のドキュメントでは、スイスに本部を置く赤十字の代表者が、アウシュヴィッツなどを訪れながら「沈黙していた」ことを「謝罪」していた。これに味をしめた連中が、「法王」にも挑んだのだろうが、そこはやはり、伝統宗教ヤクザの元締めだけのことはある。ともかく、「恐喝を撥ね除けた」とはまで言い難いが、「かわした」のである。

 最後に、以上のような「恐喝」の歴史的経過について、ユダヤ人の歴史家、ピーター・ノヴィックの著書、『アメリカ人の生活の中のホロコースト』の中から、非常に興味深い文章を紹介しておきたい。

 ノヴィックによると、アメリカのユダヤ人組織は、1967年、1973年の第3次、第4次中東戦争というイスラエルの危機に際して、1947年の諸国家連合(国連の正しい訳)によるパレスチナ分割決議に立ち戻って考えずに、「世界がホロコーストを忘れた」ことに、「イスラエルの困難」の原因を求めたというのである。その理由と、アメリカのユダヤ人の努力目標の説明が、実に奮っているので、以下、逐語訳し、原文を掲載する。


 ホロコーストの枠組は、イスラエルを批判する正当な根拠のすべてを、見当違いとして無視し、正義と悪が入り組む可能性を考えることさえ避けるのを許した。さらに、アメリカのユダヤ人組織は未来を変えることは何もできいないが、ホロコーストの記憶を蘇らせることは「できた」(イタリック体の強調)。そこで、「薄れる記憶」という解釈が、行動への日程協議事項として提出された。

 The Holocaust framework allowed one to put aside as irrelevant any legitimate grounds for criticizing israel, to avoid even considering the possibility that the right and wrong wrere complex. In addition, while American Jewish organizations could do nothing to alter its future, they could [italic] work to revive memories of theHoloczust. So the "fading memories" explanation offered an agenda for action.


 以下、上記の「日程協議事項」が実践に移され、「テレヴィ連続ドラマ『ホロコースト』」(the TV series Holocaust) などが出現し、拙訳『偽イスラエル政治神話』(p.261)で「アメリカの議会で公式に認められているロビーの中で最も強力」と評価されている「アメリカ=イスラエル公事委員会」(American Israel Public Affairs Commitee. AIPAC)などが、継続的な活動を開始するのである。ノヴィックは、「ユダヤ人組織による“ホロコースト・プログラミング”」("Holocaust programming" by Jewish organizations)という表現までしている。「プログラミング」は、コンピュータ時代の電算技術、教育用語として多用されるようになった単語である。

 実は、私でさえも、この部分を読みながら、背筋が寒くなった。これまでに新聞や雑誌の切抜きを整理しながら、感じ、疑っていたことが、見事に裏付けられたからである。私は、まさに間断なしに「ホロコースト」関連事件報道が流れていることを、感じ、背後の組織的な動きがあるのではないかと、疑っていたのである。

「法王」のパレスチナ訪問における「恐喝」は、このような「日程協議事項」による「プログラミング」の頂点だったのだ。

以上で(その35)終わり。(その36)に続く。


(その36) 「絶滅」黒「強制」白の髑髏で描くナチ収容所図の謎

「ガス室」謀略
『憎まれ愚痴』52号の目次