連載:シオニスト『ガス室』謀略の周辺事態 (その10)

『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』:ティル・バスティアン(著)、石田勇治、星乃治彦、芝野由和 編訳(日本版1995/11)

『アウシュヴィッツの嘘』:元ドイツ軍の中尉、ティエス・クリストファーセンが1973年に発表した短い回想録の題名。参照➡『アウシュヴィッツの嘘』の内容をなぜ正確に報道しないのか

『ガス室』妄想ネタ本コテンパン(Leichenkeller編)

1999.3.5

 前回も述べたように、デタラメ本の典型、『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』(p.76)に出てくるVergasungkellerに関する文書は、決してプレサックの新発見ではなくて、ニュルンベルグ裁判の書証として提出されていた。証拠番号はNO-4473.である。ただし、Vergasungkellerという単語の意味については、提出当初から争いが続いている。

 この文書[作業報告書]には、これも前回に述べたように、Leichenkellerという単語も出てくるが、この単語の意味自体には争いはない。日本語に直訳すれば「死体の穴蔵」であり、意訳すれば「遺体安置室」である。

 このような文書の解釈は、あたかも日本の古代史研究で、ごみ焼き場の跡から発見された「木簡」の短い断片的な文章の一部とか、地中から出てきてボロボロの状態の刀剣に刻まれた微かな数文字などの解釈の場合と同様に、慎重かつ厳密になされなければならない。幅広い議論が必要なのは、言うまでもないことである。

 ところが、このデタラメ本の典型、『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』では、この著名な書証についてのニュルンベルグ裁判の証拠番号をも示さず、過去の議論をも、まったく無視して、いかにも物々し気に、ホロコースト見直し論者の「誤った主張を覆す」(p.75)という断定的な説明を付けて、画期的な新証拠の発見であるかのように書き立てている。これは、読者を誤導する露骨なデマゴギーの手法以外の何物でもない。

 さらには、Vergasungkeller の意味が「ガス室」であり、当然のごとくに、「ユダヤ人の民族的な絶滅を目的とする大量殺人機械工場」の意味なのだとばかりに、断定的に決め付けている。こういう詐欺的かつ恫喝的な手口も、政治的シオニストの使い古した常套手段なのである。

 そこで、ここでも、その「訳文」を、再び引用し直す。前述のように出典説明は、「アウシュヴィッツの収容所建設本部」から「ベルリンに報告した書簡」となっている。

「第2焼却棟は、言語に絶する困難と極寒にもかかわらず、昼夜を分かたぬ作業の末、施工上の細部を除いて完成した。焼却炉はエルフルトの製造メーカー、トプフ・ウント・ゼーネ社の主任技師プリューファー氏の立ち会いのもとで点火され、申し分なく稼働している。死体置場の鉄筋コンクリートは凍結のために型枠がまだ取り外されてないが、ガス室(Vergasungkeller)の使用は可能であり、それはさほど問題ではない」(p.76)

 再び最後の部分の原文だけを示すと、つぎのようである。[Umlaut省略]

 Die Eisenbetondecke des Leichenkellers konnte infolge Frosteinwirkung noch nicht ausgeschalt werden. Die ist jedoch unbedeutend, da der Vergasungkeller hierfur benutzt werden kann.

 この最後の部分を、私は前回、つぎのように訳すべきだと主張した。

「死体置場[複数]の鉄筋コンクリートは凍結のために型枠がまだ取り外されてないが、それはさほど問題ではない。その代用としてVergasungkeller[単数]が使えるからである」

 そして、「型枠がまだ取り外されてない」のであれば、この技術者間の報告書では当然のごとくに省略されてはいるものの、「使用不能」を補って解釈すべきであること、さらには、その「使用不能」の状態を受けて考えると、日本語版『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』の訳文では完全に欠落している「その代用として」(hierfur)の部分に、決定的に重要な意味があること、この意味の欠落は、この際、誤訳では済まされなくて曲訳であると主張したのである。

 これも再び確認のために繰り返すと、以上の解釈から出てくる結論は、「死体置場」とVergasungkellerは、本来は、別の機能の部屋であるし、さらには別の部屋であるということになる。

 Leichenkellerと Vergasungkellerとが、同じものだと主張する「隠語」説の源は、これまたデタラメ本の典型、『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』には出典の明示がないのだが、すでに紹介済みのジャン=クロード・プレサックの著書、『アウシュヴィッツの火葬場/大量殺人機械工場』(93)の誤読によって生じたものであろう。プレサックの「隠語」説では、Leichenkellerに内の1つが「ガス室」だと主張しているのであって、そこでは、Vergasungkellerという単語を使っていないのである。

 もう一度、彼に似合いの口上を繰り返し、この「隠語」説をも加えてみよう。

 プレサックが、万単位の「関連史料」調査の「実績」を利用する手口は、今や大道芸にまで昇格した「蝦蟇(ガマ)の油売り」の口上に比べれば、お粗末至極な素人手品でしかない。たとえば、つぎのような台詞である。

「さあて、おっ立ち会いの皆々様、こっこに取り出だし(いだし)ましたるは、旧ソ連ことオッロシア国はモッスクワの国立中央特別文書館にて、私奴(わったくしめ)が、数万枚の古文書をば夜も昼もこれなく、めくりにめくってまくって、やっとのことで発見致しましたるビルケナウの火葬場、じつは大量殺人機械工場の設計図なのでございます。これこそが、私奴がオッロシアの地に赴き、苦労に苦労をば重ねまして、やっとのことで入手致しましたる実に明白な新証拠なのでござります。どうか、おっ立ち会いの皆々様、ず、ず、ずいっと、こう近寄って、しっかりと御覧下さい。はいっ、これが、その設計図でございます。では、かの恐ろしきガス室はどこにあるかと申しますと、ほれ、ほれ、ここに、ライヘンケラーと書いてございます。ドイツ語では死体の穴、つまり、死体置場なのでございますが、これが実は、な、な、なんと、ああ、かの恐っそろっしき『ガス室』の暗号なのでござります」(『アウシュヴィッツの火葬場。大量殺人の機械工場』p.65参照)

 ここだけはプレサック説に間違いはないのだが、設計図には、ライヘンケラー(死体置場)としか書いてないのである。この事実を反映してか、『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』でも、つぎのように主張している。

「死体置場はガス室として使われるようになり」(p.46)

「死体置場がガス室として使用されるようになった」(p.97)

 ここで本来なら、「おっ立ち会いの皆々様」は、驚いて、つぎのように質問しなくてはならないのである。

「な、な、なんとおっしゃる。何百万人ものユダヤ人の民族的殲滅のために、大量殺人の機械工場まで建設したというのに、その中心であるべき『ガス室』が、死体置場からの転用だったとは、いかにも手際の悪い話ではござらぬか」

 すると、つぎのように、慌てて弁解する向きも出てくるだろう。

「いや、これはアウシュヴィッツのメイン・キャンプの第1火葬場の場合でして、本格的に建設されたビルケナウでは、云々」

 しかし、実は、『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』の下敷きの方のプレサックの本では、ビルケナウの「死体置場」のことを、こう主張しているのである。

 以下、拙訳『偽イスラエル政治政治神話』(p.339-340)から、このプレサックの手口を批判する部分を、前回は省略した前後関係をも加えて引用する。


[前略]記録文書の意図的な小細工を、1例だけ示しておこう。ジャン=クロード・プレサックは、著書、『アウシュヴィッツの火葬場』(93)の中で、この恐ろしいほどの多数の死亡者名簿に、付録の恐怖を付け加えたいという熱心さが高じた余りか、ドイツ語のLeichenkellerという単語に出会う度に、直訳すれば「死体の穴蔵」、つまり、「遺体安置室」でしかないのに、「ガス室」と訳している。そうしておいて、彼は、「暗号化された言葉」という考えを持ち込み、死刑執行人(名前はメッシング)には、《「死体の穴蔵」が「ガス室」だと書く勇気がなかったのだ》と称しているのである。

訳注1. ここでガロディが例に挙げているプレサックの原著の65頁では、chambre a gaz (la Leichenkeller 1)[ガス室(遺体安置室1)]となっており、その隣が、vestiaire(la Leichenkeller 2)[更衣室(遺体安置室2)]だという主張になっている。

 ところが、この「暗号化された言葉」という仮説は、記録文書を自分の都合の良いように利用するために、しばしば活用されてはいるものの、何の根拠も持たないのである。まず最初に、ヒトラーとその共犯者たちは、すでに本書でも詳しく指摘したように、自分たちの他の犯罪を隠す努力を、まったくしておらず、その上に、図々しくも明確な用語で発表していた。さらに、イギリスは、当時、極めて高度な暗号解読の技術と機械の開発に成功し、ドイツの通達類を明瞭に受信していた。何百万人もの人間を工業的に絶滅させるというような、巨大な技術的計画が実行されていたとすれば、その関係の通達類は必ずや数多かったに違いないのである。


 さて、前回、私は、Leichenkellerと Vergasungkellerとが別物だという考えを「新発見(?)」ではないかと記したが、この点を、私よりも5年も前から「ガス室」問題に気付いていた西岡昌紀に質した。西岡は、『マルコポーロ』廃刊事件の主人公であり、1989.6.15.付けの日本語版『ニューズウィーク』で、アメリカのメイヤー教授を主人公とする記事、「『ユダヤ人は自然死だった』で揺れる歴史学会」を読んで以後、関連資料の収集を続けていた。拙著『アウシュヴィッツの争点』(1995)にも、その経過を記したが、その西岡が、拙著『湾岸報道に偽りあり』(1992)を、たまたま書店の棚で発見して、1994年春になってから、私に「資料提供」の電話をしてきたのである。

 すると、西岡は、「鋭い!」と言いながら、国際電話で得た重要な耳情報を教えてくれた。前回も記したアメリカの工学博士、バッツが、私と似たようなことを言い出したらしいというのである。バッツの新しい解釈は、設計図にはLeichenkellerが2つ記されているだけで、「Vergasungkellerと記された場所はない」という点に着目したもののようである。

 この同じ点から、「だからしてLeichenkellerと Vergasungkellerとが同じものだ」という屁理屈も出てくるだろう。しかし、以上述べたように、論理的に追及すると、LeichenkellerとVergasungkellerとは、「代用」が可能なものではあるが別物なのである。

 そこで、具体的な手順から考えると、その場所は、すでに稼働中の焼却炉から焼いた遺体の骨を掻き出して、いったん焼き窯を冷やし、次の作業に掛かる時に、新しく焼く死体を運んでくるのに便利な位置であろう。それは「同じ建物の中とは限らない」というのが、バッツの発想の転換の着眼点らしいのである。まだ論文は発表されていないものか、ともかく西岡の手元にも届いていないのだが、バッツのこの発想の転換には、どうやら、私の場合と同様に、プレサックの強引な「隠語」説の刺激があるらしいのである。

 以上、最新の耳情報に関しては、「らしい」が多くて耳障りだろうが、仕方がない。私は、戦争中ではなくとも死者の衣服の再利用は珍しくないことだから、火葬場のすぐ側に、その衣服の虱退治のための小部屋があったのかもしれないと考える。前々回の(Vergasung編)で述べたように、Vergasungの意味で唯一明確に説明できる書証があるのは、殺虫剤チクロンBの使用説明書だけである。そのVergasungの意味は、チクロンBが発生する青酸ガスで「害虫を殺す」ことである。そこからのVergasungkellerの一番自然な解釈は、殺虫室、または、消毒室である。

 ここで振り返って、Vergasungkellerが「ガス室」であり、それが「大量殺人機械工場」の意味だったのだと主張する向きの議論を読み直すと、いわゆるダブルスタンダードの典型である。さらには、Leichenkellerを「ガス室」の「隠語」であるというプレサックの説は、Vergasungkellerを「ガス室」とする説と対立する。しかも、「ガス室」実在論者は、これこそが「ガス室」を証明する文書だと主張する一方で、別のところでは、「ガス室」は絶対の秘密とされたので、文書は出されず口頭命令だったとか、すべての文書を湮滅したのだという主張もしているのである。

 しかし、そのような恐ろしい「絶対の秘密」の命令に基づいて、「大量殺人機械工場」としての「ガス室」を建設中の技術者が、「うかつにもVergasungkellerという「絶対の秘密」の単語を書いてしまったり、それを受けとった上司が、そのまま放置してしまったりなどということが、果たしてあり得るのだろうか。もともと、そのような恐ろしい「絶対の秘密」の仕事に、多数の技術者、職人を使って、しかも、その問題の報告書に記されたような「言語に絶する困難と極寒にもかかわらず、昼夜を分かたぬ作業」などを、無事に続けることができたのだろうか。

 さらには、これまでにも何度か指摘してきたことだが、この報告書の「第2焼却棟」は、見晴らしのきく広い平らな敷地に作られたビルケナウ収容所の東端で、引き込み線路の終点に隣接し、多数の収容者から丸見えの位置にあるのである。こんな位置に「大量殺人機械工場」を建設するなどというのは、誰が考えても、「無茶苦茶でござりまするがな」(漫才師・故アチャコの決まり文句)なのである。

以上で(その10)終わり。(その11)に続く。


(その11) 『ガス室』妄想ネタ本コテンパン(Gas総合編)

「ガス室」謀略
週刊『憎まれ愚痴』10号の目次