連載:シオニスト『ガス室』謀略の周辺事態 (その47)

「偽の友」マスコミ商売人批判 2.
防衛大学校教授がなぜ平和運動のパネラー

2000.12.3

随時追加「編集長日記風」木村愛二の生活と意見
2000年12月10日から

 11.12(日)、市民運動「パレスチナ子供のキャンペーン」主催の集会での3人のパネラーの2人目は、何と、防衛大学教授の肩書きの立山良司だった。このこと自体が、この市民運動の限界と「偽の友」の正体の暴露となるのであるが、それは後に述べる。

 なお、「偽の友は公然の敵より悪い」(A false firiend is worse than an open enemy)、またはその逆に、「公然の敵の方が偽の友より良い」(An open enemy is better than a false friend)という格言は、いかにも海賊帝国の建設者、アングロ・サクソンの本性を顕す名言である。中国の格言にも似たようなのがあるが、悪さでは孫のような日本人には受けが悪い。だから、日本人は、何度も海外進出に失敗しているのである。

『朝日新聞』よりもましだった防衛大学教授の立山の分類

 立山良司は、政府関係の中東調査機関の出身で、私の表現では「薄味」、かつ、結果的には体制側を利する部類である。それでも、これまた薄味専門の岩波新書などの著書があるから、日本の自称平和主義者の間でも中東専門家と目されている。今回のパレスチナ内戦報道でも、『朝日新聞』(2000.10.4)に、防衛大学教授の肩書き付きで、「中東・国際政治」の専門家として登場した。

 それでも、なお、その時までの『朝日新聞』の記事と比較する限りでは、少しましだったのだから、不勉強で行動しない心情左翼(いや心情のみの暴力志向極左か)を食い物にする『朝日新聞』が、いかに悪質な「偽の友」であるかが、明らかとなる。『朝日新聞』の記事を綿密に点検すると、それまでの自社取材の記事では、今回のパレスチナ内戦の挑発者、アリエル・シャロンのことを、単に「野党」の党首としか記していなかったのである。立山の寄稿の中には、つぎのように記されていた。


[前略]エルサレム旧市街のイスラム教聖地に、イスラエル右派リクードのシャロン党首らがこれ見よがしに入ったことが、今回の衝突の直接のきっかけとなった。[中略]今回、リクードは労働党を挑発し、和平交渉を妨害しようとの意図が見える。[後略]


 集会では、立山も、やはり、フィルムの映像プロジェクターを使って、小党乱立のイスラエルの政治状況を説明した。表では右と左が逆になっていたが、「右派」のリクードの左に「極右」の小政党が並んでいた。与党の労働党は「左派」だった。しかも、出典を明示しないなど、およそ研究者とは言えない無責任な態度だった。まるで、ワイドショーのタレント並みである。なお、出典の説明なしは、先の元NHKキャスター、平山教授の場合も同様だった。

 なお、シャロンの位置付けとも関係するが、「リクードは労働党を挑発」という部分は、決定的な間違いである。この点では、やはり出典なしの平山のフィルムが、唯一、役に立った。シャロンとともに「嘆きの壁」に向かう警官隊は、防弾チョッキを着た完全武装の姿で、しかも前向きに自動小銃を構えていたのである。「挑発」の対象は、労働党ではなくて、この壁を含む宗教的な聖地の管理権を持つイスラム教徒のパレスチナ人であった。何度もの血で血を洗う抗争の結果、嘘っぱちの遺跡とはいえ「嘆きの壁」に祈りを捧げるユダヤ教徒などは、あくまでも個人の資格でなければ、この区画に入ることは許されない決まりになっているのだ。シャロンは、その経過を十分承知の上で、内戦を挑発したのである。シャロンは、極悪の暴力主義者である。しかも、リクードは、ナチと協力関係を結んだ極右シオニストの系列なのである。

シャロンは「極右」で表情を失い沈黙した立山の恐怖?

 この時期、米軍放送では、商業放送のAPなどがリクードを「野党」(opposite)、公共放送のNPRが「右派」(right wing)と呼び、その後、APなども「強硬派」(hard liner)と呼ぶようになった。アメリカの商業放送は、ほぼ完全に、政治的シオニスト・ロビーの支配下にあるのだから、この現象は当然の帰結である。

 私は、リクードを「右派」とか「強硬派」と呼ぶことに対してすらも、厳しい批判を表明している。少なくとも結果的に、現在のバラク首相が所属する労働党を、「中道」または「左派」と思わせるための言論詐欺を構成すると判断する。私は、労働党をも極右と分類している。だから当然、立山の「右派」という表現、または分類は、薄味よりもさらに厳しい事実隠蔽の言論詐欺への荷担なのである。

 そこで、集会の休憩時間に提出を求められた質問の用紙に、「リクードは極右ではないか。ナチと協力をした系統ではないか」などと記入して、集会の主催者に渡した。

 司会の高橋和夫は、放送大学教授の肩書きだが、この「偽の友」の批判は次回とする。高橋は、私の質問の内から、前半だけを読み上げた。立山は、慌てて、しかし、「極右の右に、また極右」などと、冗談めかして逃げた。しかし、その後の表情は、固く、こわ張り、目は暗く、虚ろになった。最初は、はしゃいでいたのだが、完全に沈黙した。もしかすると、やはり、リクードを「極右」と表現する日本赤軍の半気違いの回し者が、会場に潜んでいて、自分が狙われると想像し、恐怖に怯えていたのかもしれない。

 これぞ、「左右」の「偽の友」の空想的な鉢合わせか。わしゃ、知らんぞ!

以上で「偽の友は公然の敵より悪い」(その2)終り。(その3)に続く。
以上で(その47)終り。(その48)に続く。


(その48) 「偽の友」3.「意見が違う問題」を避ける知恵が働く欧米流支援組織の限界

「ガス室」謀略
『憎まれ愚痴』61号の目次