パレスチナ Palestine

ガザ ヨルダン川西岸

「一九四八年以前パレスチナだった土地にはパレスチナ国家を建国し、ユダヤ人はユダヤ系パレスチナ人になればよい」――モルデハイ・ヴァヌヌ(『反核の闘士ヴァヌヌと私のイスラエル体験記』(ガリコ美恵子 論創社 2017年1月25日)➡ 209頁引用

ガザの女性医療ボランティア、イスラエル軍の銃撃受け死亡 2018.6.1

➡阿修羅掲示板:http://www.asyura2.com/18/warb22/msg/186.html

【6月3日 AFP】パレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)で2日、イスラエル軍による銃撃を受け死亡した女性医療ボランティアのラザン・ナジャール(Razan al-Najjar)さん(21)の葬儀が行われ、多数のパレスチナ人が集まった。

➡ http://www.afpbb.com/articles/-/3177021?cx_part=topstory

➡ In Memory of Razan al-Najjar - Information Clearing House

➡(YouTube) Exclusive: Rare interview with slain Palestinian medic Razan al-Najjar

➡ パレスチナ情報センター パレスチナ/イスラエル関連の日本語の記事や注目サイト

2003.3.16 ガザでイスラエルのブルドーザーにひき潰された
レイチェル・コリー

520号(2003/03/17)【アメリカ女性23歳のガザの惨劇は阿修羅で得たが米英でも新聞電網報道急報!】
519号(2003/03/17) 【米国人女性がイスラエル軍の暴虐に抗議中ブルドーザーに轢き潰され殺され急報】


A Memorial to Rachel Corrie http://www.scoop.co.nz/stories/HL0303/S00153.htm

2002.04.12.パレスチナ支援アラブ人連帯デモ

2002.04.12. 写真:市谷駅前から四谷駅前までイスラエル大使館抗議在日アラブ人デモ

2002.04.12. ビラ:パレスチナ支援アラブ人連帯デモ

225号(2002/04/10) アラブ人の日本都心デモ決起に呼応する市民平和的一斉蜂起を

「パレスチナ」(分割決議~中東戦争~イスラエル侵略)


地図:「パレスチナ子どものキャンペーン パレスチナ問題とは」より

『アウシュヴィッツの争点』(31)パレスチナ分割決議を強行採決した国連「東西対立」のはざま
 イスラエルという国家は(中略)現地のアラブ諸国こぞっての反対をおしきって採択された国連決議によって建国されている。
(中略)内容そのものも、当時の人口比率で約三分の一、国土の七%しか所有していなかったイスラエル側に約五六・四%の土地を配分するなど、問題点だらけだった。 ➡全文を読む

『偽イスラエル政治神話』(23)第2章:二〇世紀の諸神話 第4節:"民なき土地に土地なき民を"の神話-1/2
《パレスチナ民族などというものは存在しない。……われわれが彼らを追い出して土地を奪ったということではない。彼らは存在しないのだ》(ゴルダ・メイヤ夫人の宣言。『サンデイ・タイムズ』69・6・15)
(中略)神との契約の内容が何だったか、約束が誰に対してなされたのか、神の選択は無条件だったのか、などということは問題にしようともせず、シオニスト指導者たちは、不可知論者であろうと無神論者であろうと異口同音に、パレスチナは神からわれわれに与えられたのだと宣言するのである。 ➡全文を読む

『湾岸報道に偽りあり』(60)第三部:戦争を望んでいた「白い」悪魔 補章
一九四七年国連決議パレスチナ分割地図の欠落報道

 中東和平会談の「大量」報道には決定的な欠陥があった。決して、アメリカ国防総省などの報道規制によるものではない。「マスコミ・ブラックアウト」の典型である。
 第一の問題は、この中東和平交渉の最大かつ根本的争点、パレスチナ分割の歴史と現状に関する報道姿勢の誤りである。 ➡全文を読む
パレスチナへの移住の歴史的事実はどうだったのか
 ロスチャイルド家の資金援助にもかかわらず農村型入植は成功しなかった。アラブ人分益小作農・労働の使用による入植者の不在地主化の傾向に対し、一九〇九年、シオニスト機構の指導によりキブーツ方式が導入された」。つまり、ロスチャイルド資金で土地を獲得しながら、アラブ人に小作をさせる不心得者が出たのである。その数は記されていないが、少なくとも、軍隊の駐屯地型といわれたキブーツ方式で、しばりつける必要があったほどなのである。これが本当に「聖地」を守るための入植者のすることなのだろうか。 ➡全文を読む

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1982年「サブラ・シャティーラの虐殺」Sabra & Shatila

https://www.newsweekjapan.jp/kawakami/2016/09/1982.php
ニューズウィーク日本版
1982年「サブラ・シャティーラの虐殺」、今も国際社会の無策を問い続ける

2016年09月22日(木)07時37分

 (略)虐殺は、イスラエル軍のレバノン侵攻とベイルート包囲によってパレスチナ解放機構(PLO)の戦士がベイルートから退去した後、親イスラエルのキリスト教右派民兵がキャンプ地域に入り実行した。犠牲者数は数百人台から3000人台まで、様々な説がある。死者数が確定されないのは、多くの大規模虐殺事件に共通することである。犠牲者が家族ごと死んで集団で埋葬されたり、行方不明のまま死亡が確認されなかったりする例が多いためだろう。(略)


サブラー・シャティーラ事件(wikipedia)より抜粋引用
1982年9月16日から18日の間に行われたレバノンの親イスラエル政党「ファランヘ党」などで構成される民兵組織「レバノン軍団」によるパレスチナ難民の大量虐殺事件のことである。
1982年6月6日にPLOを撤退させるためと称して隣国イスラエルがレバノンに侵攻する。イスラエルは、レバノンを親イスラエル国家にしようという思惑があり、反シリアでイスラエルと懇意だったバシール・ジェマイエルをレバノン大統領に当選させることに成功する。
イスラエルの目論見は成功したかに見えたが、1982年9月にジェマイエルは何者かに爆弾で暗殺される。イスラエルはこれをPLO残党の犯行とみなした。ジェマイエル殺害に憤慨した民兵組織「レバノン軍団」は、パレスチナ人への報復を実行する。

亜空間通信より抜粋

932号(2005/01/11)
【パレスチナ自治政府議長選アッバス氏圧勝はホロコーストの大嘘見直し論にも決定的な足掛かり】

929号(2005/01/03)
【ファッルージャでイスラエル方式家屋破壊住民追い出し情報がトルコ発の恐怖に拙訳該当箇所】

892号(2004/11/15)
【アラファト死去右左追悼に武闘派全体崩壊望み穏健派アッバス議長にもホロコーストの嘘主張要求】

692号(2003/11/20)
【バスに乗り遅れるなTBSニュース23「水で読み解く中東紛争」特集のしたり皺顔似非紳士評価】

616号(2003/06/16)
【ユダヤ教法師ヒトラー台頭時の戒めと正統派イスラエル解体論が旧ソ連圏から飛来】

615号(2003/06/14)
【パレスチナ問題の一般常識を無視して中東和平騙る厚顔無恥報道戦争犯罪追及(3)】

614号(2003/06/12)
【アメリカを脅すシャロンの実績を暴かず中東和平騙る腰抜け報道戦争犯罪追及(2)】

609号(2003/06/07)
【イスラエル不許可を違法と記し読者を誤導する朝日・日経の腰抜け戦争犯罪追及(1)】

608号(2003/06/04)
【911/アフガン/イラク/イラン/パレスチナ急変状況に対応し国際情報資料室開設】

607号(2003/05/31)
【ネオコンが手先の大イスラエル主義狂信の根源断つ歴史視点欠く半端言論人は偽の友】

596号(2003/05/12)
【パレスチナ破壊の背後に英支配以来の土地収用法利用イスラエルの正体不明報道】

521号(2003/03/18)
【ブッシュ最後通告と呼応しイスラエル軍特殊部隊がヨルダン秘密共同戦線に参加】

520号(2003/03/17)
【アメリカ女性23歳のガザの惨劇は阿修羅で得たが米英でも新聞電網報道急報!】

519号(2003/03/17)
【米国人女性がイスラエル軍の暴虐に抗議中ブルドーザーに轢き潰され殺され急報】

501号(2003/03/05)
【技有りかイラク攻撃脅しでパレスチナもアフガンも忘れた「平和売人」再度警告】

498号(2003/03/02)
【パレスチナ国民評議会議員ライラ・ハリド来るイラク問題と中東の現代史研究会】

465号(2002/12/23)
【平和運動にも「偽の友」あり必ず朝日が顔出す法則が非暴力平和隊で露呈中警告】

456号(2002/12/12)
【米の国際好感度下落に続き米で支持世論低落をイスラエル大手紙報道の二人三脚】

227号(2002/04/11)
【映像入力:明日の市ヶ谷アラブ人決起イスラエル大使館前通過デモの参加と取材】

225号(2002/04/10)
【アラブ人の日本都心デモ決起に呼応する市民平和的一斉蜂起を】

2002.02.20:166号
【穿った観測:9.11.テロの背後にユダヤ人の影&シャロンの戦略はパレスチナ封殺】

電子手紙集より抜粋

2001.2.1.(木)
パリで知り合ったパレスチナ人からの訴え「“シオニストの大嘘”国際サミット」

2001.2.4.(日)
偽の友《パレスチナ子供のキャンペーン》批判:国際紛争の焦点パレスチナ理解の為のweb資料

2001.2.14.(水)
《パレスチナに平和を京都の会》の諸留能興さん作成の「アリエル・シャロン氏事績年表」転送

2001.4.10.(火)
パレスチナ自治区のアラファトPLO政権の公式放送でホロコーストの嘘を公然と批判

2001.5.19.(土)
「21世紀に持ち越した世界最大の悲劇パレスチナ問題とは?」集会案内の懐かしい名前

2001.7.15.(日)
《パレスチナに平和を京都の会》諸留さんのポーランド謝罪とパレスチナ問題の論評転載

giga-i 国際情報総分析研(現在休止)資料倉庫

sk2003.06.06-16
イスラエル首相「パレスチナ国家との共存容認」 -日本経済新聞

sk2003.06.06-11
アメリカ国内で主流ユダヤ・ロビーに対抗するユダヤ人集団のロビー形成の動きが表面化。ワシントン・ポスト報道。

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反核の闘士ヴァヌヌと私のイスラエル体験記 209頁より
ガリコ美恵子 論創社 2017年1月25日発行

 ヴァヌヌはイスラエル人と接触することに抵抗がある。イスラエル人左派は、パレスチナ解放や分離壁反対、入植反対運動はするが、ヴァヌヌ解放運動はしない。ヴァヌヌ同世代の左派はヴァヌヌを、「偉大な人」「ここまでひどい扱いを受けて可哀相」と思いはするが、新世代の左派は、「彼がしたことは素晴らしいけど、モサドに捕まるなんてドジだ」と言う。

 一般にイスラエル人は彼が「イスラエルの核の機密を暴露した」ことは知っていても、その行動の根本にあるものが「パレスチナ占領に反対」であるとは、意外に知らない。逆に、知っている人は、「一九四八年以前パレスチナだった土地にはパレスチナ国家を建国し、ユダヤ人はユダヤ系パレスチナ人になればよい」というヴァヌヌの考えは斬新すぎてついていけないと言う。

 ヴァヌヌにすれば、イスラエル人左派がヴァヌヌ解放運動をしないのは冷たい仕打ちだ。しかし、ヴァヌヌが大学でパレスチナ人と連帯運動をしていた当時、彼と活動をともにしなかった者が、ヴァヌヌを同士と感じ、ヴァヌヌ解放を政府に訴えるには、彼の存在は遠すぎる。ヴァヌヌが活動をともにしていたのは皆、イスラエルに住むパレスチナ人で、今は刑務所にいるか、シャバクに呪まれるのが怖くて言動を控えているかのどちらかだ。

注 シャバク=イスラエル公安庁

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