斉藤小百合
改正皇室典範が10月24日に施行されました。今回の改正(とりわけ、「養子」を可能とした改正)それ自体が憲法違反だとわたしは考えますが、これに関連して、憲法上、さらに問題となりうることが出現してきました。自民党の保守系議員らを中心とした「日本の尊厳と国益を守る会」が「皇室保護プロジェクトチーム」なる組織を作って、「皇室や養子候補となる男系男子を誹謗中傷から守る」制度を検討するのだというのです。こうした動きは、旧「不敬罪」の復活につながりはしないでしょうか。政権与党の議員らが、こうした動きをすることで、自由になされなければならない天皇制をめぐる議論が萎縮したりしないでしょうか。と、これについても、とても深刻にうけとめるべきで、しっかり議論しなければなりませんが、日本でもこうした動きがある中で、今回は、スペイン、といいますかヨーロッパの動向をご紹介したいと思います。
日本でも近年、大規模な水害が多発し、自然の猛威に打ちのめされる思いですが、2024年10月末、スペインで大規模な水害が発生し、バレンシア地⽅の被害が最も⼤きく、224⼈が犠牲となり、3⼈が⾏⽅不明となったとも伝えられました。そうした中、災害救援の遅れ・不足に憤った現地の住民たちが、首相らと共に被災地を訪れた国王夫妻に泥や石を投げたことが報道されました(BBCなど2024年11月3日)。スペインは、1931年に共和制となりましたが、その際に亡命していたスペイン国王の子孫ファン・カルロス1世が、内戦後に独裁体制を敷いたフランコの死後、国王に即位し(1975年)、再び王政となりました。スペインでは短期間ですが、19世紀にも共和制の期間がありましたから、「萬世一系」イデオロギーの残滓に強く規定されて窮屈な日本とは、「王室」についての受け止め方がかなり違うのかもしれません。
さて、そのスペインに関して、ヨーロッパ人権裁判所(※1)が示した重要な判断があります。2007年9月、国王がカタルーニャ州ジローナ市(Girona)を公式訪問していた際、反王制派や(スペインからの)分離独立派によるデモが行われていました(デモでは「ブルボン朝300年、スペイン占領との300年の戦い」と書かれた横断幕を掲げていました)。市内の広場で集会が開かれ、この事件での当事者となった二人は、国王夫妻の大きな写真を上下逆さまにして、たいまつで火をつけたのでした。スペイン刑法は、「国王に対する犯罪」が7か条にわたって定められていますが、二人は、このうちの第490条3項の「国王に対する侮辱」罪に問われ(※2)、2008年7月、スペイン国家裁判所(Audiencia Nacional)は有罪判決を下しました。判決では、各人に2,700ユーロの罰金が科されたのですが、代替として15ヶ月の禁錮刑も言い渡され、罰金が全額または一部でも支払われない場合、申立人らはこの禁錮刑に服することとされました(有罪判決確定時に罰金は支払われました)。
スペインには、通常の司法裁判所から独立した憲法裁判所が設置されていて、国や自治州の機関が行う処分などによって、権利や自由が侵害された場合に、あらゆる人が憲法裁判所に対して救済を求める訴え(アンパーロ訴訟(recurso de amparo constitucional))を提起できます(スペイン憲法第53条第2項)。申立人二人は、憲法裁判所にこの訴訟を提起しましたが、2015年7月、スペイン憲法裁判所は7対4の多数で有罪判決を支持しました(Sentencia 177/2015, de 22 de julio de 2015. BOE-A-2015-9392)。憲法裁判所の多数意見は、問題となった行為は、国王および君主制に対する憎悪や暴力を扇動したという点において、表現の自由や意見の自由の行使の範囲には含まれないと判断したのです。判決では、「このような状況下で、公の場で人物の写真や画像を焼くことは、その人物およびその人物が代表する制度に対する暴力を扇動するものであり、その人物に対する攻撃的な感情を助長し、かつ脅迫を表明するものである」との指摘もありました。この憲法裁判所の判決に対して、ヨーロッパ人権条約第 10 条(表現の自由)に違反するとしてヨーロッパ人権裁判所に申し立てました。こうして、上下を逆さまにした国王夫妻の大きな写真を焼却したことが表現の自由として保護されるべきなのかについて、ヨーロッパ人権裁判所が判断することとなりました。
2018年3月18日、ヨーロッパ人権裁判所は全員一致で、条約違反を認定しました(ECtHR, Stern Taulats and Roura Capellera v. Spain, 51168/15 and 51186/15, 13 March, 2018)。ヨーロッパ人権裁判所は、申立人らによる行為が具体的な政治的批判であったという性質に着目します。スペイン国王の肖像は国家元首としての君主を象徴するものであり、火を用いることや写真を逆さまにすることは、断固たる拒絶や否定の意思を表明するものであって、こうした行為は政治的な批判の表現だというのです。そして、写真の大きさは、公共の広場で行われた当該行為が確実に視認されるようにすることを意図したからでしょう。そうすると、申立人らが問われた違反行為は、メディアの注目を集めるために用いられる挑発的な「演出された出来事(staged events)」の一種であり、表現の自由として保障される範囲内で批判的なメッセージを伝えるために、許容される程度の挑発に訴えたに過ぎないものだったと認定したのです。
また申立人らには、国王の身体そのものに対する暴力行為を人々に扇動しようという意図はなかったとも指摘しています。たとえその「演出された出来事」に国王の肖像を燃やす行為が含まれていたとしてもです。こうした行為は、政治的な不満を象徴的に表明すること、つまり政治的な抗議として解釈されるべきものです。申立人らによって演出されたその「出来事」は、公共的な関心事、つまり君主制という制度をめぐる議論の枠組みの中で、意見を表明するための手段でした。そして、実際に、暴力が起こったり、大変な混乱を引き起こしたりしてもいない、というのです。
なぜ抗議として行われた象徴的表現を、不当に制約してはならないのでしょうか。ヨーロッパ人権裁判所は明快に答えています。この事件において申立人らが行った行為というのは、ともすれば人の感情を害したり、ショックを与えたり、困惑させたりすることもあるでしょう。しかしだからといって、そうした政治的批判や制度に対する拒絶を象徴的に表現する行為を「ヘイトスピーチ」と分類して刑事罰を課して規制することは、「民主的な社会」の存立に不可欠な多元主義、寛容さ、および開放性を損なう恐れがあるものだ、というのです。さらに、申立人らに科された刑事罰は、均衡を欠く表現の自由への干渉にあたり、民主主義社会において不必要なものだ、と位置付けています。
このヨーロッパ人権裁判所の判決を整理すると、こんな感じでしょうか。国王夫妻の写真を抗議活動の中で焼却することは、君主制についての公共的議論の枠組みの中での批判的な政治的表現活動の一環であり、刑事罰という威嚇によって規制することは、民主的な社会には不必要。民主的な社会においては、公共的なことがらについての議論に、多元主義、寛容さ、そして開放性が大事にされなければならない。自由で民主的な社会に、このような国家や政府への批判を刑事罰で抑圧するような法制度は相応しくありません。
歴史的に「扇動罪」や「反逆罪」といった犯罪類型は、言論活動を抑圧するために多用されてきました。中世には、自由な言論、批判的な言論は、教会秩序や王権を揺るがす、社会の安定にとっての害悪とみなされてきました。名誉棄損法制も、権力者に対する不都合な批判を封じるための法制度でした。イギリスではチューダー朝・ステュワート朝期に、国王による専制手段の一つとして用いられた星室裁判所(Court of Star Chamber)の刑事裁判で、言論統制の道具となりました。今世紀に入っても、1960年代のアメリカにおける公民権運動のさなか、N.Y.タイムズ紙に掲載された全面広告をめぐる事件でもそうであったように、キング牧師の弁護費用の寄付を呼び掛けた広告が、アラバマ州モントゴメリー市公安委員長のサリヴァン氏の名誉を棄損するものだと難癖をつけられました。この事件で、アメリカ最高裁は、名誉毀損罪が成立する--ということは、政府や公務員にとって不愉快で、場合によっては間違っていたりする言論を押しのけることができます--ための「ハードル」を上げたのでした(New York Times v. Sullivan, 376 U.S. 254, 1964)。
表現の自由は、長い年月をかけて、多くの人たちが、様々な苦難に直面しながら、それをなんとか乗り越え、ようやく少しずつ、勝ち取ってきたものです。冒頭でも触れましたが、日本でも「不敬罪」の復活にもつながりかねない動きが、社会全体に薄く広がっている排外主義的な雰囲気とあわせて憂慮される現状があります。政府や国家機関を批判する、それが時に、政権や権力者にとって耳が痛いことでも、いや、そうだからこそ、それを表現する自由、わたしたちがどのような社会で生きていきたいかを考え、そして表明できる自由を、けっして後退させてはなりません。
注記:
※1 ヨーロッパ人権裁判所(European Court of Human Rights)は、1953年に発効したヨーロッパ人権条約(European Convention on Human Rights)を根拠として成立した地域的人権保障システムの要で、フランスのストラスブールに設置されています。この裁判所では、締約国による条約が定めている権利の侵害の被害者であると主張する個人からの申立を受け付けています(条約第34条)。
第2次世界大戦は大変な惨禍をもたらしましたが、そうであったからこそ、大きな転換をももたらしました。人権保障の観点からは、人権は国内問題であるという従来の認識は変えなければなりませんでした。ヨーロッパでは、ナチズムの出現とその暴力の記憶は生々しく、同時に冷戦状況下において、共産主義陣営に対抗する価値観としても、人権が強く意識されました。このような流れの中、ヨーロッパにおける平和のためのヨーロッパ統一が目指され、人権保障についても共同行動を追求することなどを掲げ、1949年、ヨーロッパ評議会(Council of Europe)が西欧諸国10ヶ国を加盟国として成立しました。
ヨーロッパ人権条約は、このヨーロッパ評議会を母体として作られたもので、条約に参加できるのは、国家としてはヨーロッパ評議会の加盟国だけとなっています。現在、46か国が加盟国となっていて、ほぼ全ヨーロッパをカバーしています。ロシアも1996年に加盟したのですが、ウクライナ侵攻後の2022年3月16日に除名となっています。
※2 第490条3項 「国王もしくは王妃、その直系尊属もしくは直系卑属、王妃の配偶者、摂政もしくは摂政団の構成員、あるいはアストゥリアス公(皇太子)または公妃(皇太子妃)に対し、その職務の遂行中、もしくは職務に関連して、あるいは職務を機として中傷または名誉毀損を行った者は、その中傷または名誉毀損が重大なものである場合には6月から2年の拘禁刑に処し、重大でない場合には6月から12月分の罰金刑に処する。」
スペイン刑法には、ほかにも第543条に「スペインに対する冒涜(侮辱)罪」(ultrajes a España)という規定(「スペイン、その自治州、またはそれらの象徴もしくは標章に対して、発言、文書、行為により公然と侮辱または軽蔑を行った者は、7月以上 12 月分以下の罰金刑に処する」)があるのですが、国王は国家元首であり、国の象徴であるとも定められているため(スペイン憲法第56条1項)、この規定が「不敬罪」を含んだ機能も果たしています。
スペイン刑法には近接領域の表現活動を制約しうる規定が複数存在しますが、国内ではこうした規定を廃止しようとする強い動きが見受けられます。2020 年にはカタルーニャ共和主義左翼(ERC)が単独で下院に冒涜罪(刑法第525条)の廃止法案を提出。2021年2月、上院司法委員会は、政府に対し同条を廃止するよう求める動議を可決しました。また、同年には社会労働党(PSOE)とともに連立を組んで当時の政権の一角を担っていたポデモス(Podemos)が下院に冒涜罪廃止法案を提出しました(この法案は2023 年 7 月の総選挙により失効)。2025年1月にも、政権与党(社会労働党)が冒涜罪を非犯罪化する法案を提案するなど、廃止の動きは継続しています(ロイター通信等)。
なお、本文で紹介したヨーロッパ人権裁判所の判決からもうかがい知れますが、ヨーロッパ人権条約との関係もあって、ヨーロッパ諸国は、国家元首に一般人より広い刑事上の保護を与えることは表現の自由を過度に制約することになることを懸念して、慎重な扱いになってきています。英国には国王への批判を日常的に処罰する不敬罪はありませんし、ノルウェーでは2015年に新刑法が施行され、旧刑法に存在した国王への不敬に関する規定が廃止。オランダでは2020年、ベルギーでは2023年、国王だけを特別に保護する国王侮辱罪を廃止するに至りました。
