渡辺厚子(「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議)
2026年10月27日(火)参議院議員会館B107会議室において、上記タイトルの集会を行った。参加者50名。7月17日に可決し、8月13日から施行された損壊罪は稀代の悪法である。法制定の根拠はなく、曖昧な犯罪規定で、いかようにも拡大解釈しうる恐ろしい犯罪摘発法だ。私たち「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議(以後、市民会議)は、6月22日にも反対集会を開いたが、さらに「廃止」を求めて、損壊罪成立後の社会を俯瞰する集会を持つことにした。
集会は27日13時30分、金井弁護士による主催者挨拶から始めた。金井弁護士は、市民会議の成立の経緯や、毎年少なくないフォローアップレポートを作成しセアートに提出している努力やアメリカのジョンソン判決などについて発言した。ついで高良沙哉参議院議員が挨拶。沖縄出身の人間としてこれまで1度も君が代起立しなかった、損壊罪成立時の本会議場で誰もが枕詞のように愛国心を持っているが反対だ、国旗を尊重しているが反対だ、と発言したことに大きな違和感を持った、心を踏み荒らす損壊罪を廃していこうと発言した。畑野君枝衆議院議員も廃止に追い込んでいこうと力説した。
愛敬浩二さん講演
次に、愛敬浩二さん(早稲田大学教授)から「損壊罪成立後の日本社会;憲法から考える」と題して話を聞いた。愛敬さんは損壊罪とは、橋本基弘さん(中央大)が「戦後という時代のお葬式のように感じた」と述べたこの言葉に尽きると前置きして、8月に憲法学者200名の声明文を出す時に芸術作品の問題を入れることと末尾に速やかな廃止を書くよう主張したと述べ、今日はあいちトリエンナーレ展中垣克久作品など表現の自由の観点からの話しを中心にするとして始めた。
日本世論は、損壊罪は表現の自由を侵害するものとは思わないが6割に上る。こうした中で廃止にもっていくのは大変なことである。中垣さんのウクライナやガザ作品は日本では公共空間から排されるが、イギリスでは公共美術館、例えばテート美術館で女王を揶揄する展示が普通に行われている。イギリスの展示に比して、日本においてはどんどん狭められる。芸術作品が展示できなくなる危険性がその社会に与える影響はとても大きいと話した。
外国国章旗損壊罪との比較の問題点、表現の自由と自己統治の問題点、ドイツ連邦国旗の保護などとの相違点についておさえたのち、今、文化戦争が仕掛けられている、必然の政治(経済発展すれば民主化が進む)から永遠の政治(現在の政治を守るため危機をでっち上げ、結果出てくる感情を操作する、ストロングマンの政治)に世界が変わろうとしている、トランプやネタニヤフや高市のようなストロングマンはいやだ、戦前への回帰をやめさせようではなく、ストロングマンの政治は嫌だ、やめさせようという言い方をしていこう。
日本は、愛国心があるというより、対米従属であり、「日の丸」を反省もなく連続的に使い続けたせいで健全なナショナリズムが育たなかった。あるのは、コンセンサスがあたかもあるように行動するコンセンサスだ。ストロングマンの政治で、国旗の保護を掲げようとしているが、寛容な社会を目指す必要がある。自分と異なる意見を前にして自己抑制しない公権力は社会全体の知的性格を劣化させるのであり、それを促進するものが国旗損壊罪だ。社会が知的性格を保っていけるように、1日も早く廃止していこう、と力強く語った。質問もたくさん出たが2点のみ挙げておく。
Q 「損壊罪」の「法的」効果について
A 裁判になれば間違いなく勝訴の判決となるだろうから、警察も検察もそこまでは踏み込まず、逮捕勾留で釈放するだろう、しかし家宅捜索で市民運動の情報を収集され、我々にとって大きな打撃になる。逮捕されたという事実だけで社会的政治的圧力になる。意外と使い勝手のいい法律だと彼らは認識するかもしれない。
Q 違憲訴訟について
A 自分も誘われたがお断りした。難しすぎると思っている。人格権侵害で訴えるのだと思うが、具体的な権利侵害がなくて訴えると簡単に門前払いになる。門前払い判決がでると、あいつら負けた、損壊罪はいいんだという情報を流す人たちがいて、その影響を心配している。
島薗進さん講演
休憩を挟んで,「国旗損壊罪・皇室典範改定がもたらす社会――国旗の神聖化と神聖天皇崇敬」と題して、島薗進さん(東大名誉教授)から話をしてもらった。今日はもっぱら国旗の神聖化と神聖天皇崇敬に焦点を当てて話したい、と話し始められた。
損壊罪も皇室典範も根っこは「国体」の問題だ。天皇は神聖であると、軍隊と学校で教えられた。軍人勅諭が身体に入っており、軍隊から学校へと広げられたのは教育勅語。これこそがすべての国民に影響を及ぼし、自分の中心に勅語が位置を占める、そうした時代を日本は過ごしてきた。身体感覚として形成した社会をどう反省するか問われる。
1912年、明治天皇の死去、乃木の殉死が、国家神道にとって大転換点になった。明治天皇が神となって祀られたのが明治神宮であり、殉死によって天皇の神聖性が高まった。重要なのは、神聖性はもちろん権力側が押し付けたのだけれど、下から盛り上がっていったこと。空気が支配する、という点が日本の特徴。天皇のために命を投げ出すことに、抵抗できない空気が支配する。このことをよく考えなければなるまい。
明治期と異なり大正期は天皇が目立たなくなると国体論が強調されるようになった。そして軍旗が天皇の分身だとして神聖視されるようになる。御真影と同等の扱いになる。御真影は何人もの殉死者を出した。杉坂タキは初めての殉職者として大阪にある敎育塔に祀られている。しかし事実は逃げ遅れただけ。それを、御真影を持ち出そうとして死んだと美談に仕立て上げた。久米正雄の父親は御真影焼失の責任をとって自殺したとされたが、行在所が燃えた責任をとって自死した。空気が追い込んだ。
「日の丸」の神聖視は1930年代になって始まり、新しい。卒入学式で初めて舞台正面に掲げられた。御真影に代わり、全国の役所などで「日の丸」に置き換わっていく。1941年「皇室、国家に対する禮法」に所作が細かく定められた(「日の丸」敬礼、「御真影」最敬礼など)。学校から万民翼賛化した。神道は皇道となり、臣道と対で「国家が神聖性を帯びて国民が従わざるを得ない体制」となった。神社も教育勅語も国家神道であり、国家神道と神聖天皇崇敬が組み合わさって広がった。
戦後に変わったものといえば、神社の特別地位の剥奪だけで、神聖天皇は変わらずそのままで来ている。これを拭い去るのは並大抵のことではない。損壊罪にはこうした背景がある、等々話された。このあと質問がたくさん出た。2点のみ挙げる。
Q 忠君愛国というがどうして忠君が入ったのか。
A 江戸後期朱子学の影響だ。強い求心力のある国家建設という水戸学の理念。武士の忠君から主君を国家に変えた。後期水戸学が近代国家の理念にかえ国体論を作った。
Q本気で天皇教を信仰していた人もいたと思うが、信仰として成り立つのか。
A 学校と軍隊は近代国家の基礎。日本は大成功した。学校制度の規律づけのために天皇制度を持ってきた。治安の影響も大きい。大逆事件以降天皇批判がなくなった。近代国家の形成過程で、西欧のキリストに対抗しうるものとして天皇を持ってきて成功した、ということだ。
大変に興味深いお話の連続だった。この後、君が代5次訴訟原告、弁護団の挨拶を受けて集会を閉じた。倦まず弛まず歩んでいくことを改めて決意した。
