根津公子(元東京公立学校教員)
いったいいつの時代なんだ、いまは?暗黒政治まっしぐら。何としても止めなければ!と思わずにはいられない。昨25年10月27日、参政党は「日本国国章損壊罪を新設する刑法一部改正案」を議員立法で参議院事務総長に提出し、また、自民党と日本維新の会は10月20日に出した連立政権合意書で、「26年通常国会において、『日本国国章損壊罪』を制定し、『外国国章損壊罪』のみ存在する矛盾を是正する」と明記した。高市首相は自身が2012年に同様の刑法改正案を議員立法で提出したのでこうした動きに喜びほくそ笑んでいることだろう。「大東亜戦争」賛美のこれらの勢力の増長に、くさびを打ち込まなければ私たちの未来はなくなってしまう。
参政党の提出した同法一部改正案は、「⽇本国に対して侮辱を加える⽬的で、⽇本国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、⼜は汚損した者は、2年以下の拘禁刑⼜は20万円以下の罰⾦に処する。⽇本国に対して侮辱を加える⽬的で、⽇本国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、⼜は汚損する⾏為についての処罰規定を整備する必要がある」というもの。
国旗国歌法制定時には
国旗国歌法(1999年8月13日成立)は「第1条 国旗は、日章旗とする。第2条 国歌は、君が代とする。」の2条のみ。政府は当初、尊重規定を設ける考えを示していた(99年3月12日野中官房長官記者会見)が、小渕首相(当時 以下、すべて当時の肩書)は「法制化に伴い、国旗に対する尊重規定や侮辱罪を創設することは考えておりません。」(99年6月29日国会)と答弁。しかしそれは、「現内閣において…尊重義務を…織り込むことはしない」(8月2日参議院国旗及び国歌に関する特別委員会野中官房長官答弁)ということだった。第3条に尊重規定や侮辱罪を創設したいという考えもあったようだが、とにかくこの国会で国旗国歌法を成立させる。それを優先させたのだろう。尊重規定は入らなかった。
しかし、自民党は「小さく生んで大きく育てる」つもりだったのだろう、治安維持法を見倣って。
2010年6月、尊重規定などを盛り込んだ国旗国歌法の改正に関する請願が少なくとも2件、自民党議員を紹介者として国会に出された。1件は稲田朋美自民党衆議院議員の紹介で、もう1件は西田昌司自民党参議院議員(注1)の紹介で。西田議員紹介の請願内容は「1、国旗・国歌に侮辱を加える目的で、国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為を禁止すること及び罰則規定を設けること。2,国旗及び国歌を尊重する義務を法律で定めること」というものだった。どちらの請願も「審議未了」となったが。
(注1)25年5月、那覇市内で開かれたシンポジウムで「ひめゆりの塔」の展示内容を「歴史の書き換えだ」と言い、自民党沖縄県連からも批判された人物
自民党は国旗損壊罪成立を狙ってきた
さらに12年5月29日、高市早苗自民党衆議院議員は国旗損壊罪を含む刑法改正案を、自民党議員全員の賛成を得て衆議院に議員立法として提出。この年は衆議院解散もあり、国会で審議されないまま廃案となったが、自民党は敗戦後も一貫して、天皇制・国体護持のために「日の丸・君が代」の尊重を国民に押し付け、そして国旗国歌法制定後は国旗損壊罪の新設を狙ってきたということだ。文部行政が戦後のごく一時期(注2)を除いて「日の丸・君が代」を学校教育に導入してきたことと重なる。だから、参政党が議員立法したことにほくそ笑んでいるのは、高市首相や西田・稲田両議員だけでなく、自民党そのものだ。
(注2)GHQ占領下でマッカーサーが日本を反共の砦とする以前の1948年まで。それ以前の占領政策では、「日の丸」については45年10月1日、公式掲揚を禁止した。ただし、「日の丸」掲揚を望む者には申請すれば許可するとし、46年11月に行われた日本国憲法を祝う祝賀都民大会等で掲揚された。
東京都教委10・23通達で
石原都政下の東京都教委(以下、都教委)は、全国に先駆けて「日の丸・君が代」の刷り込みを行ってきた。03年10月23日、都教委は「日の丸・君が代」についての通達を都立学校校長・区市町村教委教育長に発出。同通達は、「国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること」と記す。この10・23通達によって、04年からの卒業式・入学式、周年行事(創立50年式典など)で「君が代」起立を拒否して延べ484人の教職員が懲戒処分を受けた。
大阪府教委も2011年に大阪府国旗国歌条例を、12年3月に大阪府職員条例を制定し、12年の卒業式から「君が代」起立をしない教職員に対して懲戒処分を始め、これまでに延べ67名の教職員が懲戒処分を受けた。東京と比べて大阪の被処分者数が少ないのは、政治の右傾化と無縁ではないと思う。
東京も大阪も数年前から、「君が代」不起立の教職員はいない。「日の丸・君が代」実施は当然という認識に教職員が至ってしまったということだろう。
なお都教委は、「君が代」起立を拒否し続け11年以降連続12回の処分を受けた特別支援学校教員の田中聡史さんについては、17年度以降入学式・卒業式に参加させない措置をとっている。彼は中・高の美術科担当だが、小学部2、3年生の所属にして、彼の所属する学年は卒業式・入学式の日も平常授業とする。たった一人の教員の不起立に、都教委が神経をとがらせているのだ。
さて、都教委は10・23通達を作成するにあたって、月2回開かれる教育委員会定例会(03年4月10日)で、こんなやり取りをした。「そもそも国旗国歌については強制しないという政府答弁から始まっている混乱なのです」(横山教育長)、「だから政府答弁が間違っているのです。だから文部科学省はきちんとやりなさいと、こう言っているわけです」(教育委員)。国が国旗国歌法に罰則規定をつくらなかったから、都教委がわざわざ罰則規定のある10・23通達をつくらなければならなかった、というのだ。石原都政2期目に入る時点でのこと。
「君が代」起立の職務命令を拒否しつけた筆者は、05年から09年までに減給6月→停職1月→停職3月→停職6月を3回と、次は懲戒免職かと覚悟させられる重い処分を受け続けた。04年度は不起立処分を問題視する報道がかなりあったが、06年度にはほぼなくなっていた。中学生は自身の小学校の卒業式も10・23通達下での卒業式だったから、「君が代」斉唱は当然と思わされていた。10・23通達以前は、「『日の丸・君が代』の強制に私は反対」と生徒たちに話をする教員もわずかだが、いた。しかし、10・23通達発出以降、教員たちが後述するような自己規制に走ってしまったから、生徒たちは「日の丸・君が代」の歴史や意味について教員から話を聞くことは皆無となった。また、異動させられた町田市鶴川では、地元の自民党市議会議員を中心に「根津を都教委に返す」運動が起き、生徒たちもそれに巻き込まれていった。だから、生徒たちには、国旗国歌が卒業式・入学式にあるのは当たり前、尊重せずに不起立処分をされた根津は「非国民」と映った。1年生でさえ、「君が代」を歌って私の授業を妨害する生徒がいたし、3年生に至っては、私を階段から突き落としたり、廊下を通る私に、教室の下窓からモップの柄をひっかけたりと、命の危険を感じることが度々あった。階段から突き落とされたときには教員が2人通りかかり、事件を目撃していたが、ほぼ素通りだった。それは、私を敵対視しての行為ではなく、根津を庇うと「第2の根津」と生徒たちに思われるからだ。確かめたわけではないが。同僚たちは誰もが、通勤のバスや電車の中では私と友好的に会話を交わしたが、バスを降りるとそれをやめた。10・23通達による教員への萎縮効果の大きさが想像できるかと思う。
こんな精神状態に教員たちがなったのだから、「日の丸・君が代」の実施を問題と思っていても、子どもたちにその本心を語ることはしなくなった。「君が代」不起立さえしなければ処分はされないのに、教員の怯えは大きく、沈黙し、それによって学校の職場及び日々の生徒とのかかわり・教育活動から「表現の自由」「思想・良心の自由」、さらには子どもたちの事実を知る権利があっという間になくなってしまった。私には、「大正デモクラシー」と言われた時代が、日本軍が中国に攻め入るようになるとたちまちのうちに民意も「戦争賛成」に変わり、治安維持法が人々を委縮させる時代に突入したことと重なる。
10・23通達による教員の萎縮効果を考えれば、国の法律となる国旗損壊罪による萎縮効果は想像を絶する。市民だけでなく、マスコミの報道も国旗損壊罪に抵触しないかとびくつくだろう。学校教育での「日の丸・君が代」強制は、教職員だけでなく子どもたちをも処罰の対象とするだろう。自粛効果があれば、政府にとってはそれで十分。たちまちのうちに暗黒社会になってしまう。「日の丸・君が代」の強制と処分の定着が国旗損壊罪成立に道を開いた。

根津 公子 (共著)『「日の丸・君が代」強制って何?: 国旗国歌と思想・良心の自由 (プロブレムQ&A) 』(緑風出版、2024)
反対の声を大きく
25年12月15日、都教委包囲・首都圏ネットの呼びかけにより国会前に集まった24人で「国旗損
壊罪反対」の声を挙げた。これを出発点にして26年は広く大きく情宣し、国会前での抗議行動等をやっていきたい。
いつも思っていることだが、こうした政治状況及びそれを容認する社会は、学校教育が「日の丸・君が代」の歴史や意味、日本の侵略・植民地支配について教えてこなかったこと、さらには日本国憲法の権利を教える際に義務とセットでの権利を教え、権利それ自体について教えてこなかったこと、政権に不都合なことは隠してきたことによる。文部行政にそれを改めろと突き付けていきたい。
また、天皇に関する報道を筆頭として、政府に忖度した報道が目立つ。報道機関に対し、国旗損壊罪の危険性についてまともに報道するよう要求していきたい。
最後に宣伝を兼ねて——国旗損壊罪を考えるために、『プロブレムQ&A 「日の丸・君が代」強制って何?』(根津などの共著 2024年 緑風出版)を、とりわけ若い方に読んでいただきたい。
