ノー!ハプサ(NO!合祀)第3次訴訟 第1回口頭弁論へ!

山本直好(ノー!ハプサ(NO!合祀)訴訟団事務局)

9月19日、植民地支配下に軍人軍属として強制動員され戦死し、戦後になって靖國神社に英霊として無断で合祀された韓国人の遺族が、合祀の取り消しを求めて、東京地方裁判所に提訴した。ノー!ハプサ(NO!合祀)第3次訴訟だ。

午後3時、東京地方裁判所の正門前に原告団と支援者約30人が集まった。原告は戦没者の「孫の世代」にあたる6人の遺族だ。代表して陸軍軍人として戦死した朴憲泰(パク・ホンテ)さんの孫である朴善燁(パク・ソニョプ)さんが参加した。日韓マスコミのテレビカメラが待ち構える中、朴善燁さん、太平洋戦争被害者補償推進協議会共同代表で第1次訴訟原告でもある李熙子(イ・ヒジャ)さん、民族問題研究所対外協力チーム長の金英丸(キム・ヨンファン)さんを先頭に、「侵略神社靖国は合祀を撤回せよ!」の横断幕を掲げて、裁判所まで行進した。

訴状提出後、弁護士とともに記者会見した朴善燁さんは「私がこの訴訟に臨むことになったのは、親世代の闘いにけじめをつけようという気持ちからだ。私の父の一生の願いは、祖父の遺骨を取り戻すことだった。父は亡くなる3年前に、祖父の遺骨を返還された。私は、父が亡くなった後に、祖父が靖国神社に合祀されていることを知った。父が祖父の遺骨を取り戻したことは、宿題の半分をやり遂げたことになると思うが、あと半分の課題が私には残っている」と裁判への強い決意を語った。

提訴報告集会で浅野史生弁護士は、「第2次訴訟の1・17最高裁判決の三浦裁判官の反対意見を参考に、原告の皆さんがどういった被害、苦しみを被っているのかということを論じた」と報告した。そして、「今度の裁判では、1・17最高裁判決の請求棄却理由、『除斥期間』の問題が最大の論点になる。最高裁が『除斥期間』一本で切ってしまい、変に事実関係を確定したり、『除斥期間』以外で法律判断をしたりすることもなかった、最高裁は中身を何も判断していないので、却ってグングン、1次訴訟、2次訴訟を踏まえて一から裁判をやり直すことができる」との考えを述べた。浅野弁護士は最後に、「だんだんと靖国の闇をこじ開けつつあるのではないかと思う。今回こそ、きちんと結果を出せる裁判にしたい」と決意を表明した。

その第1回口頭弁論が、来たる12月19日(金)午前11時より、東京地方裁判所103号法廷で開かれる。韓国からは原告の朴善燁さんが参加し、意見陳述も行われる。

改めて、この訴訟の特徴と意義について確認しておきたい。第1に、今年1月17日の第2次訴訟最高裁判決を受けて開始される初めての合祀取り消し訴訟である点だ。最高裁第2小法廷は、原告らが合祀から20年以内に提訴しなかったとして、「除斥期間」を適用し、請求を棄却した。しかし、合祀の事実さえ韓国の遺族は知らされておらず、無断合祀から20年以内に訴訟を提起することは不可能であって、「法による暴力」といってもよい。

「除斥期間」の適用を巡っては、旧優生保護法訴訟最高裁判決などで「除斥期間の経過によって国が賠償責任を免れることは著しく正義・公平の理念に反し容認できない」等の判断がなされている。日本国や靖国神社は「除斥期間」を適用した1・17第2次訴訟最高裁判決を根拠に請求棄却を求めてくると予想されるが、不可能を強いる理不尽な最高裁判決の法理とは断固として闘って行かなければならない。一方、三浦守裁判官は反対意見で原告が主張立証してきた戦後の国家を上げて推進された合祀の違憲違法の可能性を指摘し、裁判の差し戻しを求めた。三浦反対意見を手掛かりに、正面から無断合祀の違憲性、違法性を争っていく裁判となる。

第2に、2001年の在韓軍人軍属裁判提訴以来、原告側が苦労して明らかにしてきた合祀事務の実態を裁判の冒頭から主張立証する裁判となる。在韓軍人軍属裁判が提訴された当時、戦後の靖國神社合祀の実態はまだ断片的にしか知られていなかった。その後、2007年に国立国会図書館の「新編靖国神社問題資料集」が公表され、厚生労働省の公文書や靖国神社の内部資料から合祀事務の全体像が明らかになった。さらに私たちも、独自に厚生労働省や沖縄県公文書館に保管されている公文書を情報公開請求で開示させ、それを元に裁判で詳細に主張立証を進めてきた。これらが三浦反対意見に結びついたことは言うまでも無い。第3次訴訟は四半世紀に及ぶ真相究明の取り組みの総集約となる。

第3に、原告が戦後生まれの「孫の世代」となることから、運動も次世代に引き継ぐことを重点に取り組みたい。その第一歩として、裁判当日の12月19日、午後6時半から東京しごとセンター地下講堂で、2005年に日韓共同で製作された映画「あんにょん・サヨナラ」の上映と出演者によるアフタートーク企画にも取り組む。映画に出演した太平洋戦争被害者補償推進協議会の李熙子さん、在韓軍人軍属裁判の要求実現を支援する会の古川雅基さん、そして第3次訴訟原告の朴燁燁さんが登壇する。ぜひ、次世代に呼びかけて成功させたい。

また、当日午後2時半からは、衆議院第1議員会館国際会議室で、朝鮮半島から動員された戦没者の遺骨返還・DNA鑑定を求める政府交渉も取り組まれる。9月19日の提訴当日も、「『戦没者遺骨を家族の元へ』連絡会」ほかが主催する朝鮮半島出身者の遺骨返還に関する対政府交渉が行われ、原告団や支援者も参加した。厚生労働省から12人も参加するとあって踏み込んだ交渉が期待された。日本政府は日本人のDNA鑑定についてはめどがついたことを明らかにした。ところが、「韓国人遺族の鑑定参加を進めるのか」と問われると、「返還のあり方を外交交渉の中で解決する必要がある」と別の理由を持ち出し、応じない考えを示した。頑なに植民地支配の責任に向き合わない日本政府の姿勢があらわになったと言える。韓国の遺族からは「厚労省は遺骨返還の責任を感じているのか」と厳しい批判の声が上がった。

12月19日の交渉も戦後補償から排除された朝鮮人韓国人戦没者・遺族の人権回復の取り組みの一環として、太平洋戦争被害者補償推進協議会と共に私たちも参加する。まる一日の行動となるがぜひご支援ご協力をお願いしたい。

12月19日のスケジュール(https://no-hapsa.seesaa.net/
11:00 第1回口頭弁論 東京地方裁判所103号法廷
*10:30正門前集合
14:30 遺骨返還問題対政府交渉 衆議院第1議員会館国際会議室
*14:00入館証配布
18:30 「あんにょん・サヨナラ」上映&出演者トークショー 東京しごと センター飯田橋地下講堂(18:00開場)


9月19日の提訴後の記者会見での原告朴善燁さんの発言

祖父・朴憲泰は、20歳のころ妻と赤ちゃんを残して戦場に連れて行かれ、中国で亡くなった。私がこの訴訟に臨むことになったのは、私の親世代の闘いにけじめをつけようという気持ちからだ。私の父の一生の願いは、祖父の遺骨を取り戻すことだった。父は亡くなる3年前に、祖父の遺骨を返還された。私は、父が亡くなった後に、祖父が靖国神社に合祀されていることを知った。父が祖父の遺骨を取り戻したことは、”宿題”の半分をやり遂げたことになると思うが、あと半分の課題が私には残っている。

私が理解できないのは、自分が望んでいない戦争に駆り出され、捨てられ、自分が望んでいない死に至った戦争の被害者がなぜ、加害者の論理で加害者の神社に合祀され続けているのか、ということだ。
私は今年1月の第2次訴訟最高裁判決を傍聴し、そのあと合祀の取り消しを求めるため靖国神社に行った。そのとき、日本の司法・政治は矛盾に陥っているのではないか、と感じた。最高裁が請求を棄却した理由は「除斥期間」だった。合祀は1959年で、国交正常化は65年。韓国の遺族には合祀の通知はなかった。合祀を知ったのは、除斥期間が経過した後だった。合祀の名簿も、私たちに伝わってきたのではなく、私たちが探して見つけ出したものだ。ところが、「除斥期間」を理由に日本の司法の最高機関は請求を棄却した。

靖国神社は「日本のために殉じた」という論理で祀っているが、私が1月に靖国を訪れたとき、靖国は面会を拒否し、私が合祀の話などまだ何もしていないのに門前払いされた。実は私は、祖父の合祀のことを知る前は靖国についてあまり詳しく知らなかった。日本の戦犯、戦没者が祀られている宗教施設、というぐらいの認識だった。彼らが言う「日本軍軍人」の子孫である私に会ってもくれないのに、どういう名目で魂を取り囲んでいるのか。

韓国と日本の間で、政治的経済的に「これからの未来のためにやっていきましょう」と美しい言葉でよく言われている。過去を直視しない未来が果たして可能だろうか。校内暴力に例えて言うと、生徒一人がもう一人を殴り、先生が「お互い和解して仲良くしよう」と言ったら、果たして和解できるだろうか。仲良くなるためには、第一に、殴った子が殴られた子に謝らないといけない。謝罪は、いろいろ変わるものではなく、徹底的に自己反省に基づくものでなければならない。二つ目は、原状回復だ。病院に行かなければならないとなれば通院費を出さなくてはならないし、心の傷があるとなれば治療しなければならない。三番目は、再発防止のための約束だ。被害者が相手側のいろんなことを見て赦したときにこそ、本当の意味で和解ができる。日本の政治家は、あるとき謝罪したとしても、そのあと逆のことを言ったりもする。「何度も謝罪した」と言うが、被害者がそれを受け入れる気持ちになれない理由は、二番目三番目のプロセス[原状回復、再発防止]ができていないからだ。

私たちの母世代の闘いを受け継いで、人間の基本権、人権の問題として闘っていきたい。祖父の合祀を知ってから、私たちの平穏な精神世界が歪められている。人権の闘いとして、日本の社会にも正義が生きているということを示してほしい、という決意だ。

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