志水博子
著者は、前作の2017年刊行『日本軍兵士——アジア・太平洋戦争の現実』で、日中戦争からアジア・太平洋戦争敗戦まで亡くなった約230万人の日本軍兵士について、多くは戦闘による死ではなく戦病死であったことを資料やデータで明らかにした。それに続く本書では、なぜそのような無惨な大量死が発生したのか、背景にあった明治以降の帝国陸海軍の歴史に即して具体的に明らかにし、その現実に迫っていく。多くの資料やデータで明らかになったのは、戦争という非日常のいわば衣食住を伴う日常だ。

吉田裕著『続・日本軍兵士——帝国陸海軍の現実』(中公新書、2025年)
著者は三つの視点を重視したいと最初に述べているが、これはそのまま本書の結論ともいえる。第一は、直接戦闘に使用される兵器や装備を最優先にしたため、人員や軍需品の輸送・補給、情報、衛生・医療、また兵員への食糧や被服などの供与等が著しく軽視されたこと。なるほど、ありていに言えばそもそもこの戦争最初から無理があったということか。第二は、帝国陸海軍は、将校が温存・優遇される半面、下士官、なかでも兵士に過重な負担を強いる特質を持っていたのではないかということ。確かに戦争は兵士を平等に扱ったわけではない。第三には、兵士の「生活」や「衣食住」を重視するという視点である。まさに兵士の日常を明らかにしたわけだ。
近々、有事の際にはニッポンを守る、と勇ましい声が聞こえて来るが、有事すなわち戦争においては帝国陸海軍のような軍隊が必要なことはいうまでもない。自衛隊がそうであるか否かについては別の議論が必要であろうがそれは置いておく。ただ、軍隊というものを考えるうえで、本書は必読かもしれない。
本書は、日本の近代戦争史を辿りながら軍隊と兵士の日常を追っていく。徴兵制度は、「国民皆兵」とは言うものの、実は徴兵令は、多くの人々に兵役の免除(免役)を認めていた、とある。富裕層は逃れることができたのだ。また、日本の場合、いわゆる早急な近代化において、きわめて短期間のうちに徴兵制を導入したため、徴兵令が布告されると農村では徴兵令に反対する激しい一揆が起こっていたことも初めて知った。また、中国に派遣された日本軍は、その多くが家庭を持つ「中年兵士」の集団であり、戦争目的が不明確なまま厳しい戦場の環境の下で長期の従軍を余儀なくされ、彼らのなかに自暴自棄的で殺伐とした空気が生まれてくるのは、ある意味で当然であり、それは日本軍による戦争犯罪の一つの土壌となった、とある。そんなふうにはこれまで考えたことがなかった。
いうまでもないが、大日本帝国憲法においては、軍隊の統帥権は天皇にある。1882年明治天皇が陸海軍の軍人に与えた「軍人勅諭」は、軍人が守るべき徳目を教え諭すという形をとりながら、日本の陸海軍は天皇自らが率いる天皇の軍隊であることを強調している点に特徴があった。著者はこの軍人勅諭にまつわる話として次のような史実を紹介している。
「満州事変後は、軍人勅諭の神聖化が進み、1936年には除隊式の際に軍人勅諭を読み間違ったことを苦にして、ある少尉が自殺するという事件が起こっている」と。
それだけではない。日中戦争の長期化に伴い、急速に拡大した兵力を充足するために、それまでは徴兵免除であった障害のある人々も軍に配属される。また植民地からの兵力動員も始まる。1942年2月吃音の下士官が小銃自殺する。部隊の勅諭奉読式のときに、「吃音のため立派に奉読」できず、そのことを深く恥じ入り自殺に至ったと、駐蒙司令部「軍人の変死状況報告書」に記載がある。天皇は「神」であったのだ。
日本資本主義の後進性や資源のなさもおおいに影響している。「軍需産業の拡充がただちに国民生活の悪化に直結した」様子も資料をもとに具体的に書かれている。仮に今戦争が起こったとしたら、これらはそのまま当てはまるのではないか。
植民地からの兵力動員、日本軍兵士として戦争に動員され戦没した朝鮮人と台湾人の数は約5万名である。そのことは、学校で教えられているのだろうか。また、1944年には法改正により、17歳以上45歳までの男子を防衛招集という形で大量に召集することが可能になる。そこで何が起こったか。防衛召集による「根こそぎ動員」が実際に行われたのは、1945年3月末に始まった沖縄戦だ。「召集された防衛隊員たちは武器や軍服もほとんど与えられないまま、軍の後方支援的な土木作業などに従事し多数の死者を出した」(『沖縄戦と民衆』)。このことも忘れてはならないはずだ。
様々なデータや資料から浮かび上がって来るアジア・太平洋戦争期の大きな特質は、戦争末期の戦没者が非常に多いことだと著者は指摘する。そして、もう一つの特質は、全戦没者の六割以上が戦病死だということであると。では、その原因は?連合軍の攻撃により食料・医薬品等の補給が途絶したこと、国力を無視して戦線を拡大し過ぎたこと、作戦第一主義が災いして補給を軽視したこと、そして無理な徴集・召集の結果、軍隊の中で体格、体力の劣る「弱兵」や「老兵」が大きな割合を占めていたことなどを指摘する。
最後に、著者が指摘する「犠牲の不平等」について考えたい。
2007年に書かれた、いわゆるロスジェネ世代の赤木智弘さんの論考「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳、フリーター。希望は、戦争。」は当時注目を浴びた。戦後民主主義のなれの果てとして格差社会を直に批判したものだが、何しろ「希望は、戦争。」である。戦争すなわち「軍隊」という場である種の社会の価値観がひっくり変えるなら、というほど格差社会のどうにもならない過酷さを訴えたものであろう。確かに軍隊を描いた小説において、インテリが苦労する場面が出て来ることがあった。だが、本書には、やはり軍隊も権力を有するものが「トクをする」という社会状況そのままであることがよくわかる。軍隊では、それは命に関わってくる。著者は何度かそれを「犠牲の不平等」と評している。戦争が起これば、富める者、学歴社会において優位に立つ者、権力を有する側にいる者が、天皇の赤子として同じように戦っても決して「平等」ではない。「犠牲の不平等」すなわち誰が死から逃れやすいところにいたか、本書は残された数少ない資料から浮かび上がらせる。戦争は非日常であるが、命を賭けざる得なかった兵士たちの、不平等な日常こそが、天皇の軍隊である日本軍の本質であったということか。