敗戦80、昭和100、そしてフィアット500の00000

小畑太作
(日本基督教団西中国教区靖国天皇制問題特別委員会委員
靖国・天皇制問題情報センター運営委員会委員長
「合祀いやです」少数者の人権を求める会代表)

わたしの愛車は、1966年製のFIAT500Fである。もうしばらくすると、走行距離計がまた一回りして「00000㎞」となる。本来、走行距離計は車が製造されてからの走行距離を表すものだから、製造者の想定を大幅に超えて乗り続けているというわけである。わたしがオーナーになってから約15年で、二度目のゼロであるから、多分、4度目か5度目のゼロだと思われる。わたしの愛車の話なので、わたしにとっては思うところもないことはないが、それにしても別段どうでもいいことであり、ましてやこの読者方々にとっては、他人の車の話、真にどうでもよいことであろう。そもそも、十進法の必然でしかない。

天皇制国家だった時代、昭和天皇が即位したという歴史的事実があるが、その走行距離ならぬ実施時間は20年で終わったはずなのである。1945年以降の「天皇」は、その呼称と人物が継続してしまったが、国における機関としての内実は全く別物になったはずなのである。そもそも、国の骨格が全く変わったのであるから、別の国になったとも言えるのである。車も骨格(シャーシ)を交換すれば、新たな車台番号が振られて、新たな製造年となるのである。にもかかわらず、同じ国が継続しているかのように、敗戦前と地続きにされたことよる問題があり続けている。「昭和100年」という言葉は、それらの数々の問題に蓋をして、地続きを当然とするためのものであろう。そしてそうした枠組みの中で、80年を数える敗戦を捉えなおそうというのであろう。

那覇市に拠点を置く陸上自衛隊第15旅団が、かつての日本軍第32軍の牛島満司令の「辞世の句」を、市民の抗議により一旦削除したものの、今年、ホームページに再掲載したことが問題となっている。削除された際には、一応、大手新聞などもこの問題を問題として報じた。しかし再掲されたこともそうであるが、国会で指摘されても開き直る防衛大臣の背後で実際に起きていること何かである。

わたしの住む山口県は、沖縄とは別の意味で、この国の姿が見えるところである。

先日、岩国市の公園で、1910年に沖合で訓練中に沈没した第六潜水艇の艇長はじめ乗組員を顕彰する「慰霊祭」が執り行われた。内容は報道によると、宮司が神事を司り、参列者が玉串拝礼をしたそうである。そしてそこに海上自衛隊第31航空群司令以下約80名が参列したことが、地元新聞やテレビで報じられた。またこれは調べが付いていないが、聞くところによると岩国市長も参列したらしい。

驚くのは、沖縄の県では言い切れなかった、旧皇軍との連続を公言して憚らないことである。加えて、それを報じた報道の全てが、少しの批判も述べることなく、肯定的に報じたこと、更には、ここ山口県では誰も問題にしないことである。

しかしそれは最早、捏造というべきレベルなので、放送倫理・番組向上機構(BPO)にも意見を出し、報じた各機関と、一応、文民の防衛省にも質問書をしたためた。近日中に発送する予定である。期待は出来ないけれども、誰かが言わないと仕方ない。

防衛省宛のものを下記に記す。これを読んで下されば事故の内容も大体お分かり頂けると思う。100年を繋ぐことを必要としているのは誰か、そしてその問題が最早見えなくなっているマスコミと、看過する市民が広がっていることは間違いないと思う。


 

「第六潜水艇殉難者慰霊祭」への海上自衛隊第31航空群参列についての質問

わたし共は、宗教法人 日本基督教団を包括団体とする、広島県、山口県、島根県にある67の教会が組織する西中国教区が設置する、靖国神社問題、天皇制問題の監視と是正を図る機関です。

去る2025年4月14日、新聞報道によると海上自衛隊第31航空群司令以下約80名が「第六潜水艇殉難者慰霊祭」(以下「慰霊祭」という。)なるものに参列したとのこと。

この事について、疑義を覚えざるを得ませんので、下記質問します。本書を受理されてから2週間以内に文書にてご回答下さい。なお、ご回答は公開扱いとさせていただきます。ご回答は、ファクシミリでもE-mailでも構いません。

1.報道によれば、石川一郎群司令は、慰霊祭において「佐久間勉艇長は死の影が押し迫る中でも強靱な精神力で乗組員を指揮し、全乗組員も最後まで任務を遂行した。その伝統を継承する者として、大いに誇りとします」と公言されたとのこと。

しかしながら、山本政雄(当時、2等海佐。戦史部第1戦史研究室所員)による論文「第六潜水艇沈没事故と海軍の対応──日露戦争後の海軍拡張を巡る状況に関する一考察——」(『防衛研究所紀要』第7巻第2・3合併号。2005年3月。以下「論文」という)によれば、この石川司令のご発言は、事実を歪曲あるいは捨象していると言わねばなりません。

第1に、論文によれば、当時の呉鎮守府長官は、艇長が沈没した艇内において遺書を長々したためた行為に対して、「一面ニ於テハ遺書ヲ認ムル丈ケノ余裕アラハ先ツ艇ヲ浮揚クルノ手段ニ於テ尚ホ尽スヘキ事ハアラサリシカ」と苦言を呈したとのことです。すなわち、一面、艇長は現実から逃避していたと言うことであり、「強靱な精神力」とは到底言えないと言うことです。

第2に、論文によれば、そもそもこの事故は、佐久間艇長の法令違反の無謀な命令が原因でした。これは、第1の現実逃避の要因とも考えられます。

以上についてのご見解をお聞かせ下さい。

2.こうした事実の歪曲、あるいは捨象以上に驚愕するのは、この事故に見られる旧海軍の体質を継承していると公言されていることです。

前述した通り、論文によれば事故の原因は佐久間艇長による法令違反の命令によるものであり、従って13名の隊員は、佐久間艇長により犠牲とされた人々だと言うべきです。本来ならば、隊員達には、無謀なその命令に従う義務はなかったはずです。しかし、実際は上官の「我が儘」とも言うべき命令がまかり通るのが旧皇軍の体質と言うべきなのではないでしょうか。

こうした事実を隠蔽し、「任務を遂行した」と誤魔化し美化し、更には「継承する」と公言することに、驚愕を覚えざるを得ないのです。ご見解を伺います。

3.そもそも自衛隊は、憲法違反の疑いの高い組織ですが、少なくとも国政府は、旧皇軍が無謀な行為によって引き起こしたかつての戦争を反省した憲法に基づく組織としているはずです。すなわち旧皇軍を継承してはならない組織ではないでしょうか。ご見解を伺います。

4.記事は、慰霊祭において、「宮司が神事を執り行った」こと、「宮司の祝詞に続き、出席者が玉串をささげた」と報じています。厳密には慰霊も、特定宗教の用語ですが、近年、その宗教的意味合いが希薄となっているとの主張もあり議論のあるところですが、これを除いても、報道したことが事実であるとすれば、特定宗教による宗教儀礼であったことは明らかです。すなわち、宗教儀礼に自衛隊が参列し、そこで参拝することは、憲法が定める政教分離原則違反と言わねばなりません。

参列した司令及び隊員も、玉串をささげたのでしょうか。ささげた場合、玉串料はどこから支出されているのでしょうか。

そもそも「神事」に参列することは、政教分離原則違反に当たるのではないでしょうか。

以上

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