山本直好(ノー!ハプサ(NO!合祀)事務局)
ノー!ハプサ(NO!合祀)訴訟は、2001年に提訴された「在韓軍人軍属訴訟」(ぐんぐん訴訟)の原告が母体となり、靖国神社と国を被告として、靖国神社への合祀取り消しを求めた訴訟だ。07年に第1次訴訟(元日本軍人・軍属の遺族と「生きていた英霊」とされた生存者)、13年に第2次訴訟(遺族)が提起された。
日本の植民地支配下にあった朝鮮半島から強制動員され、戦死した韓国人が靖国神社に合祀されたのは戦後のことだ。1956年から開始された3年間で完了させるという国策により合祀は強行された。実際には1970年代まで継続して合祀は続けられた。大量の戦没者情報が国から靖国神社に提供され、たびたび合祀基準の打ち合わせも行われた。その一方で、韓国の遺族に対しては、死亡通知も送られず、戦後補償からも国籍条項で排除されたままだ。明らかな、日本国憲法の政教分離規定に違反する行為だが、下級審はいずれも、「当時の社会通念」「一般的な行政サービス」といった靖國神社と国の主張に基づき、原告らの訴えを斥けていた。

2025年1月17日、判決当日の最高裁判所前
昨年12月18日に突如、原告のうち4名について、上告審として受理し、1月17日に判決を言い渡すと最高裁から通知があった。最高裁で判決が言い渡されること自体が希なことで、期待半分、不安半分だった。通知から一ヶ月しかなかったが、傍聴者はそれなりに集まり、43人の傍聴席は満杯となった。第二小法廷の岡村和美裁判長は「事案の重要性に鑑みて」として、判決要旨を読み上げ、「補足意見と反対意見が付されている」と付け加えた。判決の主文は、原告の父親らは1959年までに合祀されたとして、被害の発生から20年を過ぎると賠償請求権が消滅するとした民法の「除斥期間」により、賠償を求める権利は提訴時に失われていたとして、訴えを斥けた。傍聴者の一人が立ち上がり、「最高裁あっぱれ」と叫ぶ。靖国神社の支持者も傍聴に参加していたようだ。
しかし、判決の大半を占める三浦守裁判官の反対意見では、「遺族の主張を前提にすれば、憲法の定める政教分離の規定に反する可能性がある。合祀を望まない韓国人遺族がいることも想定しながら合祀を推進しており、国の責任は極めて重い」と指摘し、「必要な審理が尽くされていない」として、審理を高裁に差し戻すべきだとした。さらに、「除斥期間」で上告を斥けた多数意見に対しても、「被害者にとって著しく酷であり不合理」として、審理が尽くされていないと指摘していた(詳細は「弁護団声明」)。

2025年1月17日、判決当日の最高裁判所前
原告の朴南順(パク・ナムスン)さんは「父が死亡したことも、靖国神社に合祀されたことも、2010年まで一切知らされなかった。提訴が遅かったというのは、逃げの判決だ」と厳しく批判した。「逃げの判決」という一言がこの判決の本質を端的に捉えている。「除斥期間」を持ち出したことは「逃げ」以外のなにものでもない。原告が一貫して訴えてきた国と靖国神社が「不可分一体」として推進した無断合祀の違憲性に正面から向き合う裁判官が現れ、「やっと、遺族の訴えが届いたか」との思いを強くした。
今回の判決に同席した戦没者の孫にあたる朴善燁(パク・ソニョプ)さんは「次の世代が法廷闘争を引き継ぐだろうから、さらに強い支持と連帯をお願いしたい」と訴えた。闘いは「孫の世代」による新たな訴訟に引き継がれる。最高裁は違法性の判断にまでは踏み込んでいない。無断合祀の違憲性・違法性を裁判所に認定させなければならない。三浦反対意見はその重要な指標を提示した。
一方、靖国神社は「既に原告方の合祀取消等を求める権利がないことで確定」したとして、遺族との面会さえ拒絶した。朴さんは「私の祖父は『中原憲泰』ではない、朴憲泰(パク・ホンテ)だ」と創氏名で合祀を続ける靖国神社に対する怒りを露わにした。朴さんの祖父は援護措置から排除されながら、未だに植民地支配に縛られている。戦後80年の今年、靖国神社無断合祀問題は、未だに清算されていない植民地支配の重要課題だ。引き続くご支援をお願いしたい。
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「弁護団声明」抜粋
4.しかし、本件判決には裁判官三浦守による反対意見が付されており、この反対意見には特筆すべき点がある。
(1)まず、反対意見は、近親者を敬愛追慕することは、宗教上、習俗上その他人間としての基本的な精神的営みであり、そのために平穏な精神生活を維持することは、個人の尊厳及び幸福追求に深く関わるものであって、これを妨げられない人格的利益は、憲法13条及び20条1項の趣旨に照らし尊重に値すると述べた。
また、政教分離原則(憲法20条3項)についても、これに違反して宗教的行為を行って人格的利益が害された場合は、それが強制や不利益の付与を伴うものでないとしても、国家との関係においては、国賠法1条1項の違法となる可能性があると判示した。
このように一般論として近親者を敬愛追慕する権利を憲法上尊重すべき人格的利益であると認めたこと、政教分離原則違反が強制や不利益の付与を伴わない場合であっても国賠法上違法となる余地を認めた点で高く評価出来る。
(2)その上で反対意見は、合祀行為は靖國神社の中心的な宗教行為であって、戦没者の合祀に対する国の協力は、政教分離制度の中心に位置する問題であると位置づけ、国が、約30年もの長期にわたり、その経費負担の下で、組織的に、靖國神社に対して合祀決定に不可欠な情報提供を行ったにもかかわらず、原審は、その理由や経緯について具体的な認定や検討をしていないし、植民地支配下にあった朝鮮出身者戦没者の合祀については国と靖國神社との間で協議したと考えられるところ、その協議状況に関する具体的な認定や検討をしていないと断じた。
また、靖國神社への肉親らの合祀(以下「本件各合祀」という)を上告人ら遺族は了承していないこと、日本と朝鮮の歴史的な関係、上告人らの肉親が戦死等をするに至った経緯、戦前の靖國神社の役割等に鑑みると、上告人らが本件各合祀行為等を認識することにより、肉親らを敬愛追慕する利益が妨げられたという主張には相応の理由があるとした。
そして、上記重要な事実認定及び検討を行わないまま、上告人らの人格権等侵害を否定した点で、原判決には、国賠法1条1項の解釈を誤った審理不尽の違法があると糾弾した。
反対意見が、合祀行為に関する国と靖國神社との直接的組織的な協力関係の実態や日韓の歴史的経緯や靖國神社の性格を前提に、上告人らの肉親を敬愛追慕する人格的利益の侵害を認めたことは、朝鮮植民地支配等の歴史的事実が人格的利益の内容となり得ることを認めた点で画期的であり、高く評価出来る。
(3)さらに、反対意見は、多数意見が除斥期間を適用して上告を棄却したことを以下の理由で弾劾した。
まず、上告人らの人格的利益は、現在も、本件情報提供行為と不可分一体の行為(合祀)により侵害が継続し損害が生じているとみる余地があり、上告人らの上記人格的利益は本件各合祀行為等を認識して初めて法益侵害と損害が生じるものであるから、法益の侵害と損賠の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷であり、不合理であると述べた。
他方で、本件情報提供行為が政府の事業として行われ、「新編 靖國神社問題資料集」(2007年)が刊行され、霊璽簿等が現在も靖國神社に保管管理されていること等に照らせば、時の経過とともに加害者側である国の立証活動は困難にはならないと述べた。
また国が靖國神社への合祀に対する直接的な協力によって、政教分離規定違反や人格的利益の侵害を伴う施策を行ってきたこと、日韓の歴史的な関係等に鑑みれば韓国内に上告人らのように合祀を望まない遺族がいること、合祀によって人格的利益の侵害が生じうること、合祀の継続によって継続して損害が生じうること等を十分に想定しながら、合祀を推進した国の責任は極めて重大であると断罪した。
さらに上告人らは、合祀行為から相当期間経過後に、その事実を認識して平穏な精神生活が妨げられることによって人格的利益が侵害されたのであるから、これを認識しない時期において、損害賠償請求権を行使することは不可能であると評価した。
以上を踏まえ、本件訴えが除斥期間の経過後に提起されたことの一事をもって、損害賠償請求権が消滅したものとして、国がその責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することが出来ないと述べ、除斥期間の判断を行うためには、事実審においてさらに十分な検討を行うことが不可欠であり、原審には審理不尽があると結んだ。
これは植民地支配の歴史的事実を看過して合祀行為への協力を漫然と継続して上告人らの人格的利益を侵害し続けた国を厳しく断罪した点で画期的であり、また当事者の置かれた訴訟上の地位の衡平に配慮して除斥期間の適用を制限した点で今後同種訴訟を戦う上で先例的な価値を有する。
(4)そして反対意見は最後に、原判決は、国賠法1条1項の解釈適用を誤った審理不尽の違法があり、これは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄して原裁判所に差し戻すことが相当であると結論づけたものである。
5.上記のとおり、上告人ら遺族の日本政府に対する請求に限定しているものとはいえ、上記反対意見は、法的、歴史的、正義・公平などの観点から非常に説得力があるものと評価できる。もちろん、この反対意見は、遺族らの長年に渡る闘争により勝ち取った成果である。
ただし、このような評価さるべき反対意見にもかかわらず、最高裁自体は遺族の心からの叫びを無視しさったのであり絶対に許されない。すでに第三次の闘争も準備されてきている。私たち弁護団は一丸となって遺族らと固く連帯し、この大きな不正義を粉砕し、合祀絶止を実現すべくさらに闘ってゆく決意である。」