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読売グループ新総帥《小林与三次》研究 第二章-3

第二章《高級官僚の系譜》

無思想の出世主義者が国体護持の“愛国者”と化す過程

3 「本官は……」の特攻精神注入さる

《早いおそいは別にして、私は、任官して地方に出るときは、てっきり、地方課長か庶務課長(今の財政課長)だと思いこんでいた。もともと、警察の権力行政はやるつもりはなく、地方行政を志して、内務省にはいったのだ。そして希望通りに地方局に席を与えられて、それこそ文字通り、ねじり鉢巻きで(私はよく、ぬれ手拭いを絞って、鉢巻きをした。自分では水鉢巻きといっている)行財政の勉強をし、自他ともにというと語弊があるが、少なくとも、自分では、地方局系統のポストに進むものと思いこんでいた。それが、地方事務官ではなく、地方警視に任ぜられたのである。これには、私も、面喰った。当時は、今と違って、都道府県の職員は、大半官吏で奏任官の任免権は、内務大臣にあった。もとより否応もない。当時、同期の友人と二人、任官したのだが、友人は、地方事務官で、某県の地方課長を命ぜられ、私が地方警視で、熊本県警務課長である。事志と異なり、心中いささか動揺を禁じ得なかったのだが、なるほど、これは、自分のどんでもない思い違いであることが分った。

 私は、一筋に地方行政を志したことは間違いないが、身を内務行政の中に置いたのである。当時警察行政がその重要な一環をなしていた内務行政の、大きな組織の一員として、身を委ねたのだ。…(略)…その組織から離れ去ろうとするのなら別として、いやしくも組織の中にとどまる限りは、そして志を組織の中で遂げようとする限りは、組織の一員としてその管理意思に従わなければならぬ。いわば、将棋の駒である。どこに打ちこまれるか、どんな駒として使われるか、それは、個々の駒のきめることではない。全体の戦局に応じて、駒のそれぞれの働きを考えて、駒は、自由自在に選ばれ、動かされる。それは当然のことである。…(略)…警務課長を命ぜられて、私は、自分の一身を、この道に捧げたきびしさに、粛然とせざるを得なかった。私は、役人としては人並み以上に、いろんなポストを経験してきたが、その後、自分の一身に関しては、どんな場合にも、再び驚くことはなかった。常に、すべてを喜んで受け容れ、勇躍して、新しい職に転じた。もっとも、どの場合も、従来のポストに未練があった。未練を残しながら、新しいポストに、欣然として赴いた》

 なんと御立派な、帝国軍人にもふさわしい御覚悟ではないか。ただし、これはあくまで懐旧の談。天下り先の住宅金融公庫副総裁殿として、余録の高給を食みながらの長広舌である。自分の心構えというよりも、いまや、後輩諸氏に戦前派的規律を強いるための音話に他ならない。その上、飛ばされたとはいっても、本人も認めるように、「栄転」には違いがない。たかが二五歳の身で、警務課長兼警察訓練所長となり、その赴任の有様からして、まるで若殿様扱いなのだ。

《私が、熊本に着任した直後は、後で知ったのだが、新聞記者諸君を袖にしたというので、クラブでは相手にしないという話になっていたようである。それは、熊本駅に着く前も、汽車が県内にはいると、警察署所在の駅ごとに、警察署長の出迎えを受け、いささか、ぼーっとなっていたのだが、熊本駅に着くと、知事、警察部長の顔も見え、いよいよ気が落付かなくなった。記者諸君に、ホームから駅の待合室に招じこまれたのだが、駅前に所轄警察署の署員一同が整列して出迎えているという連絡を受けると、もうこれは一刻も待たせておいてはなるまいと、記者諸君の質問を振り切って飛び出したものである。私は、記者諸君よりも、警察官が沢山整列しているのを待たせておくことが、気になったのである。記者諸君をおこらせたのは無理もないが、それも当時は一向に気がつかず、後でなんとなく知るようになったものである。初めての記者会見には、こんなことを言おうなどと、あらかじめ考えておく気などは、もとよりいささかもなかった》

 もちろん、サーベルガチャガチャ、オイコラ、キサマ! の時代のこと。新聞記者「諸君」はともあれ、一般民衆、いうところの「地方人」を相手にして、どのような態度を取りつづけたのかは、いうには及ばずであろう。ともかく、本人からは、こういう戦前の身分制について、反省も批判も聞えてこない。あるのはただ、「古き良き時代」の郷愁のみのようだ。日本テレビの社員研修会では、「警察の仕事はキライだった」という趣旨の発言をしたらしいが、それとても、さきに述べたように、「オレもキライな仕事をやらされた。だから社員たるもの“配転命令拒否”などとは、おこがましい」、といわんばかりのスリカエ戦法である。  熊本での「キライ」な仕事の中には、上手に煙幕を張ってはいるが、かなりヒンパンな“御宴会”があったようだ。


4 帝国官僚の視察旅行は何々ツアーか