読売グループ新総帥《小林与三次》研究(2-2)

電網木村書店 Web無料公開 2017.4.5

第二章《高級官僚の系譜》

無思想の出世主義者が国体護持の“愛国者”と化す過程

2 高等文官試験の席次にまつわる裏話

 ところで、いわゆるキャリア組の高級官僚になるためには、高等文官試験に合格しなけれはならなかった。いまでもその制度は、名称を変えてはいるものの、厳存している。現在の公務員制度自体にも、大いに問題はあるが、戦前の差別支配はもっと酷かった。名称も「勅任官」だとか「親任官」だとか「判任官」だとか、直参・旗本・御目見得以上などと一向に変りばえのしない仰々しさ。洋画で見掛けるキンキラキンの貴族の召使い風の礼服さえ、御指定のおあつらえという立派な御身分もあった。

 ただし、これも現在と同様、席次が低ければ、志望の官庁には入れない。その点、小林与三次は、どうだったのであろうか。念のために、人事院にも確かめてみたのだが、まず、戦前の資料は残っていない。そして、戦前戦後を問わず、公式の成績発表は一切していないというのだ。雑誌のゴシップ記事などで、よく、だれそれは何番だったとか、大蔵省は一桁でなけれはとか、いまは自治省志望に移ったとかいう話が出てくる。たとえは、「昭和四九年度の国家公務員試験上級職の合格者を一位から二〇位までとってみると、大蔵省が九人、自治省が七人」(『官僚王国論』)といった具合である。ところが、このネタの発生源は、あくまでクチコミなのである。当局側は、相手の官庁と本人にだけ志望の参考のために、順位を洩らす習慣を作っている。そして本人が、この順位では志望官庁に入れないと判断すると、もう一度翌年に再起をねらったりする。ただし、壁に耳あり障子に眼あり、自分しか知らない秘密をヒソヒソささやくのは、官僚にとっても最大の楽しみのひとつなのである。そして、『官庁速報』などという業界紙が商売になっているわけだ。

 かくて、小林与三次の内務省入りに関しても、末長く語り継がれる官界裏話が作られた。当時の内務省採用は二〇名前後。ところが小林の成績はかなり低かった。それなのになぜ「花形」官庁に入れたのか。その理由は、のちの義父、聖力松太郎の存在である、という話なのだが、如何せん、さきのように、はっきりした証拠はないのである。

 しかし、本人の回想を読み較べると、面白い矛盾が浮び上ってくる。

 というのは、まず、さきにも紹介した本人の自慢話である。“加越能”奨学金をもらったのは、「一番」になったからだと、わざわざ成績順位を語っている。これが得意なのである。そして、「自治雑記」にも、在学中に「行政」と「司法」の両高文試験に合格したことを、長々と説明入りで語っている。ところが、なぜかその順位にはまったく触れず、つぎのような奇妙な力み方なのだ。

《こうして、二・二六事件直後に、行なわれた内務省の採用試験に臨むことになった。私は、志を内務省に立てたので、他のどこも志願しなかった。特別に内務省のことを知っていたわけではなかったが、この道を歩こう、ということにしてしまっていたのだ。採用試験は、型のとおりだったが、他のどこにも願書を出していないといったら、余程自信があるのか、といわれた。私は、その時、昂然としてと言いたいところだが、その実は、どうせ小心翼々としていたのだろうが、次のようなことを言い切った。志を地方行政に立てたのだから、内務省で採用して貰えなければ、どこか区役所の雇いでもなり、いずれその内に、内務省に舞いあがってきます、と。事実、私は、当時、そんな心境だった》

 二次「志願」をしないのは結構であろう。しかしなぜ、「小心翼々」としていたり、「舞いもどってきます」などという“悲愴”な覚悟を訴えなければならなかったのか。このへんに異和感を覚えるのだ。もっとも、高等文官試験の合格は、あくまで「資格」であり、形式的には順位と関係なく、どの官庁にも入れることになっていた。そのために、それぞれの官庁独自の「採用試験」という手続きがあったのだ。だから、内務省の試験官が、小林の「意気」に感じて甘い点をつけ、それで採用決定したという解釈をすれば、いささかも問題にはならない。違法行為ではないのだ。

 たとえば、『内政史研究資料』で、「基準というのは必ずしも成績だけではない。たとえば、四〇何番を採るとか、二七番を落としているようなところも見えるんですね。やっぱりこれは、面接の結果採用とこうなるわけでしょうか」という質問に、現都知事の鈴木俊一が、「そうですね。面接の結果ですね。まあ人事課長によって違いますけれども」と答えている。

 しかし、「火の無い所に煙は立たぬ」。依然として、疑問は残されている。

 というのは、小林はかねて希望の地方局行政課に末席を与えられたものの、予定コースの地方まわりでは、警察に飛ばされたのである。その時の心境は、つぎのごとく記されており、これまた独特の力み方なのである。


3 「本官は……」の特攻精神注入さる