天野恵一
--天野さん、もうウンザリって顔ですけど、もう少しだけ、「皇室典範改正」問題に付き合ってもらいますね。最新の週刊誌記事からいきます。『週刊文春』9月3日号「核心証言『陛下のお怒り』天皇と高市首相の『緊迫会談』」。首相と天皇の「内奏」でのやりとりを紹介した記事があります。
天野 ストップ。これの内容の問題に入る前に、一つ、キチンと論じておきたいことがある。〈内奏〉という制度、そのものの問題です。
--ジャ、そちらをお先に、ハイ、ドウゾ。
天野 この記事、高市首相の天皇との二人きりのやりとりの内容紹介ですよね。
「二人だけしかいない凛とした空間。高市首相が手元に持参した内奏書を読み上げると、天皇は静かに耳を傾けられるのだった」と書かれていますよね。こんな愚かな政治習慣が、まだ、あたりまえのように続いているんですね。「現人神」の「主権者」であった、大日本帝国憲法下では、首相や閣僚が「上奏」し、天皇の「御下問」を受けるという制度は、あたりまえだったんでしょうが、「主権在民」の象徴天皇制下の戦後は、消えたはずのもの。臣下が天皇に上申することを「奏」というわけでしょう。正式でない形で奏することを〈内奏〉とかつてから呼んでいた。『岩波天皇・皇室辞典』(2005年、原武史・吉田裕編)に後藤 人さんが書いている「内奏」から引くね。敗戦直後もこの政治習慣は残っていた、と述べつつ、こう論じている。
「しかし、日本国憲法が施行され、天皇の行為が国事行為に限定されると、内奏という政治的習慣について疑問が生じた。片山哲内閣の外務大臣でその後内閣を組織した芦田均は、内奏という慣習に反対し、天皇不執政の原則を徹底させるため、内奏は首相のみとし、閣僚による内奏を廃止した。しかし、芦田内閣は短命であったため、天皇不執政を徹底しようとした路線は踏襲されず、後継の吉田茂首相は、皇太子立太子礼の時、『臣茂』と述べたように、天皇を中心とする国民統合を推進した。内奏も首相や国務大臣らによって続けられた。/佐藤栄作首相は、長期政権であったこともあり、天皇への内奏と天皇からの下問を繰り返すうちに、天皇に政治責任を負っているかのような錯覚も抱いていた。佐藤首相は外交、内政、政党人事、教育など国政全般にわたることを内奏し、天皇から詳しい下問を受け、時には人事の失敗を咎められきょう恐く懼していた。戦前から政治の第一線にいる昭和天皇は誰よりも政治キャリアを持ち、下問の仕方も鋭く、カリスマ性をもって保守政治家の上に君臨していた。昭和天皇は保守・革新の対立が先鋭であった高度成長期、内奏・下問を通じて保守政治家を支持し続けた。/こうして内奏・下問という政治慣習が表面化したが、その後も内閣からの内奏は続けられた」。
--とんでもない話ネ。本当なんでしょうね。
天野 もちろん、佐藤栄作首相のは、事実を書き残した「日記」が後にまとめて刊行されたから、やりとりが記録として、よく読めるんだ。この後が、大切な部分、引くね。
「しかし、日本国憲法から明らかに逸脱した内奏という行為は、長く国民には秘密とされてきた。1973年5月第二次田中角栄内閣の増原恵吉防衛庁長官が天皇に防衛問題を内奏した時、天皇から激励の下問を受けると感激し、記者団に話してしまった」。(傍線引用者)
--「増原発言」は大きな問題としてマスコミをにぎわした、という事実は知ってます。
天野 うん、増原の責任問題になった。でもね、私がここで問題にしたいのは、以前この問題を少し細かく調べた時、とてもおかしなことに気づいたのね。
「陛下の政治発言」を公開してしまった増原の言葉への批判は、マスコミにあふれているけど、憲法上許されない行為をしたのは「天皇ヒロヒト」ご本人でもあることは、誰が考えても明らか。それにもかかわらず、マスコミの憲法学者のコメントにも、天皇への具体的批判はゼロ。ものすごいタブー。
--なるほど。
天野 この点は、今、「上皇」とかになっている、「平成天皇」の「生前退位」騒ぎの時、天皇自身が、メッセージを発して、マスコミを動かし、法改正をせまり、象徴天皇とは、こういう活動をし、こうあるべきだなどと、憲法上決して許されていない超政治的動きをした時、天皇の政治(公的)行為の拡大に反対することで成立していたはずの「護憲憲法学者」たちは、やはり天皇・皇后らの政治的発言(パフォーマンス)を批判せず、こぞって沈黙した。天皇らへの批判は、実はタブー。これが、マスコミ・学会が一体化して作られてきた負の強固な伝統だったんですね。
--ハイ、おっしゃりたいことは、よく理解できました。今日の問題の方へ、もどってください。
天野 ウン、この『週刊文春』の記事は、「女性天皇」を希望する天皇の意思を、それを拒否している首相にブツケたという内容。この間、女性週刊誌はもちろん、天皇家の意思に対決する高市首相という図式で大量の記事がうまれていますネ。
こうした高市批判は、そのまま女性天皇制を支持する、天皇陛下「万歳」キャンペーンになってきています。
かつて、安倍晋三政権下での「生前退位」騒ぎの時、安倍批判はそのままアキヒト(護憲・平和天皇)賛美の大キャンペーンであり、ひたすら象徴天皇制という無責任な差別制度をこぞって賛美するという方向へなだれこんだ事態と同じです。
--ナルホド。この記事も「8・15」の天皇の「お言葉」には「反省」の言葉はあるけど、首相のそれにはナシ、が、強調されてますね。
天野 天皇の方も、侵略戦争や植民地支配のまちがいない事実にふれた「反省」などでは全くなく、そういう事実にフタをするための「反省」という言葉であるのはミエミエなのに。責任感のある反省なら、まず、最高責任制度にいる自分たちの責任を自問することから始めなくてはならないでしょうに。
象徴天皇制という、無責任な差別制度を賛美するダシとしての「高市批判」なんです。
--ハイ、ハイ、ストップ(笑)。安倍政権下の「生前退位」キャンペーンと同じ図式が、マスコミを広く支配しだしていることに、お怒りなんですね。
天野 モチロン。ただ、あなたが考えているのとは反対に、私はいたって冷静です(笑)。
安倍政権は、結果的には、アキヒト天皇一族の希望をかなえたわけでしょう。
--エッ、どういう意味。
天野 アノネ。「生前退位」というのは、「女性(系)天皇」同様、戦前の皇室典範でも、戦後のそれでも、認められていないのですよ。だから、右派の人たちは、それは「国体破壊」だと主張して、まず、強力に反対キャンペーンをはったでしょう。
右翼政権であった安倍政権は、一代限りの「特例法」をプラスする形で、「典範」は改めずという形であれ、アキヒト一家の希望を実現してあげたわけでしょう。
--エエ、結果的には、そうなったわけね。
天野 安倍は妥協的だったけど、高市はそうではない。
--だけど、前回ふれたけど、「養子」は認めたわけでしょう。
天野 ハイ。「明治」の時からの原則は、そちらは変えた。そうしなければ女性(系)天皇制になってしまうことは阻止できないと判断したからでしょう。
トンデモナイ、ご都合主義の屁理屈の体系なんですよ。「国体」論ってやつは。
でも、「男系主義」原則はそこまでしてガードしなければならないという思い込みが、右派の人々や、首相の頭を支配していることだけは、まちがいない。
--そうですね。それが、今日の結果をもたらしているわけですから。
天野 最後に、この状況をまとめた篠田博之さんの『東京新聞』(8月2日)の、「週刊誌を読む」の文章を紹介しておきますね。
「週刊誌では引き続き、皇室典範改正を批判する特集記事が多い。「女性自身」8月11日号は『高市首相“非常採決”で皇室典範改正!それでも開く「愛子天皇への道」』、「週刊女性」8月11日号は『高まる「愛子天皇」熱望の声と皇室典範“再改正”の可能性』、「女性セブン」8月13日号は『愛子さま皇室典範“改悪”にも揺らがない 激動の夏公務』という具合だ。読みごたえがあったのは「サンデー毎日」8月9日号の『続・天皇制論議 皇室典範改正を白紙化せよ』だ。4人の見解が紹介されている。『本当に養子案というものでいいのか。小泉政権の時には否定された案だ。本当に日々寝られないほど悩んだ』/天皇関連著作が多い猪瀬直樹参議院議員はこう語る。『天皇制は伝統の衣を纏いながら、常にアップデート、普請されてきた』『今回の典範改正議論は男系男子がどうのこうのと全くズレている』/それらの見解を受けて、倉重篤郎・毎日新聞編集委員がこう書いている。『そもそもは、男系男子に固執すれば、制度そのものが維持できなくなる天皇制をどうするか、という国民的課題であった』。特集の副題は『「男系養子」は天皇制廃絶を招来する』だ」。
--首相たちの、「男系主義」固執は、かえって天皇制を不安定に追い込むだけだと「心配」しているわけですね。
天野 〈みんなして天皇制を安定的に維持しようという土俵で論議なんて、ゴメンだ!〉そういう気分と立場の声が、まったくマス・メディアから消滅してしまっていることの方が大問題だと思いませんか。
--ハイ、ハイ、お怒りは、わかります(笑)。
天野 ハイ、は一回(笑)、今回はここまで。
*初出:『市民の意見』市民の意見30の会・東京発行、no.217, 2026.10.01
