国旗損壊罪法の闘いは続く ともに!

根津公子

まともな審議もせずに国会は数の力で国旗損壊罪法を2026年7月17日に成立させてしまった。成立してしまったからおしまい、ではなく、私たち国旗等損壊罪反対連絡会は同法廃止まで闘いを続ける。

■「日の丸・君が代」の強制で教員は萎縮

東京都教育委員会(以下、都教委)は2003年10月23日、「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」の通達を校長に向けて出した。「国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること」と。

職務命令を拒否した教職員は通達1年目の04年卒業式及び入学式、周年行事で243名。東京の教職員6万人のうちの0.04%。09年には拒否者は1桁になり、この数年は拒否者ゼロ。不起立を続ける特別支援学校教員の田中さんに対して校長=都教委は、式に出さない措置をとっている。

通達は起立・伴奏を拒否した教職員を処分するというもので、それさえしなければ、処分はされない。ところが、教職員の萎縮はすごいものだった。

まずは私の事例から。私が「君が代」不起立停職3月処分を受け、06年度に町田市鶴川二中に転勤した際に、地域では自民党市議が中心となって「根津を都教委に返す」運動が行われた。生徒たちは「学校はルールを教えるところ。ルールを守らない教員は教員辞めろ」という言葉で、これに巻き込まれた。05年4月に朝日・東京両新聞が「教員に対する『君が代』不起立・不伴奏処分」に賛成か否かを聞いた世論調査では6割が「反対」。それなのに教員たちは萎縮したのだった。

同僚たちは職員室内では、私を心配する言葉をかけてくれるなどよい関係にあったが、職員室を出て生徒たちがいる場では根津とは関係ないという行動をした。通勤のバスを降りた時点でもそれは同じ。3月には大きな荷物を持って階段を降り始めた私は、3年生男子生徒に後ろから突き飛ばされ、転げた。そこを2人の教員が通ったが、一人は目に入らなかったかのように無言で通り過ぎ、もう一人は「どうしましたか」とは言ったものの、返事も聞かずに過ぎ去った。読者は、そんなことあり得ない、と思われるだろう。でも、事実なのだ。大げさに言っているのでもない。根津と関われば、「第二の根津」と生徒たちから見られる。2人はその心配からこうしたのであった。人はここまで萎縮するのだ、と私は恐怖を感じた。

地域の大人たちの刷り込みを正しいことと受け取った06年度の中学生は、自身の小学校の卒業式が通達下での卒業式。したがって、教員たちから「日の丸・君が代」に対する話を聞いては来ず、「日の丸・君が代」に対する自身の考えを形成することができなかった。03年度、04〜05年に私が在職した2校の生徒たちの多くが、「日の丸・君が代」に批判的な考えを持っていたこととは雲泥の差、同時代とは思えない現象だった。戦争に反対する言辞を少しでもしたら「非国民」のレッテルを貼り、特高が検挙した戦中、そうした空気が「戦後」の、「戦争放棄」を謳う憲法を持つこの国の鶴川で再び起きたのだった。

ほかの学校ではどうだったか。教員たちはそれまでは生徒たちに話してきた、「日の丸・君が代」に対する自身の見解やその時々のニュースになっている政治問題について話すことを止めた。話すことでの処分はないことを知っているにもかかわらず。

教員の萎縮によって、学校は子どもたちの学びの場ではなくなってしまい、また、都教委の下請け機関になってしまった。教員の萎縮は、教員の精神疾患、及び子どもたちの不登校の急増と無関係ではないと、今にして思う。

■国旗等損壊罪反対連絡会の発足とこれまでの闘い

自民党と日本維新の会が昨年10月20日に出した連立政権合意書は、「26年通常国会において、『日本国国章損壊罪』を制定」と明記した。同時期に参政党も国旗損壊罪法の創設を参議院に提出した。高市首相は自身が2012年に同様の刑法改正案を議員立法で提出していた。同法が気になる人たちで、12月15日に国会前で抗議行動を行った。都教委包囲・首都圏ネットの呼びかけによる。参加者は24人。私は冒頭に述べた体験から、国旗損壊罪を成立させてしまったら、今度は社会全体が委縮してしまうと危機感を持っての参加だった。

そして今年3月20日、「国旗等損壊罪」反対連絡会が発足。連絡会は、学習会や集会でのアピール、署名活動とともに、国会前等での行動を続けた。8月6日には、闘いの総括と今後の運動に向けての討論集会を行った。

私はこの討論の中で闘いの提案をした。一つは会としての闘いについて、もう一つは私の個人的な闘い方について。会の闘いでは、同法が成立した7月17日にちなんで毎月17日行動をしようと、そしてその17日行動の中で、私は国旗損壊罪に近いが「違法性が阻却される可能性がある」行為をし、社会に問題提起をしていきたい。パクられないよう注意はするが、「(人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような)方法に該当するかどうかの判断は…総合的に勘案して行う」と同法は明記しているので、例えば回数を重ねたら罪に問われるかもしれない。でも、年金生活者である私はパクられたとしても支障はない。この行為をご一緒にやろうと考えている方がいたらうれしい、と発言した。

同法案は内閣委員会審議でも国会答弁でも、提出議員の回答・答弁が、昨日のそれと異なることがよくあった。そんな処罰基準が不明確な刑法だから、衆議院から参議院に法案を送る際に「衆議院内閣委員会理事懇談会提出資料」なるものを作った。そこには「法律案で定める構成要件に基本的に該当すると考えられる事例」「…該当しないと考えられない事例」等が列挙される。その事例の一つが、お子様ランチの旗を処分しても違法とはならないという、陳腐な事例。皆さん、ご存じと思う。

「違法性が阻却される可能性がある場合」の事例には「政治的デモにおいて、国旗を損壊等する以外の手段では主義主張を伝えることができない状況で行われた行為である場合」とある。私の思いはまさにこれ。同法施行は8月13日。その前の10日夜、連絡会は首相官邸前で「「国旗損壊罪」を笑い飛ばせ!委縮なんかしないぞ官邸前アクション」を行った。その中で私は新品の「日の丸」の旗を「公然と」公道(歩道)に広げ、警察官が大勢見ている中、『忘れてはならない 「日の丸」はアジア侵略の旗』と書き、「日の丸」にテープで「✖」つけて掲げた。この行為を17日行動で私は行っていこうと思ってきた。

この考えは国会前に連日通うなかで自然に沸き上がったこと。国会前に行っていなかったら、こうは思わなかったと思う。

■第1回17日行動

8月17日19時30分から第1回17日行動を、連絡会は首相官邸前で行なった。参加者は64名。法が成立してしまった今、集まってくれるだろうかという不安はあったが、19時に官邸前に着くとすでに5〜6人の人が来られていた。場所確保のために来られたのだと。感激。19時30分、連絡会からの発言に続いて発言を求めると大勢の挙手。終了予定の20時30分まで、それぞれが闘いに対する熱い思いを語った。歌やコールもあり、皆さん元気そのものだった。

私はこの日、「日の丸」旗に太い黒色のテープで「✖」を書き、上の白い部分に「『日の丸』はアジア侵略」と大きく書いて持参した。首相官邸前で公然と「の旗」と書くつもりで。でも、今回はそれを止めた。8月15日に行われた反靖国デモで「✖」や文字を書いた「日の丸」を掲げた人たちがいたと知り、その人たちに連帯しようと思った。「衆議院内閣委員会理事懇談会提出資料」は、「すでに損壊された国旗を公然と陳列する場合」は「公然性が行為の時に存在しないと考えられる事例」だから「損壊」に該当しないと書く。すなわち罪にならない。それが15日のデモで証明されたのだ。それを積み重ねていくことが重要と思った。一方で、「公然と損壊」する(に近い)行為をいつかせねばならないかも、とも思っている。

17日行動で萎縮しない私たちの意思をしっかり伝えて行きたい。

◾️今後の闘い

朝日新聞7月の世論調査では「国旗損壊罪に賛成65、反対24」「表現・思想良心の自由の侵害の恐れがある28、そうは思わない59」。国旗なんて持ってもいないし私には関係ないと思う人も多いのだろうが、「愛国心」を声高に言い、外国人ヘイトを行なう人が増えている。同法成立に向けて、北海道議会をはじめ2桁の自治体が、国旗損壊罪を速やかに成立させよとの意見書を政府に出した。今後は国旗尊重条例等がつくられていくのではないかと危惧する。「19日行動」にも右翼の妨害があった。私たちも右翼の動きを注視していかねばと思う。

声を挙げ続けねばと一層強く思う。皆さん、反対行動をしていきましょう。

◾️次回の17日行動

とき:9月17日(木)19時30分から1時間
ところ:首相官邸前歩道(ほかの団体が使っている場合は衆議院議員第2会館前)
ご参加ください。

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