反靖国〜その過去・現在・未来〜(47)

土方美雄

最後のヤスクニ・レポート その7

靖国問題は、少なくとも国内的には、一部に「違憲」判断はあるものの、公式参拝は「合憲」という下地は、すでに出来上がっている。あまりにも悲観的な見方と、読者は思われるかもしれないが、首相・閣僚等の靖国参拝に賛成する声も、中国や韓国等、近隣諸国が反発すればするほど、逆に若者を中心に、今後益々、大きなものになっていくだろう。そうした状況下で、今、安倍政権は「戦争の出来る国」への決定的な第一歩を、踏み出そうとしている。「新たな戦死者」を想定しつつ、自衛隊と靖国神社の結びつきもまた、より一層、強まっていくことになるだろう。

そうした流れに棹さすものになっているなどとは、もちろん、思わないが、私は東京での安倍首相靖国参拝違憲訴訟に、多少、ためらった後、再び、原告・事務局として参加し、おそらくは最高裁までの長い闘いの隊伍に、へばりつくことにした。年齢的にいって、体調面でも、多分、これが最後の闘いになる。憲法も民主主義も、文字通り、ありとあらゆるものを、あたかもブルドーザーのように、問答無用とばかり、ぶち壊し、踏みつぶして、突き進む安倍政権の進撃を、この闘いで、たとえ少しでも、食い止めたい、心から、そう願っている。

それより何より、どんなに非力であっても、ここで負けてしまうことは、人として、絶対に、出来ないのだ。

この「戦争の出来る国・ニッポンと死せる自衛隊員の合祀、その時、果たして、天皇は靖国神社に参拝するのか」という原稿を書いたのは、2015年8月のことである。それから、すでに10年の歳月が経過してしまった。その原稿が掲載されたのは、『リプレーザ』第2期第8号(通巻第16号)。第二期『リプレーザ』の最終号である。その号の「編集後記」に、私は次のように、書いた。

「二度目の開腹手術で、服を脱ぐと、我ながら、つくづく、フランケンシュタインの怪物のようになってしまったなぁ・・と。加えて、まぁ、もう年なのかも?ですが、恢復が極めて、遅い&ちょっとしたことで、すぐに疲れてしまう。これまでフツーに出来たことが、今は、出来ない。そんな自分に、日々、イライラ。

(中略)こんな状態で、どこまで走り続けられるのか?と、正直、思わないでもありませんが、安倍政権はついに、『戦争をする国』へと決定的に踏み出し、文字通り、今、闘わずして、一体、いつ闘うのか、という情勢です。」

棺桶に、半ば、片足を突っ込みながら、その後も、4度の手術をくり返し、何とか、生き延びて、75歳になった。『リプレーザ』は第3期6号を出して、解散した。第2期の最終号を出した時点では、果たして、第3期があるかどうか、わからなかったため、思い切って、このヤスクニ・レポートを書いたのだ。結果的には、第3期はあり、そればかりか、私は分不相応に、その編集長にも、なってしまった。

この「反靖国~その過去・現在・未来~」の連載のお話が、桜井さんよりあった時、お引き受けはしたものの、新たな原稿は、極力、書かずに、主に、過去の私が書いた原稿や、敬愛する戸村政博さんの文章、その他、新聞記事等の引用で、連載をまとめようと思ったのは、その時点で、私は、反靖国の活動を、ほぼ、まったく、していないに等しい状況だった、からである。そんな私でも、そういう形だったら、書けるのでは……と、そう思ったのだ。

ということで、この私が最後に書いたヤスクニ・レポートの掲載をもって、この連載に区切りをつけることにする。今後は、反靖国の活動を実際に担っている、いわば現役世代の方に、出来ることなら、連載を引き継いでいただければ……と、そう考えている。

安倍の後継者を自認する高市は、しかし、首相就任後、まだ、靖国神社への参拝は実施していない。今年の8・15にも、参拝はせずに、武道館の駐車場から、「遙拝」したそうである。こんなふざけきった極右ナショナリストを、しかし、私たちは、政権から引きずり降ろすことすら、出来ていない。世界も、トランプやプーチン等が、我が物顔で、まさにやりたい放題。もう、メチャクチャだ。

でも、グチをいっているだけなら、誰にでも、出来る。どんなに非力でも、逃げずに、闘う自分で、最後まで、いたい。

私が靖国問題に関わるようになったのは、高橋寿臣という、かけがえのない友人の存在が、あったからである。靖国問題研究会をつくったのは、彼の力があったからだし、私の初めての本『靖国神社 国家神道は甦るか!』(社会評論社)を世に出すために、奔走して下さったのも、彼である。先に逝ってしまった彼のためにも、私は何とか、ビビリながらも、もう少し、頑張りたい。

それが、この連載を書いた、理由である。とりあえず、デモにでも、もう一度、参加するところから、始めよう。(了)

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