天野恵一
--週刊誌を中心に、愛子(女性)天皇キャンペーンのマスコミのボルテージはさらに上がってきていますが、今回、こちらの方からいきますか?
天野 ウーン、それより高市首相のトランプアメリカ大統領の関係をめぐる問題で、一番気になった。それからいきたいね。また東京新聞の「本音のコラム」に助けてもらってスタートしますネ。4月6日(2026年)の大矢英代さんの文章ネ。
「米国は、果して過去の『戦争の過ち』から何を学んできたのだろうか。トランプ大統領が『イランを石器時代に戻す』と発言した件だ。/この『石器時代』という表現は、一夜で約10万人の命を奪った東京大空襲を指揮し、ベトナム戦争では北爆強化を主張したカーティス・ルメイ将軍の言葉として知られる。回顧録に『(北ベトナムが侵攻をやめなければ)米国の攻撃で石器時代に戻す』という一節があるためだ。」
このカーティス・ルメイは東京だけではなく、日本への無差別攻撃全体を指揮し、日本を焼け野原にし、広島・長崎の原爆攻撃とも、もちろん無関係ではない、あの「鬼畜ルメイ」です。
--天野さん、何か読んでいましたね。
天野 ハイ、上岡伸雄さんの書いた『東京大空襲を指揮した男カーティス・ルメイ』(2025年・ハヤカワ新書)ですね。僕がこだわっているのは、戦中のマスコミが「鬼畜ルメイ!」と激しく非難した、この男が、現役引退の直前の1964年12月に、天皇から「勲1等旭日大勲章」を授与されたという事実の方ね。
--エーッ。いくらなんでも、どういう名目で?
天野 「自衛隊づくりへの数々の貢献」てのがその理由だった。国会での社会党議員の抗議質問への回答がそうだったと、この本では語られてますね。抗議の声は、広島などで上がったが本当に少なかったと、この本でもよく整理されてますね。
--ナルホド。お怒りはごもっともです。
天野 もう一冊、この件で本を紹介しておくね。栗原俊雄さんという『毎日新聞』の記者さんの、『勲章 知られざる素顔』(岩波新書・2011年)が、このルメイの「勲一等」について、ここでは、まず東京大空襲についてこう書かれています。
「たった一晩で十万人もの人間が死んだのは、日本史上未曾有のことではないか。/軍や東京都の想定をはるかに超えた死者で、一人ひとりを火葬し埋葬することは不可能だった。そこで公園や神社、寺など一五〇か所が仮埋葬地となり、およそ九万人が葬られた。たとえば今日、花見の名所である上野公園には約八三〇〇体が埋葬された。/東京都は一九四八年~五一年、各地の遺体を掘り起こして火葬したが、すべて掘り起こせたかどうかはわからない。今でも、街中の公園で眠っているかもしれない。彼らは沈黙を守るのみである。/だがルメイには戦後、無慈悲な無差別攻撃を正当化する機会があった『焼夷弾空襲での民間人の死傷者を思うと、私は幸せな気分にはなれなかったが、とりわけ心配していたわけでもなかった。(大量殺傷が)私の決心をなんら鈍らせなかったのは、フィリピンなどで捕虜になったアメリカ人――民間人と軍人の両方――を、日本人がどんなふうに扱ったのか知っていたからだ」。
これに著者は、こう続けている。
「残虐行動の責任は、それ自体追及されねばならない。しかしある残虐行為が、別の残虐行為の正当化を保証するだろうか。ルメイの言うように、日本軍によるアメリカ人捕虜への残虐行為が、別の残虐行為︱非戦闘員をまき込んだ無差別大量爆撃――という報復を正当化するならば、原爆投下への報復として原爆投下も正当化されてしまう。/ルメイはアメリカの軍人であり、戦争下でアメリカの国益のために尽くすのは当然である。/しかし非戦闘員と街を焼き尽くす戦術について、自身は『もしわれわれが負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう』と振り返っている」。
ついでに、ここには、このようにも書かれています。
「賞勲局では、ルメイの叙勲問題は『ゾンビ』と呼ばれている。批判がいつまでもなくならないからだ。日本の勲章制度が続く限り、負の歴史として語り継がれていくだろう」。
佐藤栄作政権下の天皇の叙勲は、アメリカじかけの象徴天皇制のハレンチさを、文字通り〈象徴〉し続けているというしかないね。「日本人」は被害を「受忍」すべしという民間人には「補償ナシ」の戦後国家の姿勢とルメイへの天皇の勲章授与は、表裏の関係といえると思う。
--ハイ、ハイ、また止まらなくなってきていますから(笑)。その程度で。
天野 もうチョットだけ(笑)。こちらの戦後国家の姿勢への批判的検証については、もう一冊、毎日新聞記者の栗原俊雄さんが書いた『東京大空襲の戦後史』(岩波新書、2022年)を紹介します。ぜひ、お読みください。
--もう、いいですか?(笑)
天野 ハイ、しめます。私は若い時、小田実さんの講演なんて聞く動きの中で運動してきた人間ではないのですが、ズッーと後になって、この会の活動を媒介にめずらしく彼の講演を聴く機会があった。具体的内容は忘れてしまいましたが、「カーティス・ルメイ、この名前は、みなさんも忘れないほうがいい」との発言がその時あったことだけは、よく覚えています。
--小田さんの少年時代の「難死」(焼け焦げの死体だらけの)の体験、大阪空襲も当然、ルメイが責任者。
天野 そうです。ですから、イラン・ベトナム・日本をつなぐ「トランプ」発言も、忘れてはいけません。
--よく、わかりました。何か、反天皇制運動の実行委の活動をめぐって、話したいことがあると聞きましたけど……。
天野 体力的に無理で、キチンと参加できない状況が続いていまして、積極的に発言できるわけではないんですが、今年も4・29反「昭和の日」デモが取り組まれたわけですけど、行動できない代わりに、長く続いているこの「実行委」のニュースレターを少し整理し、読みなおす作業を試みました。すっかり忘れていたある発見をしたので、その事を、ここでレポートしておきたいと思ったのです。
2007年の4・29集会の発言者の一人は、2022年(12月)に亡くなっている、私と同世代の1949年生まれの新聞記者だった山口正紀さん。1973年に読売新聞の記者になり、私たちとは「人権と報道・連絡会」のメンバーとして、共に闘った人です。
ニュースに紹介されている彼の発言を引きます。タイトルは「9条を1条に――憲法・天皇制とメディア」です。
--ヘェー、山口さんも「9条を1条に」と公言していたんですね。
天野 ウン、私もすっかり忘れていたんですが。このニュースでは、池田浩士さんの主張として、何号か前に紹介したと思いますが。山口さんも公言していたのです。こう言ってます。
「今の憲法の一条から八条を除くと、これは世界でもっとも進んだ憲法ではないかと思うんです。前文の考え方と九条の考え方、それ以降の考え方が全部つながる。ところが、一条から八条というのは、それに対する異物としか映らない。/一条から八条が示している天皇制の基本原理。これは侵略戦争の思想的な基盤。それから一君万民、あるいは血統主義、そういう差別思想の根源です。それからすべての人権を抑圧、制限できる天皇大権というもの、これらが天皇制の基本的な考え方だと僕は思うんですね。/こういう天皇制が一条から八条まで憲法の中に埋め込まれたことによって失われた最大のものは、侵略戦争、戦争責任を問う、日本人全体の姿勢だったのではないかというふうに思います。日本の社会の中で、なぜ侵略戦争をしたのかという検証の動きは、天皇制を温存したことによってストップさせられてしまう、そういう機能を持ったというふうに思います」。
こうした主張とともに、あらためて注目さるべきは、ここで具体的に語られている、彼の「敬語」に対する姿勢です。
「一九七七年、新聞記者になって五年目に、赴任先の栃木県に当時の皇太子一家、今の明仁一家が来るということで、それを僕に取材しろと支局長が言いました。いきなりぼくはそう言われて『栃木県民にとっていったいこれが何のニュースなんですか』と反論し、とっさに拒否したわけです。/二年前の、一九七五年に裕仁が初めて日本人記者団と記者会見した。そこで、二つのことを言いました。一つは原爆について『広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ない』というふうに言った。もうひとつは、戦争責任について『そういう言葉のアヤについては、よく分かりません』、『私はそういう文学方面をあまり研究していない』という風に言った。/この二つを読んだ時、僕は本当に怒りに震えてしまったんです。そういう怒りがあったものですから、記事にしろという支局長の命令に応じられないのはもちろんのこと、会社に出した理由書の中で、僕は天皇に対して敬語は使えないということを理由として書いたわけです。/以後僕は天皇報道に関しては一切拒否する、あるいは敬語を一切使わないということをやっていたんですが、八八年から八九年にかけていわゆる『崩御』という大量報道が行われました。この時にもまた、自分の会社の中でいろんな軋轢がありました。/その経験の中で、メディア自身の戦争責任と天皇の戦争責任を一緒に水に流してしまった。いわば共犯関係なのではないかと思うようになりました」。
--スゴイ人ですね。確か、アキヒト天皇の「生前退位」による「代替り」のマスコミ大騒ぎの時、天野さんたちがピープルズ・プラン研究所でやった講座にも来て話していましたね。
天野 「平成代替りの政治を問う」という連続講座ですね、この時は第2回目「マスコミじかけの象徴天皇制︱『生前退位』報道を総括する」で、私と二人で問題提起。これもパンフレットで読みなおしました。2017年の11月18日の講座で、この時は各社の新聞報道の細かいところまで見渡した充実した資料集を作ってくれました。確か、この前に、彼の関係していた「メディア・プレス」の集会で、同じテーマで私が話をする機会があって、その時の司会者が彼だったと思う。二人が奥平康弘さんの学説の高い評価という点で、意見が一致したことを、よく覚えています。
--ほっておくと、ドドッーと思い出話に流れそうなので、ここでストップ(笑)。
天野 彼が新聞社の中で、拒否した︿敬語﹀の問題は、大問題だと思う。こんなことできる記者、もう企業の中にはいなくなっちゃってるのかもしれないけど。これについても一冊、本を紹介します。出版社の編集者で、「マスコミ市民」の編集室にいた、中奥宏さんという人が書いた『皇室報道と「敬語」』という本が、1994年に三一書房の新書にあります。
「最高度の敬語」を天皇・皇族には使うべしという社内ルールがマスコミ各社に貫徹している実態が、よくレポートされている」。
「マスコミが、なぜ、これほどまでに皇室を大報道するのかということの理由は、もちろん単純に金儲けだけではない。『明治』時代から、皇室・天皇家は唯一絶対のものと教育されてきた人たちが報道の原型を作り上げ、それにのっとった報道が今日まで続けられているからである」。
明治の「現人神」天皇の時代から「最高度の敬語」の使用は習慣とされ、戦後今日まで、社会内で廃止の努力は積み上げられたが、結局、この「神がかり敬語」の体質は、日本のマスコミのルールとして定着し続けてきている様(歴史)が、これでよく読めます。
そこには「共同通信労組鹿児島班(支局)が90年7月23日に発表した『皇室敬語の廃止を訴えるアッピール』なるものが紹介されている。
「秋篠宮が第二十四回全日本高校馬術競技大会を視察するために鹿児島県を訪れる直前の取材陣が、記事に敬語を使わないことを宣言した。アッピールは〈敬語〉を用いたニュースを流すのは、受け手に敬語付きの記事を読み、耳にすることを強制することになり、尊敬しない人の思想、信条を侵害することになる。皇室にだけ敬語を使い、敬うべきと特別扱いすることは、『主権在民』『法の下の平等』をうたう憲法の原則に反する。︿私たちは、皇室には敬意を抱いていない。それなのに、敬語を使い、そして敬うべき対象であるかのように、そう思わない国民に読ませることは、自分の心情と国民に対する二重の裏切りだ﹀と主張、鹿児島支局の記者たちは“記者としての良心”に訴えたが、結局記事は敬語入りで書かざるを得なかった。しかし、当時、これは特筆すべき大きな出来事であった」。
この本には、忘れてはいけないマスコミ内部の記者の、山口正紀さんのような人たちの、闘いと挫折の記録がつめこまれています。
今回のためにあれこれ読み直して、マスコミからはシャットアウトされつづけることで、反天皇制運動、広い意味でのそれの歴史体験を、見えなくされてき続けているそれを、キチンと発掘し、思想的に整理しなおす必要を痛感しましたね。
--山口さんへの追悼の思いもあって、いつになく熱い「お言葉」ですが。無理しすぎないでくださいネ。
天野 ダイジョウブ。無理なんて、残念ながら体調の方が許してくれませんから。
--次回は、いよいよ高市政権下で具体化しだした、「安定的皇位継承」のための「皇室典範」改正問題を、改めて整理してもらいたいと思います。
天野 ウーン、なにも新鮮な問題がナイのだけどね。
--まあ、そう言わずに。作業がスタートしているようですから、お願いします。
*初出:『市民の意見』市民の意見30の会・東京発行、no.215, 2026.06.01
