中嶋啓明
2月19日、元英王子のアンドルーが逮捕された。
アンドルーは、少女への性的虐待疑惑が暴露され、アメリカの大富豪だった故ジェフリー・エプスタインとの交流を追及されて、ロンドン近郊のウィンザー城にある邸宅からの退去を強いられた挙句、「王子」の称号や「ヨーク公爵」の「爵位」をはく奪されていた。それでも驚いた。
容疑は、性的虐待ではなく、機密情報の漏洩にかかわるものだと報じられている。
アンドルーは11時間の拘束後、身柄が釈放されたが、英本国はもちろん、ヨーロッパ中が大騒ぎしたようだった。さぞや日本でも相当な報道ぶりになるのだろうと、翌日、興味津々で新聞各紙を開いて拍子抜けした。
「アンドルー元英王子 逮捕/エプスタイン問題渦中/不正行為容疑」(『朝日新聞』2月20日朝刊)、「アンドルー元王子逮捕/英警察/『公務上の不正行為』疑い」(『毎日新聞』同)、「アンドリュー元王子逮捕/英当局/『公務中の不法行為』容疑」(『読売新聞』同)等……。
『朝日』こそ、一面肩に本記を配し、国際面にも「元英王子 複数の疑惑/エプスタイン氏と長らく交流」とのサイド記事を載せているが、『毎日』や『読売』はいずれも本記1本だけ。しかも『毎日』は国際面、『読売』は第二社会面にそれぞれ3段見出しで40行前後の記事でしかない。
アンドルーには称号はく奪後も王位継承権は残されており、継承順位8位に位置付けられているが、逮捕後、継承権のはく奪も具体的に検討され始めたという。
1月末に米司法省が、エプスタインに関する捜査記録を公開して以降、欧米の政財界、“社交界”の面々は、いつ自分に火の粉が降りかかってくるかと、戦々恐々のようだ。
翻って日本では、未だ他人事のようだ。主流メディアは時折、思いついたように報じるだけ。
「『エプスタイン文書』欧州にも波紋/英前駐米大使が関係 首相への辞任圧力高まる」(『朝日新聞』2月12日付朝刊)などと(英前駐米大使ピーター・マンデルソンは23日、同じく機密情報漏洩の疑いで逮捕された)。
公開文書には、日本関連の人物や企業の名前も出ている。千葉工業大学学長の伊藤穣一がその一人だ。
『週刊文春』2月19日号には「東芝、森ビルも捜査資料に/性虐待エプスタインの人脈」との記事が載った。
それによると、マサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボの所長だった伊藤は、エプスタインから多額の金銭的支援を受けるなど、深い交友関係にあったようだ。米司法省の公開資料には、伊藤とエプスタインとの間の頻繁なメールのやり取りが含まれており、その中には首相時代の安倍晋三との関係をアピールするものもあるらしい。伊藤は、エプスタインとの交流が明るみに出た後、メディアラボ所長を辞任し、MITを離れたが、2021年からデジタル庁の有識者委員を務め、櫻井よしこの仲介で、23年には千葉工大の学長に就いたという。
嵐が過ぎ去るのを待つように、大学側が身を低くしてスルーを決め込む中、伊藤はその後、世界最大級のハッカー大会「DEFCON(デフコン)」への参加を禁じられた。
そんな中、『女性自身』2月24日号には「『醜聞暴露エプスタイン文書に夫の名前が…!』Dr.秋篠宮文仁/紀子さま愕然/英王室では“王子の称号”はく奪事件も——」とのタイトルが踊った。
「皇室に伸びていた“魔手”に迫る」とおどろおどろしくリードに謳った記事は、「ニワトリをテーマにした研究や学術的なドキュメンタリーを制作する企画書」が公開文書の中から見つかり、そこに秋篠宮の名前が記載されていたと指摘。企画への出資を求めてエプスタインに提出されたものだが、企画書では「家禽研究者の第一人者」として秋篠宮が「インタビュー対象者」に挙げられているという。
我田引水で羊頭狗肉は女性週刊誌の常とう手段だが、この記事も例に漏れない。タイトルやリードの仰々しさの割に中身は薄く、エプスタインとの何らかの具体的な交流が明らかになった訳ではない。ただ、底知れぬ「魔手」に戦々恐々なのは皇室も同様なようで、 “国際ジャーナリスト”に「実現性が疑わしい企画で」「秋篠宮さまにとっては、とんだ迷惑でしかない」と語らせ、「宮内庁関係者」に「皇嗣家のイメージに、影響がなければいいのですが……」と嘆かせるなど、予防線を張ることしきりだ。
エプスタイン文書は多数の写真や動画を含み、300万ページを超える膨大な量に上っているという。ありとあらゆる捜査記録を渉猟した資料だ。玉石混交は当然だろう。捜査上の位置付けは不明だが、資料の中には、明仁に言及した雑誌記事も含まれている。日本とインドとの関係に関する英文雑誌『エコノミスト』の記事で、明仁の訪印予定について触れたものだ。
先の『朝日』2月12日付は「ノルウェー皇太子妃 交流発覚」とも掲げている。エプスタインがノルウェーのメッテマリット皇太子妃とも交流があったことが明らかになったというものだ。
記事によると、メッテマリットとの交流は、エプスタインが未成年者の性的搾取で有罪判決を受けた後のことで、地元メディアによると、メッテマリットは、エプスタインが所有し、少女らが性被害を受けた現場とされるカリブ海の島に招待されるなどしていたという。記事は、メッテマリットがエプスタインとの交友関係を認め謝罪したことに触れている。
だが、記事に書かれていないことがある。
ノルウェーでは、王室に対する“国民”の信頼低下に拍車がかかり、王室廃止論がかつてないほどに勢いづいているようなのだ。ロイターやAPなど外電によると、君主制をやめ、共和制に移ろうとの議論が具体的に議論され、2月3日には、国会で君主制廃止を訴える議案が投票にかけられるまでに至ったという。投票の結果、共和制への移行は否決されたらしいが、141人の反対票に対し、26人もの議員が移行に賛成したという。
英国でもアンドルー逮捕を機に、君主制廃止論が高まっている。
なのに日本の主流メディアで、そうした状況が伝えられることは、ほとんどない。
アンドルーと徳仁は、誕生日が4日違いの同い年で、1986年のアンドルーの結婚式には皇太子時代の徳仁も参列した。メッテマリットとの直接的、個人的な関係は確認できないが、ノルウェー王室と皇室の交友関係は深い。
天皇制への忖度? 押し寄せる“魔手”の影響を、メディアも怯えているのだろうか。
*初出:「今月の天皇報道」『月刊靖国・天皇制問題情報センター通信 』 no.221,2026.3.15
