天野恵一
--ネェー、天野さん、今日(12月19日)の「テレ朝」のモーニングショー、見た?
天野 ハイ。
--高市首相発言で、中国人観光客がとんでもなく来なくなって、すでに2兆円ダウンの大騒ぎ。コメンテーターの、天野さんは好きではないらしい、玉川さんのクリーンヒット発言。高市首相の中国への軍事挑発的発言への、正面から責任を問う批判。
天野 原因と結果は明白。当たり前の批判です。
--でもネ、今のマスコミ、テレビではハッキリ言う人は、ほとんどいませんよ。
天野 確かに。軍事力を誇示するなんてのは、最低の外交。それが、観光であれ、何であれ、人々の交流をストップさせる、てのはもっとヒドイ。人々の、日常次元での具体的交流の拡大こそが、戦争の抑止力でしょう。
--ソウヨネェー。この結末は見えていたんだから。それに、あの発言、官僚が準備したものじゃなくて、彼女の右翼の地が出てしまった言葉だったんでしょう。
天野 ウン。よし、この話、少し丁寧にしていいかい。
--ドウゾー(笑)。
天野 「東京新聞」の「本音のコラム」、11月19日の斎藤美奈子がこう書いてますね。
中国の台湾侵攻が『戦艦を使って武力行使を伴うものであれば、存立危機事態になり得る』。7日の高市首相の国会答弁で、中国政府が国民に日本への渡航自粛を呼びかけるなど、日中関係が急激に悪化している。/中国の対応が過剰だとする意見もあるが、いやいや高市首相は、安倍、菅、岸田各代を含む歴代首相が『触らぬ神に祟りなし』で来た相手にいきなり爆弾を投げたのだ。そりゃここぞとばかりに反撃してくるでしょ。
結びはこうです。
「存立事態危機になり得るとは」とは「戦争状態に入る可能性がある」ってことですからね。危機状態を招いているのは誰なのよ。
--スッキリ、正論ネ。
天野 ウン、もう一つ、前川喜平の「本音のコラム」発言(11月23日)。
……高市首相発言も半可通の大言壮語の類いだ。こんな妄想は一刻も早く撤回すべきだが、論理的に考えれば、そんな事態はあり得ない。中国海軍に戦艦はないからだ。/参政党の神谷宗幣代表は代表質問で何度も『脱酸素』と言って、はしなくも脱炭素政策への無理解を露呈した。まともに考えているなら、こんな言い間違いはしない。
--「戦艦」なんてナイ時代に入っているんだってね、私もそのことは、よく知らなかった。その点は、私も高市を笑えないわ。
天野 そんな純情なこと言っていて、どうする。いろんな「大臣」をやって首相にまで登りつめた人物の発言だぜ、知らないですむか。それも、かつて侵略・植民地支配して中国の人をあれだけ殺傷してきた日本の首相の発言だぜ。言葉の重さ、歴史的意味はまったく違う。その無知は、自分はどうであれ、私たちは徹底的にあざ笑うべきです!
そのことで、もう一つ同じコラムの発言を紹介しましょう。三木義一の12月11日のものです。これは対話形式のもの。
「なになに、1968年10月22日の衆議院内閣委員会で当時の増田甲子七防衛長官が『戦艦というものは全世界にもうございません……』と言っているので、高市首相が答弁で述べた戦艦発言は誤りでないか、答弁を修正する気はないか、って辻元議員の質問趣意書ですね。へえー、戦艦はもうなかったんだ」
「そのようだな。だから高市さんが言ったのであれば、修正すればよいものを次のように答弁し/ご指摘の『戦艦という艦種の軍艦』については一義的に確立された定義があるとは承知しておらず、文脈によってその意味するところが異なり得るため、お尋ねについて一般にお答えすることは困難である。なお、「戦艦」の意味は、例えば広辞苑(第7版)によれば「戦争に用いる船。……」とされているものと承知している」。/「えっ、これが回答、全然わからねえ」/「つまり、修正したくないんだ、弁護士などに時々いる『謝ったら死んじゃう病』かもしれん。首相がこれだとこわい」。
--詭弁のたぐいね。
天野 正確な知識が全くなかっただけ。まともに答弁する気なんてないんだろう。ヒデー話だよね。
--『女性セブン』(1月1日号)「『愛子を天皇に!激増の署名運動 高市首相の一手』の方はどう? 高市「女性天皇」派に変わったわけじゃないわよね。
天野 もちろん、誤解しやすい奇妙な記事だけど、前にもふれた「雅子高市急接近で愛子を天皇に」(11月20日号)と同じ、女性(系)天皇派に高市が変わったわけではない。高市の主張は、愛子が天皇の血をひく男(今は民間にいる)と結婚すれば問題ない、そういうことが可能になる方向への「皇室典範」を変えよという、「国体」派右翼ぶりは、なんの変化はないと思う。「女性首相」だから「女性天皇」派というイメージを、なぜかふりまいているだけですね。女性週刊誌の方が、売らんかなで。
それにしても、署名が大きく集まりだしたってのは、事実なんだろうね。でもね、高市政権が女性(系)OKの「読売」路線に転換するなんていう話は、まったくないんだから。「女性セブン」の方は、高市ヨイショのつもりで書いているのだろうけど、高市の方は、ありがた迷惑かもしれないね(笑)。でもネー、ゴリゴリ右派の彼女が、意見を変えるなんてことはやはりできないんじゃない。明白に誤った発言すら、「誤り」と認めようとしない、聞く耳を持たない体質なんだから。
--ハイ。宮沢8月革命説をめぐる問題、前回予告した問題の方に移ってください。
天野 チョット待って、大切なことを言い忘れていました。高市の「戦艦」発言の一番のインチキは「自衛隊」に関する部分。「自衛隊」(日本軍)は自立した軍隊としてなんか存在してません。状況判断のためのトータルな軍事情報はアメリカしか集められないし、指令は米軍から出される。米軍の指揮下でしか戦えない軍隊。これが現実でしょう。米軍の使い捨て。この現実を無視した、勇ましい発言は、あまりにハレンチ。もし、戦争になるとすれば、最も危険なのは、沖縄はもちろん、日本の中の米軍基地があるところ、おそらくそこにまず攻撃が集中するでしょう。誰も「自衛隊」が自立した日本の軍隊だなんて考えていないんだから。
--わかりました。日本の再軍備はアメリカ占領下に、アメリカのコントロール下に進められたわけですね。では占領下、「8月革命」説の時代に帰ってください。
天野 ハイ、そうします。宮沢俊義や美濃部達吉の戦後のスタート時点での、大日本帝国憲法に関する発言は、実は以下のごときものだったんです。美濃部の方は、こんな具合。
私は、いわゆる『憲法の民主主義化』を実現するためには、形式的な憲法改正は必ずしも絶対の必要ではなく、現在の憲法の条文の下においても、議院法・貴族院令・衆議院議員選挙法・官制・地方自治制その他の法令の改正およびその運用により、これを実現することが十分可能であることを信ずるものである。
宮沢の方も、こうね。
現在のわが憲法典が元来民主的傾向と相容れぬものではないことを十分理解する必要がある。
この憲法における立憲主義の実現を妨げた障害の排除ということは、わが憲法の有する弾力性ということと関連して、憲法の全項の改正を待たずとも相当な範囲において可能だということに注意するを要する。
--なんか狐につままれたような感じ。噓でしょう! いったい、いつの発言なの。
天野 ここで引いたのは、憲法問題研究会編『憲法を生かすもの』に収められた佐藤功の「占領初期における憲法論議」、1946年に出版された岩波新書からのものです。美濃部の方は1945年10月20~22日の「朝日新聞」とあり、宮沢の方は、10月19日の「毎日新聞」とあります。少し正確にしておきましょうね。まったく同じ文章が杉原泰雄編著の『資料で読む日本国憲法〈上〉』(1994年・岩波書店)にも収められていて、そこには、1946年の憲法調査会の[憲法制定の経過に関する小委員会報告書]と記されていますから、ここでの発言が新聞にそのまま紹介されたものなんでしょうネェー。「憲法改正不要論」の代表として紹介されてますね。
--ポツダム宣言の受諾のズーッと後よねぇー。
天野 もちろん、彼らの頭の中だけの〈革命〉、実はそれにすら、彼ら自身すら〈参加〉していなかったわけよ。
--なんか、私、8月革命の神権天皇をやっつける主権原理の転換論に感心してソンしちゃった気分。
天野 まだまだ。この間、あれこれ読み直してみて、僕自身も、なんか勘違いが長かったんだナーと、あらためて思わされた文章を紹介するね。宮沢を追いかけて、早々と8月革命論を展開した、美濃部さんの方ね。長尾龍一さんという、カール・シュミットなどをよく翻訳していた憲法学者の「天皇制論理の脈絡」というタイトルの1998年の『ジュリスト』の象徴天皇制特集の特大号に収められている論文で紹介されている。例の美濃部の反対論の内容が、以下のごとく具体的に示されています。これを読むと、彼は改憲不要論というより、断固反対を公然と力説していたんだね。長いけど、紹介されている前文を引くよ。
如何なる国家にもせよ、総て国家が統一的の団体としての存在を維持する為には、国民の強固なる団結心が必要であり、而して国民の団結心を強固ならしむる為には、衆心の嚮うべき国家的中心が無ければならぬ。我が国に於いて斯かる国家的中心を為すものは言うまでもなく天皇であつて、国民の天皇に対する関係は情に於いては恰も子の父に対するが如く、大詔一たび渙発すれば、事の如何を問わず、国民挙つてこれに服し、身命を捧(ささげ)ることすらも敢えて辞せず、国家の大事がこれに依り平穏に遂行せられ得たことは、歴史上幾たびも苋の例を数へることが出来る。近く大東亜戦争終結に際し、史上未だ嘗て無い国辱を忍んで無条件降伏を敢えてし、而もそれがさしたる動乱を惹き起さず無事に履行せられたることを得たのも、偏にそれが天皇の大命のある為めであつたことは、何人も否定することを得ない所である。……/万一にも若し此の国家的中心が失はれることが有るとすれが、民心の統一は破れて混乱を重ね、名義上は民主主義に依るとしても、実際上は結局実力に依る独裁政治を似つて僅に国家の統一を保持するの己むなきに至るべきことは、仏国革命以来現代に到るまでに君主制を覆した多くの諸国の例を見ても明瞭であると信ずる(『真日本』創刊号、1946年4月)。
--まだ、あるの。ナンカ「大正リベラリズム」って、なんだったのか理解できなくなっちゃった。美濃部さんを攻撃した「神権右翼」とたいして違わない主張としか思えないんだもの。
天野 マァ、もう一文引かれているんだから、キチンと確認しておこうよ。『法律時報』の、1946年4月・5月合併号に載った「憲法改正の基本問題」というタイトルの論文です。
……私は天皇制を支持することが国民総意の存するところであり、それに依つてのみ真の意義に於いての民主主義を実現し得べきことを信ずるものであるが、如何なる形態に於いて天皇制を支持すべきかと言へば、それは単なる儀礼的の装飾としてでもなく立憲君主国たる我が日本国の君主として、言い換ふれば、国の最高統治者であり、統治権の最高の源泉に存しまする上御一人としての天皇制を支持することが国民総意の存する所であり又それが国家の統一を保つ上にも欠くべからざる必要であると信ずる。……勿論、法律が天皇の裁可に依つて初めて成立し、……
まだ引かれているけど、このへんでストップしておきましょう。これを紹介している長尾は、この長い引用の後にこう論じています。
美濃部は、天皇を父と仰ぎ、天皇の権威無くしては服従意思の生じない民衆をモデルにして議論を組み立てている。これは当時の日本人の心性にある程度適合した社会意識であったかもしれない。
--多くの庶民がそうだったのは、残念ながらそうだったというしかないけど、美濃部さん自身もその庶民意識とまったく距離が無かったわけね。タマゲタわ。
天野 ウン、だから彼も、時流の占領軍(米国)のデモクラシーに、急いで乗り移っただけだったんだと思う。すぐ、精力的に、「8月革命」論の解説書を書いて亡くなっていくわけですから。
でも宮沢俊義の、この時代の変身の早さとハデさと比較すれば、美濃部さんは、もうお歳でしたから、それほど大したことありませんよ。すでに〈過去の人〉になっていたから。
勿論、そのすごいスピードで、まったくハレンチにも米国の軍事力に抱きついたのが「象徴」にモデルチェンジした天皇ヒロヒト張本人であることは、この間、彼自身の発言や動きがいろんなところで明らかになることで、まったくよく見えるようになってきています。
--ハイ、いろいろ読みなおして、準備してきているようですが、今日は、私ガックリ疲れちゃったんで、このへんで。次回までに読んできた方がよい本を紹介してください。ずいぶんあるんでしょう……
*初出:『市民の意見』市民の意見30の会・東京発行、no.213, 2026.02.01
