天野恵一
--さあ、マスコミは高市早苗新政権で、支持率アップをクローズアップというイヤーな状況ですけど。
天野 ウン、初の日本の女性首相が「極右」というのは、なんとも「日本的」とでもいうしかないけど、「改憲原案は内閣でも提出が可能」、「非核三原則見直し」、「原子力潜水艦の保有」、「スパイ防止法制定」さらには「台湾有事」へ向けて中国挑発発言。……やっぱりスサマジイネエー。
--自民と公明党の連立は解消されても、どうなるの。ウルトラな排外主義の「参政党」騒ぎもすごいけど。あの、「国体」がどうのって改憲案を提出してるぐらいだから、ここも女性(女系)天皇反対なんでしょう。
天野 ウン、やはりそのようですよ。高市については女性週刊誌に、彼女は女性天皇を批判(否定)しているわけではない、なんていうヘンテコリンな記事もあったけど、女系天皇(天皇〈男〉の血の入った男系の子以外の天皇)は絶対認めないけど、つなぎで存在したかつての女性天皇を非難しているわけではないし、それは、尊重している、だって天皇なんだからという主旨のどうでもいいコメント。彼女が女性(女系)天皇否定の、男系の血筋尊重の国体(万世一系)派であることはまちがいありません。
--となると、「女性(女系)天皇にして皇位継承を安定させる」という動きには、安倍政権同様、強いブレーキということになるのね。
天野 それは、そうです。〈女性首相、さあ女性(女系)天皇〉なんて、わけではまったくない。
--話がそれないうちに、宮沢俊義の「八月革命」の問題という主題に向かいたいとおもいます。
「それまでの日本の政治の根本的建前は、一言でいえば、政治的権威は終局的には神に由来する、というものであった。これを神権主義と呼ぶことができよう。明治憲法は、その第一条で、『大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す』と定めていた。ところでその天皇の権威はいったいどこから来るかといえば、それは神意から来ると考えられていた。具体的にいえば、天孫降臨の神勅が、その根拠とされた。天皇の権威はそこに由来した。天皇は神の子孫として、また自身も神として、日本を統治する、とされた。/もちろん『君民一体』とも『君民同治』とも、しばしばいわれた。『義は君臣にして情は父子』ともいわれた。天皇はその統治にあたって、あくまで民意を尊重するべきものとされ、また、その統治は多数国民の輔翼によってなされるべきものとされた。しかし、それにも関わらず、天皇の統治の権威そのものは国民に由来するとはされなかった。天皇の統治の権威の根拠は、民意とは全く関係のない神意に求められた。/かような根本建前―神権主義―が、国民主権主義と原理的にまったく性格を異にするものであることは、明瞭である。/国民主権は、政治的権威の根拠としての神というものを認めない。それは、政治から神を追放したとこに、その位置を占める。そこでは『民の声は神の声』といわれるから、あるいは、そこでは国民が政治から神を追放して自らこれに代わったのだといっていいかもしれない。そこでは国民の意志が政治の最終の根拠である。/もちろん、国民主権主義が、当然に君主制を、したがって日本でいえば、天皇制を否定するとは限らない。そこで、君主制・天皇制を認めることも、理論的には、じゅうぶん可能である。その君主が相当に強力な権力を与えられることも、決して不可能ではない。しかし、その場合でも、その君主、天皇の権威は、国民に由来するとされるものであるから、国民の意志によって、君主自身の意志に反しても、君主制そのものが合法的に変革ないし廃止せしめられる理論的可能性が常に存する。/という点で、神権主義にもとづく君主制とはまったくその性格を異にすることが、注意さるべきである。国民主権主義が、在来の日本の政治の根本的建前たる神権主義と、原理的に容れないものであることは、明らかであると思う」。
こうした宮沢さんの『八月革命と国民主権主義』(岩波文庫)に収められている「日本国憲法の法理」の説明は、ポツダム宣言の受容と同時に「革命」がおきたという法理論的説明、そう解釈するしかないという主張のヤヤッこしさの点はともかく、私にはストンと胸に落ちたんだけど、この主権原理の転換、神から人(々)へ、という説明のどこが問題なんですか。そう解釈するしかないでしょう?
天野 ハイ、理論的にはスッキリしていますよね。でも、考えてみてください。神権主義(万世一系)の天皇は国民主権原理の成立とともに消滅に向かった、ないしはごく一部の神がかりの右翼の人々の観念の中にしか存在しなくなったのなら、なんで「女性(女系)天皇」に反対する政治勢力が権力の中枢に大量に存在している、なんていう今日のような状況があるんでしょう。彼らにとっては、女系天皇制は国体破壊だというのでしょう。戦後80年たっているんですよ。戦後憲法の条文の中に、「国体」は延命したのではないですか。
--エッ、どういうこと。もっと理解しやすく説明してください。
天野 憲法のトップ(一条)は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって」で始まるでしょう。国の象徴(シンボル)で国民としてまとめられる(統合)の象徴という規定ですね。戦前の「現人神」天皇だって、国を象徴し、国民を統合する象徴としてふるまっていたのは同じだったはずです。統治権者でも神聖な軍のトップであることと、そうした政治統合(国民への一体感)のシンボルであったわけでしょう。国民へまとめる政治力を示す国家のシンボルという〈政治〉は戦後へ連続してしまっていることを、このくだりに読まなければおかしい。宮沢のいう主権原理の転換の下に、そうした政治機能は連続することを、ここでは宣言しているわけです。
この事実は、大日本帝国憲法下の天皇ヒロヒトが戦後の象徴天皇として滑り込んだわけですから、かなり明白です。新しい公務員として新設された制度という解釈学が戦後積み上げられてきたわけですけれど、だったら、なぜ明治憲法下の天皇が、そのまま戦後の象徴天皇になりえたのか。
--主権原理の断絶をくぐって、そういう〈政治〉がヒロヒト天皇の存在によって作り出されてしまったということ?
天野 そう、それを前提にして第二条「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」で、以前からの世襲君主の連続性が明示されている。だから、宮沢の主権原理のみに注目する断絶説は、連続してしまっている重要な問題を考えなくさせる「学説」として、戦後の憲法学会を支配したことになるのだと思います。
--ウーン、そうかなアー。
天野 象徴天皇は、非政治(非軍事)的存在とする、憲法上の明示的タテマエが隠してしまっている問題にこそ注目すべきだと、私は考え続けてきました。1946年1月ヒロヒト天皇は、GHQ(マッカーサー)の意向に沿って、いわゆる「人間宣言」(神格の自己否定)をしている。これで神ではなくなったことになっている。でもね、事は、そんなに単純ではない。
憲法二十条には、こうありますね。
「信教の自由は、何人に対しても保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。/何人も、宗教上の行為、祝典、儀礼又は行事に参加することを強制されない。/国及びその機関は、宗教教育その他、いかなる宗教的活動もしてはならない」。
絶対神聖君主(天皇)の命令下の戦争への強い反省が込められたと説明される、立派な政教分離の原則をうたった条文です。
しかし、実は、この条文は、あらかじめ破綻しているというしかない。
--エッ、何故?
天野 だって、戦後だって、知っている人には広く知られていたけど、「現人神」天皇らの「宮中祭祀」は皇室の〈私事〉とネーミングされ、今日まで忙しく実行され続けているわけなのだから。ここでは万世一系の「国体」の連続を自明とする〈天皇教〉は、ほぼ無傷で延命し、生き残っているわけでしょう。
--宮中祭祀が残り続けていたことは、私だって知っていたわ。
天野 だったら、それって「二十条」と全く対立(敵対矛盾)する現実でしょう。象徴天皇は非宗教的(二十条)というタテマエの下、すこぶる宗教的に存在し続けてしまっているわけなのだから。
宮沢学説は、こうした現実を考えなくていいものにしてしまってきたのです。
すごく重要な問題だから、一度話してあるかもしれないけれど、ダメ押ししておくけど、宮中には、三つの神殿が戦後もそのままあり続けている。
神様の代から続く万世一系の天皇ら「皇霊」を祀った〈皇霊殿〉(明治維新でつくられた)。三種の神器のうち、天照大神のみたましろ神霊代とされる神鏡を安置してあるとされる「かしこどころ賢所」。もう一つは、国内の様々な神々が祀られている「神殿」。
この宮中三殿を一括して「賢所」と呼ぶこともあるとされています。そして、ここでは神様の一族としての宗教儀礼が天皇一族によって行なわれ続けているのです。彼や彼女らは、すこぶる〈宗教的存在〉として生き続けているわけですよ。こういう活動を財政的に支えているのも、「内廷費」とネーミングされた税金ですよ。
なんか、ひどくおかしくないですか。
--ウーン、あまりキチンと考えたことなかったけど、確かに、かなりおかしいわね。
天野 だから、「人間宣言」によってタテマエ的には天皇は〈人間〉になったけど、神様としての宗教儀式は日常的に行なっている。大日本帝国憲法下では公然と示されていたそうした事柄が、〈政教分離〉原則をかかげる戦後憲法下では、あまり見えなくする形でスンナリと持続しているんですよ。
「代替わり」の政治儀式の公的空間に露出せざるを得ない時は、日本の美しき〈伝統〉といったベールをかぶせ、「現人神」の宗教儀礼であることを後景に退けて、マスコミは報道するでしょう。
--八月革命という実体のない、法理論上だけの「革命」では、結局占領軍が手をつけなかったところは、ほとんど変わらずに戦後になだれこんでしまったわけですね。
天野 ウン、だから宮沢さんは〈ここで、日本の政治は神から解放された。あるいは、神が―というより神々が―日本の政治から追放されたといってもよかろう、日本の政治は、いわば神の政治から人の政治へ、民の政治へ、と変わったのである〉と、高らかにここで宣言しているけど、それは日本の国家(政治)の実態に即した解釈にはまったくなっていないと思う。
それは戦後の憲法解釈全体を大きく誤らせていく、まったくおかしな宣言だったというしかない。
--あの、ついでに聞いておきたいんだけど、宮沢さんて、象徴天皇制は君主制ではなくて共和制だという解釈をくりひろげた人物だと、以前天野さんから聞いた覚えがあるけど。
天野 エエ、そうですよ。宮沢さんの著作『日本国憲法』(コンメンタール編 1955年9月、日本評論社)で、そう主張してますね。8月の革命の論理の筋から、そうした主張は必然的だと思いますね。
--いくらなんでも、それって言いすぎじゃない?
天野 モチロン。「象徴天皇制」は有って無きものと解釈すべしというこの主張は、圧倒的な影響力を持つ宮沢学説(憲法解釈学)であっても、さすがに通説として定着することはなかった。だから〈象徴天皇制〉はどういう「君主制」なのかをめぐっては、いろいろな憲法解釈上の論議が積み重ねられてきています。だけど、私がここで言ったような論点にまでストレートに踏み込んだ論議は本当に少ない。
八月革命説の影響は、それだけ大きかったのですね。
今回は、まったく触れられなかったけど、占領下のドタバタ--占領軍(マッカーサー)の顔色をうかがいながら、まったく信念もなく、卑しく、悲しく立ちふるまった状況。まあ、それは、憲法学者だけじゃないけどね、だれでもメシ喰わないと死んじゃうから。人間て、どうしようもない者だからね。--そうした状況を、文字通り象徴する学者が宮沢さんらしいから、次回はそちらの方から、宮沢学説をながめてみる作業に取り組みたいと思っています。
--以前に、マッカーサーあての手紙の問題でちょっと触れたけど、日本人全体の問題でしょう、それって。だから憲法解釈の問題を超えて、論じてください。
ハイ、次回の予告も出たところで、今日はここまで。
*初出:『市民の意見』市民の意見30の会・東京発行、no.212, 2025.12.01
