土方美雄
中曽根首相による「靖国公式参拝」への道 その12
以下、再び、戸村さんの文章からの引用となります。
「宗教色を薄める」方式は、2月11日の建国記念の日式典でも、試験ずみであった。しかし、この日の参拝は、宗教法人靖国神社の伝統的参拝方式に対する挑戦にもなったのである。ある神道関係者は、「かしわ手を打たずに拝むのは、拝啓や敬具を書かない手紙のようなもの」ときびしく批判した。政府にとって宗教とは、明治のはじめ井上毅が述べたように「治安之具」「籠絡すべき」対象に過ぎないのであろう。
ここで、「宗教色を薄める」とは何かを考えてみたい。それは、靖国神社問題における非宗教化論とも、深くかかわっているからである。
「かしわ手は打たず、昇殿もしないなら宗教活動とはいえないのでは?」「昇殿はしても花束を本殿にささげるだけなら……」「それでもダメなら靖国神社の境内で遺族主催の慰霊祭を行い、それに首相が出席する形にしたら」といったさまざまなアイディアが懇談会の論議の中で出ている。
また、「かしわ手をやめれば宗教色が薄まるか」という見出しの下では。茨城大学の大江志乃夫教授の発言が紹介されている。「たとえかしわ手や玉ぐし奉てんをやめても、神社に行って何らかの形で参拝すること自体が宗教的行為といえる」。これ以上、分かり易い話はない。結局、「潔白」を証明するためには、神社の境内に立ち入らないことである。
ところが、首相の側近には知恵者がいるものである。これまでの政府の違憲見解は、その時の参拝様式について判断したものであるから、参拝の作法が変われば、違った判断もありうるというわけである。つまり、これまでは「公私」という資格を基準にしたせめぎあいであったものを、こんどは作法という、もう一つの基準を導入することによって、違憲見解修正の根拠にしようとしているのである。これが、「宗教色を薄めて合憲」という考えの基本になっているのである。
迂回作戦に言及したついでに、もっと単刀直入の迂回作戦を紹介しよう。「急がばまわれ、やがて神武建国をよみがえらせる」。85年2月10日付『赤旗』のタイトルである。中山正輝氏(自民党国民運動本部長)は、神社本庁で開かれた「建国記念の日奉祝会」役員会の席上で、「総理の出席を実現するためには宗教・政治色を除かねばならない」「これが急がばまわれの戦略である。やがて神武建国の意義をよみがえらせるときがやって来る」と説明した。
しかし、本当に迂回したのかといえば、そうではない。こんな記事もある。
さて当日、中曽根首相は拝殿前で署名したが、その最中に神殿による修祓が行われた。神社側としては祓いをしない人を昇殿させるわけにはいかない。本殿では総理が拝礼するため室の前に立つが、その際荒木禰宜が玉串を奉てんした。室の前に立った総理は、パンパンと二回(外には聞こえないようだった)柏手を打ち、深々と拝礼した。何のことはない、神式通りの拝礼をしたのだが、まぁ、これはオフレコである。(『中外日報』1985/8/15)
以上のように、建国記念の日式典においても靖国神社公式参拝においても、政府は「宗教色を薄める」ことを万能薬のように考えているふしがあるが、どのようにして薄めるのか、どのように薄まったのかなどと考えることは、相手の術中に陥ることである。
宗教というものは、初めに宗教色があるのである。儀式・作法・振る舞いは、そこから出てくる外形である。色は、儀式を簡素化し作法を変えても、残る。色は心であり、儀式エトセトラは、形である。色がなければ、形は存在しない。これは、色の濃淡の問題ではない。何よりも政治が判断するべきものではないのである。
以上で、戸村さんが書かれた原稿からの引用を、やめることにする。中曽根首相による、靖国神社への公式参拝は、このようにして、強行された。公式参拝定着への道は開かれたかのように、思えたのだが、ところが、そうはならなかった。それは、何故か。
以下は、拙稿『検証国家儀礼』の第三章「『大喪』『即位の礼・大嘗祭』の〈世俗化〉と〈神道化〉」の冒頭、「はじめに」からの、引用である。
1985年8月15日、中曽根首相は靖国神社への公式参拝を強行、閣僚の多くもそれに従った。しかしながら1年後の86年の同月、靖国神社に参拝する閣僚のなかに中曽根首相の姿はなく、また参拝した16閣僚中、「公式参拝」とあえて明言したのは、斎藤厚相らわずか5閣僚に過ぎなかった。
かつてのアジア諸国への侵略の担い手=皇軍兵士を「英霊」として祀り、「その偉業を永遠に伝える」ことを目的とする靖国神社へ、国を代表する者が堂々と参拝することに対する激しい怒りを、中国をはじめとするアジアの民衆の間に広範に呼び起こした。こうした対日批判の強まりの前にさすがの中曽根も、あくまで「公式参拝は合憲」との政府の立場に変化はないことを強調しつつも、「近隣諸国への配慮」と称して、翌86年の再度の公式参拝を断念せざるを得なかったのである。そして今日に至るまで首相の公式参拝については、再開のめどすら立っていない。
以下、続く。
