渡辺健樹(日韓民衆連帯全国ネットワーク)
今年は「昭和100年」「戦後80年」が叫ばれ、「戦争をする国」づくりと一体のものとして新たなナショナリズムの世論づくりも進行しているようです。
しかし、日本の敗戦80年は、朝鮮半島の人たちにとっては解放と南北分断から80年、日韓条約締結から60年の年です。また、65年の日韓条約からさらに60年さかのぼると、伊藤博文が日本軍を引き連れて朝鮮王宮を包囲し乗り込んで乙巳保護条約(第二次日韓協約)を強制した1905年から120年になります。
▪️今も日本と朝鮮半島の関係を規定する「65年日韓条約体制」
いま「日韓国交正常化60周年」で「祝賀」の動きもありますが、そもそもこの時締結された日韓条約が今でも日本と朝鮮半島の関係を規定し続けています。では日韓条約とはどういうものでしょうか。
日韓条約は過去の加害責任を居直る日本政府と韓国独裁政権との間で足掛け14年にも渡る交渉の末、ベトナム戦争を背景にアメリカの強い圧力の下で1965年6月22日に締結されました。
日韓基本条約第2条では、「韓国併合条約」とそれ以前に締結された条約・協定は「もはや無効」とされました。この「もはや」は日本政府が提案し、韓国政府が妥協して受け入れた玉虫色の条文です。それを韓国側は「当初から無効」だと解釈し、日本政府はそれを「合法的に結ばれたもので大韓民国成立時に無効」となった、と別々に解釈してきました。つまり、日本政府は「韓国併合条約」とそれ以前に締結された条約協定は1948年8月15日までは有効・合法だったと居直り続けているのです。
こうした立場から同時に結ばれた「財産・請求権協定」に盛り込まれた「すべて解決済み」の文言を盾に「徴用工」や日本軍「慰安婦」被害者への賠償責任を居直り続けています。
また日韓基本条約第3条では、国連総会決議195号(III)、すなわち1948年5月に南朝鮮だけで強行された選挙で示された(北側はこれを拒否したため空白という)限定付きながら、「韓国政府が唯一の合法政府」と規定されました。
これは南北関係、日朝関係にも少なからぬ影響を及ぼしてきました。朝鮮民主主義人民共和国(以下朝鮮)との国交正常化交渉がようやく始まったのは日韓条約から四半世紀も経った91年からで、それも中断したままの状態です。
本来であれば、日本政府は朝鮮半島の南北共に戦後処理を行うべきであったにもかかわらず、南の韓国とは依然として歴史認識問題がくすぶり続け、北の朝鮮とは一切の戦後処理もなされぬまま今日に至っています。
▪️根深く存続し続ける植民地主義の清算を
私は、朝鮮半島への日本の「二つの戦後責任」という視点を持つことが重要だと考えています。
第一は、朝鮮植民地支配が「不法・無効」であったことを認め、被害当事者への謝罪・賠償責任を果たすことです。
日本政府は、かつての朝鮮植民地支配は「合法的」に行われたと未だに主張しているわけですが、それは日本軍による東学農民軍へのおびただしい数の殺りく(ジェノサイド)、朝鮮王宮への暴力と脅迫による「保護国」化(第二次日韓協約)の強制、3・1独立運動への弾圧に代表される「韓国併合」以前と以降も繰り返された植民地戦争の血塗られた歴史によりつくられたもので、「当初から不法・無効」です。関東大震災の朝鮮人虐殺もこの延長にあります。
日本軍「慰安婦」問題や強制連行・強制労働——いわゆる「徴用工」問題などでも日本政府は65年「日韓請求権協定」ですべて解決済みだと居直り続けています。
2018年、韓国大法院(最高裁)が元「徴用工」被害者の訴えを認め日本の加害企業への賠償判決を出したことに、日本政府は「国際法違反」などと騒ぎ立て報復的な輸出規制まで仕掛け、加害者であるにもかかわらず「日本政府が受入れ可能な案を韓国政府が出すべき」と開き直ってきました。
2023年3月、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は韓国の財団が「徴用工」被害者への賠償金を肩代わりする「第三者弁済」案を打ち出しましたが、それは日本政府・被告企業の責任を一切免罪し、米日韓軍事協力・軍事同盟態勢の強化を最優先して強行されたもので、問題は何も解決されていません。
また日本軍「慰安婦」問題でも、去る5月15日に韓国・清州地裁で日本政府に対して「慰安婦」被害者の遺族への賠償支払い命令が確定するなど、いくつかの裁判で同様の判決が確定しています。日本政府は「主権免除」論を盾に裁判に参加せず、地裁判決が確定したものです。しかし、ダーバン宣言を始め歴史の流れの中で、いまや人道に反する犯罪行為は「主権免除」の対象外というのがトレンドになりつつあります。
とはいえ、依然としてこうした日本政府の態度を許している背景には日本の市民社会の無関心などが影響しています。
私たちは、これら過去の歴史に真摯に向き合い、国家の責任を問い、日本の加害の歴史の清算に取り組んでいくことが必要です。
▪️朝鮮戦争を終結させ停戦協定から平和協定へ
第二は、朝鮮半島の南北分断は日本の植民地支配の結果生まれたもので、間接的とはいえ責任があり、朝鮮半島の和解と平和・統一に貢献すべきです。
日本の敗戦で朝鮮は解放されましたが、同時に米ソによる分割占領がもたらされました。それは当時すでに始まっていた米ソ冷戦の利害関係に基づくものですが、朝鮮にいた日本軍の武装解除が名目でした。
とくに今年は朝鮮半島の南北分断に起因する朝鮮戦争の停戦協定から72年になります。この72年もの間、朝鮮半島は「撃ち方やめ」に過ぎない停戦=準戦時体制のまま置かれ、未だ戦争は終結していません。これこそがいわゆる「朝鮮半島危機」の根源です。
2018年の南北首脳による板門店宣言、史上初めての米朝シンガポール首脳会談・共同声明は、朝鮮戦争の終結、朝鮮半島の平和体制構築へ大きな期待をもたらしましたが、米国は共同声明を履行せず朝鮮敵視と朝鮮への一方的な非核化要求を継続させ、韓国の政権交代による米韓合同軍事演習の拡大などで再び「戦争危機」をはらむ時代に入りました。
こうした状況を前に朝鮮側も2018年以来継続してきたICBM発射実験・核実験のモラトリアムから対決姿勢に転じました。
実際、韓国で尹錫悦政権が誕生して以来、大規模な米韓合同軍事演習が常態化し、米国は戦略爆撃機や最新鋭ステルス戦闘機、原子力空母や核ミサイルを搭載した原子力潜水艦など「戦略資産」と呼ばれる兵器を朝鮮半島と周辺海域に投入しています。これに日本の自衛隊も加わった米日韓軍事演習も頻繁に繰り返されるようになっています。
さらに、ウクライナへのロシアの軍事侵攻を口実に米日政府は「東アジアも例外ではない」として「台湾有事」を取り沙汰し、中国・朝鮮の「脅威」を煽り、その中で日本政府・石破政権は南西諸島の軍事化、日米韓軍事一体化、敵基地攻撃能力の保有や軍事費のGDP比2%以上へ大軍拡の道を進めています。
いまこうした状況の中で、根深い植民地主義と相まって日本では政府による官制ヘイトクライムとでもいうべき朝鮮学校の「無償化」からの排除を筆頭に、様々なヘイトスピーチ、排外主義が横行しています。
朝鮮民主主義人民共和国との間では一切の戦後処理も、さらには未だに国交すらありません。これ自体がまったく異常なことではないでしょうか。
私たちは、朝鮮半島と東アジアの平和のために米韓、米日韓合同軍事演習を中止し、朝鮮戦争を終結させ停戦状態から平和協定締結へ転換するよう強く求めていく必要があります。そのためにも日朝国交正常化の実現が必要です。
▪️韓国民衆と連帯し東アジアの平和つくろう
昨年12月3日の韓国尹錫悦(ユンソンニョル)による非常戒厳事態に対して韓国市民・国会議員らは激しく抵抗し、尹錫悦の弾劾-罷免へと突き進みました。
本稿執筆時点(5/30)では、6月3日の大統領選挙の結果は分かりませんが、大方の予想通り最大野党の李在明(イジェミョン)候補が勝利し、尹錫悦徒党の内乱陰謀に終止符が打たれ、政権交代するでしょう。韓国民衆の新たな勝利です。
日本では、保守層もメディアもさすがに非常戒厳には批判的ながら、尹錫悦が日韓関係を改善させた「親日政権」で良かったが、政権交代で「反日政権」に代われば日韓関係はどうなるのか——などと取り沙汰されています。
しかし、尹錫悦の「親日」は徴用工への「第三者弁済」など日本の被告企業への賠償責任を免罪し、それにより日米韓軍事一体化を押し進めようとするものです。日本の市民社会がそのことに無自覚であってはならないでしょう。
米国のトランプ再登板で、世界は新たな混沌の時代に入りました。
私たちは、あらためて日本が米国に追随して軍拡や戦争体制づくりを推し進めることなく、朝鮮半島と東アジアの平和に寄与する道を歩むことを強く求めていきましょう。共に東アジアの平和めざしましょう。
5月30日記
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日韓条約60年を問う6.21集会へ集まろう
日韓条約60年と植民地主義を問う-私たちのつながり直しのために
日時:6月21日(土)午後2時開会(1時半開場) 参加費1000円
場所:明治大学リバティタワー3階1032教室(定員260名・先着順)
オンライン参加(申込み締切6月20日/参加費1000円)
申込みフォーム https://nikkan60shuukai.peatix.com
【集会内容】
主催者あいさつ 木瀬慶子(戦時性暴力問題連絡協議会)
講演:太田修「日韓条約とは何だったのか——60年後のいま問い返す」
[若者たちのパネルディスカッション]
日韓条約60年のいま日本の中で何ができるか——日本・韓国・在日の若者が論議
コーディネーター:藤井豪・東外大准教授
♪ラップ FUNI (ラッパー・詩人)
★日韓条約で歪められた未解決の諸課題から
韓国側発言:日本軍「慰安婦」問題
韓国側発言:強制動員・強制労働問題
関東大震災虐殺問題 宮川泰彦(9.1関東大震災朝鮮人虐殺犠牲者追悼実行委)
日朝国交正常化問題 谷雅志(平和フォーラム事務局長)
在日社会への影響 金性済(日韓和解と平和プラットフォーム書記/牧師)
朝鮮学校差別問題 (朝鮮学校「無償化」排除に反対する連絡会)
日系進出企業問題 (韓国オプティカルハイテック労組を支援する会)
★韓国側特別報告:韓国新政権と東アジアの平和(仮)
韓国から各界各層600余の社会市民団体でつくる歴史正義平和行動も参加
主催: 日韓条約60年を問う6月集会実行委員会 / 【協力】 歴史教育者協議会
連絡先:090-6015-6820