「皇族確保策」は新たな身分差別をつくりだす

桜井大子

「皇位継承策→皇族確保策」が作り出す新たな差別社会

「皇位継承」に関する議論が国会レベルで始まろうとしている。待ち望んでいた人にとっては、やっと始まったといったところだろう。2017年に成立した問題だらけの「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」に関する付帯決議によれば、本来ならば2019年の徳仁天皇即位後「女性宮家創設等について/すみやかに」議論がはじまるはずのものであった。しかし、無理を押して法案を通した政府は、この付帯決議を守らなかっただけでなく、2021年に出た政府の有識者会議の報告書は、当時ではあり得ないとされていたレベルのもので、「女性宮家」は完全無視の代物であった。「皇位継承問題」もいまでは「皇族確保策」だ。付帯決議をもとに、対抗する議論を起こさなくてはならないと思っていた私(たち)の論議も、数年にわたって空振りしてきたということになる。もっとも、私たちは「女性宮家」創設には反対の立場をとっていたわけで、そのこと自体に不満があるわけではないが、平気で約束を破り、さらにひどい案を出してくる政府にはほとほと呆れるばかりである。

このような数年かけた結果の嘘つきでインチキな政府案が、自民党容認、与野党協議へ、と大きく動き出しているのだ。今後、秘密裏に近い協議がなされ、法案が作られ、簡単に通ってしまうのだろうか。あるいはどこかでブレーキがかけられるのか。信用できない政府や頼りない議会を前に推測も難しいが、まともな議論もなされないまま政府案は法案として国会に上程され、あっという間に可決される可能性は、あるのだ。

政府案(2021年有識者会議報告書)とそれに対する現在の動きについて簡単に確認すると、以下のようになる。

政府案①女性皇族の結婚後も皇族身分保持する案、②旧宮家の男系男子が養子として皇族復帰する
*有識者報告には③として、「皇統に属する男系男子を法律により直接皇族とする」がある。

「自民党は19日(4月)、安定的な皇位継承の確保に関する懇談会(会長・麻生太郎副総裁)を開き、政府の有識者会議がまとめた皇族数の確保策を容認する方針を決めた。(中略)/政府の有識者会議は2021年末に報告書で、女性が結婚後も皇族の身分を保持する▷旧宮家の男系男子が養子として皇族復帰する--の2案を示し、各党が党内で議論を重ねてきた」。(『朝日新聞digital』2024/04/20)

「自民党の麻生太郎副総裁は26日(4月)、『安定的な皇位継承の確保に関する懇談会』(会長・麻生氏)がとりまとめた皇族数の確保に関する『所見』を、国会内で衆参両院の議長に提出した。自民案を受け取った額賀福志郎衆院議長は、記者団に「連休明けに各党・会派の代表者会議を開きたい』と明言」(『毎日新聞』2024/04/26)

自民党の政府案容認の背景には次のような思惑がある。

「自民党が受け入れたのは、旧宮家出身の男系男子を養子縁組で皇族に復帰させる案も合わせて盛り込まれたことに加え、将来の女系天皇誕生に歯止めを掛けるからだ。21年の政府有識者会議の報告書では、結婚した女性皇族の夫と子に皇族の身分を与えない案を示した。これを保守派は評価する」(『毎日新聞』2024/04/20)

自民党保守派は「女性が結婚後も皇族の身分を保持する」案に対して、「将来的には女系天皇の誕生につながりかねない」という懸念を表明していたが、「夫と子に皇族身分を与えない」の一文で容認に至ったというわけだ。要するに、女性皇族に婚姻後も皇族の身分は与えるのは、露骨に「公務」の担い手としてだけが目的であり、差別主義に徹したご都合主義である。しかも、その制度的な詳細については何一つ明らかにされていない。

たとえば、結婚した女性皇族が民間社会に入って皇族として生きる場合、皇統譜に籍を残したままということになるのだろうか。その時、夫と子が皇統譜に入らないとすれば、婚姻はどのような形でなされるのだろうか。あるいは、女性が皇統譜から抜けて夫と同じ戸籍を作るとしたら、ただの民間人がどうやって皇族の身分を保持するのだろうか。それとも、皇統譜から抜けずに夫と新たな戸籍を作るのだろうか。はたまた皇統譜から抜けず、夫と籍を同一としない婚姻を模索するのか。そんなことが一体全体可能なのかか。一体どういう法的措置で可能とするのだろうか。考え始めると矛盾しか出てこない。

また、余計なお世話だが、皇族女性と結婚した夫や子どもには皇族妻や皇族母を、対外的には「殿下」と呼ばせるのだろうか。敬語を使わせるのだろうか。皇族身分を有する妻・母にはさまざまな権利(皇族費など)と義務(「公務」など)が国によって付与され、彼女は夫や子供よりも優遇され、権威をあたえられるのだろうか。一方で、夫や子には普通に選挙・被選挙権があり、皇族妻はそれにまったく関われないという事態が生じるのだろうか。夫や子は自由に政治的な発言を公的に行い、皇族妻は口をつぐむしかないのだろうか。

いずれにしろ、一般社会にこれまでなかった身分差別が作り出されることは避けられない。新たな身分差別構造が透けて見えるし、身分差別は露骨なまでに「民間」社会にまで広がっていく。

そして、自民党が一番に評価しているのが「旧宮家の男系男子が養子として皇族復帰する」案だ。たしかに、お手軽に男系男子皇族を増やせそうな妙案だ。各党のこの2案に関する評価について報道されているのでみてみよう。

各党の見解

【朝日新聞】
1 女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持
自民党    賛成
公明党    賛成
立憲民主党  議論中
日本維新の会 慎重
国民民主党  賛成
共産党    女性・女系天皇を認めるべきだ

2 旧宮家の男系男子が養子として皇族復帰
自民党    賛成
公明党    賛成
立憲民主党  慎重
日本維新の会 賛成
国民民主党  賛成
共産党    女性・女系天皇を認めるべきだ

【毎日新聞】
1 女性皇族の身分 結婚後も皇族
自民党    ○
公明党    ○
立憲民主党  ○
日本維新の会 ○
共産党    ○
国民民主党  ○

2 女性皇族の身分 夫と子は皇族とせず
自民党    ○
公明党    ○
立憲民主党  △
日本維新の会 ○
共産党    ×
国民民主党  ○

3 旧宮家出身の男系男子が皇族に復帰
自民党    ○
公明党    ○
立憲民主党  ×
日本維新の会 ○
共産党    ×
国民民主党  ○

『朝日』と『毎日』の報道をあわせ読むと、各党が出した見解の微妙なニュアンスが少し読み取れる。それにしても、今の議会状況ではこの案は通ってしまいそうな勢いであるが、「旧宮家の男系男子が養子として皇族復帰する」ということに問題はないのか?

「旧宮家の男系男子皇族復帰」論の間違い

今更ではあるが少し確認しておくと、「旧宮家」とは1947年に皇籍離脱し「一般国民」になった人たちのことを指す。当時はまだ、「大日本帝国憲法」時代の用語で「臣籍降下」と表現されていたはずで、それは皇族が皇統譜から「臣籍」(臣下の籍)に降りることを意味していた。なんとも身分差別の用語だが、実は今も使われたりする。今回の「旧宮家出身の男系男子が皇族に復帰」とは、その77年前に「一般国民」になった11「旧宮家」の子孫・男系男子を、皇族として迎えるという話である。

実はこの案は、多くの人にとって「論外」として受け止められていたのではなかったか。現在も7割の人が反対している(共同通信調査2024/05/01)。私も頭のどこかで、この「旧宮家の皇族復帰」案は「論外」として片付け、このように前面に出てくる前にどこかで落されるだろう、などと甘く考えていたふしがある。しかし、いま国会でこの案に反対しているのは立憲民主党と共産党だけだ。数の論理で無茶を通してきたこれまでの国会を思い起こせば、世論など関係なく、審議が始まればあっという間に決まってしまう可能性だってありうる。ここまでくると、なんでもありの天皇制であり、恐るべき厚顔無恥の日本政府であると改めて思うばかりだ。

ここで、この案に反対している立憲民主党の論拠を少し紹介しておきたい。おおむね以下のようになる。

・憲法で禁じた門地による差別にあたる(馬淵澄夫国会対策委員長、2022/01)
・現実的に養子の対象者の有無、その対象者の意思を慎重に確認することが先決。養子の資格を旧宮家の男系男子に限定するのは憲法が定める「法の下の平等」に反する可能性がある。養子ではなく直接皇族とする案については「さらに憲法上のハードルが高い」(検討委員会論点整理、2024/03)

当たり前の反論だと思う。しかし、この馬淵の意見に対し、23年11月15日の衆院内閣委員会で内閣法制局は以下のように見解を示した。

「皇統に属する一般国民から男系男子を皇族とするのは、門地(家柄)による差別を禁じた憲法14条に抵触しない」「憲法14条の例外として認められた皇族という特殊な地位の取得で、問題は生じないと考えている」

この内閣法制局の見解は一体どういう法的論理にもとづいているのか。皇統に属する「一般国民」が存在しているかのような話だが、少なくとも法的な身分ではないはずだ。仮に戸籍に「元皇族」と書かれていたとしても皇族ではない。皇族でなければ皇統もクソもないはずだ。皇統譜から抜けた者を「皇統に属する」というのは、血の論理以外のなにものでもなく、法的な次元で語られるものではまったくないはずだ。それで14条に抵触しないと言いくるめようとするならば、法もクソもない内閣法制局といわねばならない。

この内閣法制局の見解が影響しているのか、立憲民主党が今年3月に出した論点整理では「門地による差別」を明言せず、「法の下の平等に反する可能性」と表現を変えている。

立憲民主党は、「女性宮家」創設や女性・女系天皇容認で天皇制維持を訴えてきた政党だ。現実主義的な天皇制維持派である。この間の「旧宮家皇族復帰」論への反対意見も、そういう天皇制維持派の論であるのだが、少なくとも反対意見としては真っ当であり、「リベラル天皇制」を推進するメディアはこういった意見をもっと大きく報道し、言論を膨らませていくべきではないのかと、思わず口走りたくもなる。もっとも彼らが主張する「女性宮家」案は、いまでは遅きに失した感が強くなっているが。

この「復帰論」は、養子縁組とするのか直接皇族とするのか、いずれの場合も、その詳細については何も報じられていない。はっきりしているのは「皇族復帰した人物は皇位継承権を有しない」ということくらいだ。法的に認められていない者を皇室に入れるための法づくりであり、皇族になれる「一般国民」を作り出す法案だ。皇族になれる「一般国民」とそうでない「一般国民」…。新たな身分制社会が出来上がるのだ。内閣法制局はすでにそれを認めたわけだが、「門地による差別」以外のなにものでもないだろう。こんな法案を、まともな議論もなされないまま作られ、決められて良いはずがない。

やはり天皇制廃止しかない

天皇制維持・推進派は、差別社会を維持・拡大することばかり思考せず、少しはリベラルな声を聞き、なんらかの姑息な工夫でもしてみたらどうだ。そうすれば皇位継承問題ももっと上手く回せるし、世間から褒めてももらえるのではないのか。などと親身にサジェスチョンする者はいないのだろうか。いたとしても、そういうサジェスチョンができるのは実は上皇夫婦くらいなのかもしれない。スマートで「慈愛」を装う現実主義者だ。上皇夫婦に限らず、それができるのは達観できる現実主義的な天皇制維持派であろう。しかし、そういう話に耳を傾けないのが今の天皇制維持・推進派(政府)でもあるのだ。

そのように世間的に褒められる必要もなく、天皇制は立派にこのまま、「皇統に属する男系男子」を皇族に迎え、進んでいけると本当に考えているのだろう。いやはや、いまの日本社会では本当にこのまま突き進めるのかもしれない。

そうであれば、日本政府もマスコミも、「世界に誇れる天皇制」を完全に諦め、放棄したということだ。国際的にはさらにひんしゅくで非民主的な人権無視の差別制度と認識されるに違いない。しかし、もともと天皇制とはそういうものであり、当たり前におもしろくもない結末ではある。その天皇制社会に生きる者としては、この政府の2案(あるいは3案)が法案となり可決までいってしまうなど、やはり考えたくもない事態である。女性・女系天皇に対抗して長年議論を続けてきたことを思わず嘲笑してしまいそうな、呆れた結末だ。どのような天皇制もいらないし、天皇制廃止を望む者としては、「世界に誇れる天皇制」も差別の権化・天皇制も、とにかく天皇制はまとめてゴミ箱へと言うしかない。それが「旧皇族復帰」で天皇制延命とは、気分が悪すぎるだけでなく、法的にも道義的にも許されない。

日本の侵略・植民地主義政策の責任を取るためにも天皇制は廃止しなくてはならない。天皇制が社会に浸透させている差別意識とその結果であるこの差別社会を変えていかなくてはならない。世襲という非民主的で基本的人権を無視した主権在民規定不在の天皇制はいやだ。信教の自由、思想・良心の自由、そしてそれらを表現する自由を侵害する天皇制はいらない。天皇制は、こういったさまざまな理由で多くの人の声と力で廃止されるべき制度である。

願わくばそうやって廃止に追い込みたい。しかしだからといって、天皇の「伝統・文化」である世襲制度と男系男子主義が、天皇制を自滅に追い込むことを否定するわけではない。このまま自滅に向かうのでもいいのだ。自滅する傍らで、天皇制が自滅するわけや、多くの人たちがなくなることを望んでいる理由を、私たちは訴え続けるだけだ。天皇制はせめて現憲法と皇室典範を遵守し、天皇制の「伝統」と「文化」を抱きしめ、自滅に向かうのがふさわしいのかもしれない。

ただし、そう簡単には自滅しそうにない天皇制でもある。であれば、この論外だった「旧宮家男系男子」の皇族復帰論にも反対の声を上げていかねばならぬのだろう。多くの人を巻き込んで異議ありの声を大きくしていければと思う。

こんなものを容認する社会がまもとなはずはないのだ。

 

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