「原発に死を!」 調査意見報道シリーズ

9. 科学者らの科技庁批判・反原発意見沸騰

1999.11.15.mail再録。

 昨日の日曜日、1999.11.14.御茶の水の中央大学駿河台記念館で開かれたJCO臨界事故緊急シンポジウム」の参加速報です。

 午後2時の開会前に会場は、ほぼ満席、主催者挨拶に立った日本科学者会議の代表によれば、この種のシンポジウムでは画期的な参加状況とのこと。主催は日本科学者会議原子力問題研究委員会と原子力問題情報センターですが、司会は1人が科学者会議、1人が東海村の原子力研究所労組の委員長でした。

 基調報告は、

1) 事故の経過:館野淳(中央大学教授、日本科学者会議原子力問題研究委員会委員長)

2) 臨界事故:青柳長紀(元原子力研究所所員)

3) 放射能被曝:野口邦和(日本大学講師)

 質問、討論の時間では、場慣れた糞度胸の持ち主、当然、私が、どちらでも最初に発言し、以後も何度も、いくつかのテーマ別に、簡潔な発言を繰り返しました。ああ、またもや、無法、無頼、門外漢の道場破り常習犯としての悪名が高まることでしょう。

 以下、これまでの私のmailでは報じていない新知識について、討論部分をも含めて簡略に紹介します。

 質問と討論の経過の中で、連鎖的な証言が続き、最後に原子力研究所の若手所員が発言して明らかになったことは、JCO臨界事故の直接の契機が、「動燃」の注文にあったらしいという驚愕の事実でした。業界用語の「動燃」は現在、「核燃料サイクル機構」と改称されていますが、科学技術庁所管の特殊法人です。つまり、国家機関の一部です。そこと契約する業者は、江戸時代からの用語では、御用商人です。

 核燃料サイクル機構は、JCOと、臨界事故発生の月、9月22日に、濃縮硝酸ウラニウム製品を51キログラム、2000万円で納入させる契約を結んでいたのでした。時期についてはスピードアップ、値段についてはコストダウン、というのが関係者の証言です。しかも、細部は後に詳報しますが、JCOの作業工程が、上記の注文に合わせて変更されてから、2日後に、臨界事故が発生しているのです。

 科技庁や原子力安全委員会が主導権を握る「事故調査」については、アメリカの実例と比較して、「泥棒が自分の犯行の経過を調べて発表するようなもの」という厳しい批判が、冒頭から発せられ、報告も議論も、徹底批判の論調を強めました。

 私は、労働現場の経験から、JCOだけが特殊ではないこと。ウラン採掘現場の差別労働における被曝を無視して、実際には不可能な「安全運転」を唱え、「原子力平和利用」方針を未だ変更しないのはおかしい。その点は日本共産党にも申し入れをしていること。すでにホームページ入力済みの「新エネルギー」問題、Y2K問題など、基調報告者、他の発言者がふれなかった諸問題を、簡潔に指摘しました。

 反原発に関しては、主催者の方から、「この問題では組織内にも意見の違いがあるが」との事情説明もありましたが、科学者会議の長老と見受けられる発言者からも、「この際、真剣に新エネルギーへの転換を提言したい」などの発言があり、その方向への議論の機運が高まった感じでした。

 終了後には、参加者から、私のホームページのアドレスを聞かれました。

 取り急ぎ以上。