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(日本語仮訳PDF)
(裁判長: 次にヴァン・ロー教授に発言を求めます。ロー教授、ご発言ください。)
(ロー [Vaugham Lowe] 氏、登壇)
[訳注: 暫定措置命令の目的はジェノサイド被害の拡大防止と証拠の保全であるため、ジェノサイド加害者の加害行為を立証する必要性が低いことを説明しています。しかしジェノサイド条約を発動するためにはジェノサイドの意図を示すことが必要であり、イスラエルの意図を証明しようとしています。さらに、ガザはイスラエルが占領・管理していて他国ではないため、他国からの攻撃に対する自衛とは言えない、たとえ自衛としてもジェノサイドは許されないと主張しています。]
(暫定措置の請求)
1. 裁判長閣下、列席判事各位、こうして発言できる機会が与えられ、南アフリカを代表できることは光栄です。
(はじめに)
2. この事件はジェノサイド条約の第9条、すなわち、条約の締約国が条約の解釈、適用、または実現をめぐる意見の違いに関して国際法廷の判断を仰ぐ、との条文に基づいて提起されたものです。
3. 現段階は、国際法廷がイスラエルがジェノサイド条約の義務に従っているか、いないか、を判断しなければいけないのではありません。そのような判断は本案審理段階でなされるものです。ここで係争されるべきは、国際法廷の最終判断よりも前に、暫定措置が必要であるか、に限られます。
(暫定措置を発令するために国際法廷が要請する事項)
4. 国際法廷の法律理論では暫定措置の発令にあたって5点の要請事項が指摘されています。
5. 第1は推定の管轄権です(303)。これについてはデュガール教授がすでに説明しました。
6. 第2は要請する暫定措置と、その要請の根拠となる主訴との関連が示されることです(304)。本件ではこの点は明白に充足されています。すなわち、この措置は、南アフリカが提起文書に明示しているように、ジェノサイド条約の規定するまさにその諸権利をイスラエルが侵害してはならないとの命令を要請しているからです。
7. 第3は主張されている諸権利の該当性です(305)。デュプレシー教授がすでに説明したように、この点も明白に充足されています。これらの諸権利はジェノサイド条約のまさに核心となるものであり、すなわち、殺されない権利、著しい傷害を受けない権利、集団が実力をもって破壊されない権利が述べられています。
8. 第4と第5は、この係争が確定される前に修復不能な損害が発生する危険があること、また緊急性があること、とされています(306)。これらはニラレ氏が説明しました。イスラエルは3か月以上の間ガザを封鎖し爆撃し、その残忍性や期間はガザおよび居住者を破壊する意図によってのみ現れるものであり、イスラエルは封鎖と爆撃を続ける意図を公表しています(307)。皆さまも殺戮の規模と期間についてご存知でしょう。しかもこの瞬間にも続いているのです。
9. 国際法廷は、[ボスニア対セルビア判決の中で]次のように述べました。
“締約国が(ジェノサイドを)防止する義務、そのために行動する責務、は、ジェノサイドが実行に移される切迫した危険が発生したことを締約国が知ったとき、あるいは通常であれば知り得たときに[前記の義務・責務が]発生する。その瞬間以降、ジェノサイドを準備しているとの疑い、あるいは[ジェノサイドにつながる]特定の意志を保有しているとの合理的な疑いがあり、それらを抑制する可能性がある処置を締約国が有するのであれば、状況が許す範囲でその処置を実施する責務を締約国は負っている(308)”。
南アフリカはまさにこの責務に従って本要請を提起したのです。
(個人保護に関する暫定措置への国際法廷の立場)
10. ラグロンド事件(309)、ラヴェナ事件(310)、およびジャダヴ事件(311)などで国際法廷は暫定措置を、事件における締約国への影響を考慮したうえで発令してきただけでなく、直接的被害を受け、その権利が侵害される個人への影響も考慮してきました(312)。締約国に対して、国際法に違反すると疑われるような方法で人を殺害する行為を抑制させる命令を発してきたのです。これこそ南アフリカが要請していることです。すでにガザでは23,000人が封鎖と爆撃によって殺され、しかもその圧倒的多数は無辜の男女と子どもたちなのです。
(国際法廷の手続き健全性に関する暫定措置への国際法廷の立場)
11. 国際法廷はさらにその審判の健全性と結論としての判断の有効性とを確保しするためにも命令を発しています。たとえばボスニア・ジェノサイド事件でこの法廷は当事国双方に対して“ジェノサイド犯罪の防止および処罰に関する現在の争議を悪化させることとなる、あるいは拡大させることになる、あるいは解決をより困難にするいかなる行為も行わず、またそのような行為が行われないことを保証するべき(313)”と命じました。もしこのような悪化防止命令が発せられないと、当事国の一方は国際法廷の結論が確定するまえに違法行為を急いで実行しようとする危険が確実に存在し、この場合は国際法廷の決定も、また国際法廷の存在自体が無意味なものとなってしまうでしょう。
(南アフリカによる暫定措置の要請は範囲が限定されていること)
12. 南アフリカは、提起した要請をジェノサイド条約の範囲内に限定しています。
13. 第1に、南アフリカがハマースに対して国際法廷による命令を要請しないのはなぜかという質問を受けます。本件はイスラエルによるガザへの行為に関するものですが、ガザ地区は国連安全保障理事会が3週間前の2720決議で強調しているようにイスラエルによって“1967年に占領された国土の不可分の一部”なのです。さらにハマースは国家ではなくジェノサイド条約の当事者となりえない、従って当審理の当事者となりえないことは国際法廷も合意するでしょう。ハマースによる過去の残虐行為やハマース以外の当事者への処置といった課題を審理する機関は別に存在しており、それら機関がそれぞれの審理を行なうであろうことは疑いの余地がありません。
14. 第2に、南アフリカはジェノサイドとならない暴力行為も存在することを認知しています。例えば民族浄化、集団処刑、民間人を標的とした攻撃、病院への攻撃、その他の戦争犯罪はすべて不法なものですが、直ちにジェノサイド条約違反とはいえないのです。ジェノサイドと指摘するためには、国民として、民族として、人種によって、あるいは宗教によって識別される集団の全部または一部を破壊する意図を示す必要があります。しかしその一方で、イスラエルがガザで行っている行為が重ねて戦争犯罪や人道に対する罪としても認定されうることをもって本件に対する弁明にはならず、ジェノサイドとして訴追することを妨げるものでもないのです。
15. 南アフリカは要請書面の111段落で国際法廷による救済を求めています。また同書面144段落で暫定措置の発令を要請しています。
(南アフリカがここで要請する一連の暫定措置)
16. これらの要請は現実的根拠をもっています。最初の2個の段落で要請している暫定措置は、イスラエルによるガザに対する、およびガザ地域内での軍事行動の中断を求めるものです。
17. 10月7日の攻撃以降ガザ地域内で続けられているイスラエルによる軍事行動が本件の中心課題です。ラモーラ大臣が冒頭で述べたように南アフリカは10月7日の攻撃を非難しています(314)。イスラエルはパレスチナ国家もパレスチナ人も標的ではなく、ハマースを殲滅することが目的だと主張しています(315)。しかしすでに3か月近くも続いている爆撃、街区全体におよぶ破壊、すべての市民への食料・水・電気・通信を途絶させている事態をみれば、ハマースの構成員を狙っているとの主張に根拠を見出すことは不可能です。その行為は無差別の攻撃・殺害・傷害であり、すべてのガザ市民に、有罪か無罪かに関わりなく、恐怖を与え、生活基盤である家や街を壊滅させ、廃墟の中に戻って家を再建する希望さえも破壊しているのです(316)。
18. イスラエルの行為はガザ地域内のパレスチナ人を直接攻撃するだけでなく、人道支援をそこへ届けることも妨害しています。パレスチナ人は絶え間ない爆撃や銃撃による死に加えて、飢餓や病気というさらに無差別で緩慢な死にも直面しています。
19. 最近になって、アメリカ合衆国はあまりにも多くの民間人が死亡していると繰り返していますし(317)、国連事務総長(318)、国連人道問題担当事務次長(319)、および難民救済事業機関事務局長(320)も効果のある人道支援を届けるために軍事行動の中止が必須であると述べています。
20. このような理由にもとづいて南アフリカは国際法廷がイスラエルに対してガザ地域内およびガザへの軍事行動を即時中止する命令を発行することを要請しています。人道支援を確実に実施し、これ以上の無駄な死と破壊とを避けるための唯一の方法です。
21. ここで一点強調しておきます。イスラエルが無辜の男女や子どもたちの死を減らすためにできることをすべて行っているとの主張にはまったく根拠がないということです。塹壕破壊用の1トン爆弾や無誘導爆弾を住宅地へ投下し、ガザ地区を容赦なく爆撃し(321)、イスラエルがパレスチナ人に対して指示したいわゆる“安全地帯”をも(322)攻撃していることからは、まったく違った現実がわかります。これはイスラエルの意図が関わることなのです。
22. いかなる軍事行動であれ、それがいかに慎重に実行されたものであれ、“人びと”を殺す意図に基づいて行われた行動は、対象が人びとの全体であっても一部であっても、ジェノサイド条約に違反するのであり、攻撃を終わらせなくてはいけないのです。ジェノサイド条約に違反する可能性のあるあらゆる軍事行動を中止させるべき理由はここにあるのです。
23. 本件要請の第3はイスラエルと南アフリカの両方に対する命令となっています。これはパレスチナ人の人々に関してジェノサイド条約が課している両国の義務、すなわち、ジェノサイドを防止するあらゆる正当な措置を講じる義務に基づくものです。
24. 第4および第5の措置はこのような一般的責務をさらにジェノサイド条約第1,2,3条の各規定に従って個々の違法行為ごとに詳述したものです。
25. 第6として要請する措置は、ジェノサイド条約によってイスラエル政府が法的に負う責務、すなわち、それ自身の行為とは別に他者がジェノサイド条約に違反する行為を行う、教唆する、あるいは積極的に支持する場合はそれらを防止し処罰する責務に関するものです(323)。36時間前に主席検事が介入したと伝えられる以前に(324)、イスラエルの当局者はジェノサイド言論を実質的に野放しにしていたのであり、複数の政府高官からもジェノサイド言論が発せられていました。このようなジェノサイドの扇動に対する寛容、さらにいえば扇動の日常化がイスラエル国内でさえも懸念されつつあったのです(325)。第6の要請はここに対応するものです。
26. 本件は重要なものです。人々の命がかかっています。イスラエル国家の信用と評判が試されています。それにもかかわらず、特定の行為がジェノサイド条約に違反しているものかを判断するための証拠は失われ、または破壊されており(326)、真実を調べようとする人々や国外ジャーナリストたちはガザで自由な活動が不可能になっています。そこで南アフリカは第7の措置として証拠の保全を指示する命令の発行を要請しています。
27. 最後に、南アフリカは国際法廷がイスラエルに対して命令をどのように実行してきたかを具体的に報告するように命じることを要請します。この報告は国際法廷を通じて公表され、履行監視の重要な要素となるのです。
(自衛権の行使はジェノサイドの正当化にも弁明にもならない)
28. ここで自衛措置について述べなければなりません。隔離壁事件での助言的意見の中で、イスラエルが隔離壁建設を正当だとして主張する根拠とした脅威は他の国家に帰するものではなく、イスラエル自身が統治する土地、すなわち占領されたパレスチナ領土から発生するものであることに国際法廷は注目しました(327)。これらの理由により、このような状況下で国連憲章第51条に規定する自衛権は国際法上の意味をもたないことを国際法廷は決定しました。
29. 20日前に安全保障理事会はガザが被占領地であることを、さらに再確認しました(328)。イスラエルはガザからの完全撤退と述べていますが、ガザへの掌握を、陸路・海路・空路の管理、主要な政府機能、水や電気の供給という形で続けています(329)。掌握の強さが一様でないとしても、イスラエルがガザを掌握し続けていることを疑う者はおりません。国際法廷による法的判示は2004年以来、今日も有効です。
30. 本件でも同様の指摘をするべきです。イスラエルがガザで行っている行為、それは自己が掌握している土地に対する行為です。占領を具体的に執行する行為です。国連憲章第51条に規定する自衛に関する法律は適用されないのです。しかしそれはここでの主題ではありません。
31. 主題はもっと単純です。攻撃がいかに残虐で恐ろしいものであるかによらず、ジェノサイドが対応として許されることは断固としてないのです。いかなる武力行使も、それが自衛であっても、占領の執行であっても、警察力の行使その他であっても、国際法で規定された制約下にとどまらなければならないのです。第1条で明示的にジェノサイドの防止義務を定めたジェノサイド条約もそのような国際法のひとつです。
32. 一般に入手できる証拠から明かになったガザへの爆撃による破壊の規模、およびガザの人々への食糧、水、医薬品、電力が意図的に制限されている事態に基づき、イスラエル政府が、ユダヤ人やイスラエルの市民ではありません、イスラエル政府とその軍隊が、ガザに住むパレスチナ人を集団殺害しようとする意図をもっている、そしてそのような目的を支持するその他の者たちによる行為を防止する意図も処罰する意図もない、と、南アフリカは信じます。
33. イスラエルが単に“過剰”な反応を示していることが重要なのではありません。ジェノサイドの禁止は絶対的、最終的規定であることに注目すべきです。なにごともジェノサイドを正当化できない。ガザ地区内のパレスチナ人グループに属する特定個人らの行為が何であれ、イスラエル市民への脅威がいかに大きいと予想されたにせよ、ガザ全体へのジェノサイド攻撃やそこにいる人びと全体を殺戮しようという意図のある攻撃は、いっさい正当化できないのです。
34. さらに、ジェノサイド条約下の責務に違反する恐れのある行為を特定の国家に許すような例外を暫定措置に含めることはできないのです。国際法廷がそのようなことを発令するとは想像もしておりません。本件の要点は単純なのです: いかなる状況下でもジェノサイドはいっさい正当化できない。
35. イスラエルの行為は本審理の段階で詳細かつ厳密に審査されるでしょう。そこでは国際法廷がイスラエルによる弁護弁論を聴取することを希望するはずです。しかし現段階では、証拠から導かれるように、イスラエルの行為はジェノサイド条約が規定する責務に違反していること、イスラエルは違反を続けていること、そしてイスラエルは違反を続ける意図を明示していること、を考慮すべきです。
(一方的処置では不十分)
36. イスラエルが、ジェノサイド条約の責務規定はすべて遵守し国際法廷による暫定措置命令は必要ない、と主張することもありえます。しかしこれまでの事件において国際法廷はそのような一方的声明では修復不能な損害の生じる恐れを取り除くことができず、国際法廷による命令の必要性を消去するものでもないとの判断を示しています(330)。
37. 本件ではそのような一方的処置の有効性が疑われる理由の一つに、ガザの破壊とそこに住む人びとへの攻撃という自己の行為になにひとつ瑕疵を見出さないというイスラエルの認識能力の明白な欠如があります。
38. それだけでなく、一方的声明から逸脱し、あるいは再解釈により、イスラエルは想像を絶する惨事を引き起こす可能性があり、そのような危険は甘受できるものではありません。
39. さらに第3の理由があります。国際法廷への要請書面で述べたように、ジェノサイド条約への留保に関する1951年の事件で、“ジェノサイド条約の解釈または実施に関する争議を国際司法裁判所へ提訴する責務はジェノサイド犯罪の防止と処罰に関する基本的責務の当然の履行を主として保証する手段のひとつと見なされる”とされています(331)。国際法廷の管轄が、それ自体例外的といえるにせよジェノサイド条約の解釈と適用に及ぶのみならず、条約の履行にも及ぶことが要点です。ジェノサイド条約下の実務的責務に加えて締約国が国際法廷での手続き上の責務履行が至高の重要性をもつことを指摘しておきます。
40. 現在の事態は国際法廷が静かに沈黙していることを許しません。国際法廷がその権威をもって行動し、法廷自身に向けてジェノサイド条約による責務に従う命令を発する時です。これほど重要で、国際法の将来ばかりでなく、国際法廷の将来をも左右する事件を私は直近の記憶から呼び起こすことができないほどです。
41. 裁判長閣下、列席判事各位、私の陳述はここで終結します。注意深く聞いていただいたことを感謝し、もし私がさらにお手伝いできるのでなければ、南アフリカの代理人が救済措置要請を読み上げることをお許しください。
(裁判長: ロー教授、ありがとうございます。つぎに南アフリカの代理人である、ヴスムジ・マドンスラ閣下に発言を求めます。閣下、ご発言ください。)