「王」なき共和制に向けたバルバドスの歩みの背景にあるもの 

太田昌国

人口30万人のカリブ海の島国・バルバドスが、2021年11月、エリザベス英女王を元首とする立憲君主制から共和制に移行した経緯を書くのだが、カリブ海になぜ英領があるのかを問われて答えるに、他ならぬ20世紀英国の経済学者・ケインズの分析を援用しよう。

米大陸での植民地獲得競争ではスペインに遅れをとったイギリス、フランス、オランダなど欧州列強は、すでにスペインの支配が強固に確立した大陸部への浸透は諦めて、16世紀半ば以降こぞってカリブ海域へ出かけた。先頭に立ったのは海賊たちだった。英国の海賊・ドレイクは、スペイン向けの金銀を奪っては本国へ持ち帰り、それが東インド会社創設の元手になるなど英国の海外投資の源泉となった。ケインズ曰く「だから、エリザベス一世朝、ジェ-ムズ一世朝(1558~1625年)の経済発展と資本蓄積の実りの大部分は、コツコツと働く人間がもたらしたものというよりは、不当利得者のお陰である。世界史の一時代に、実業家や投機家や不当利得者にとって、これほど旨いチャンスが、これほど長く続いた例はなかろう。この黄金時代に、近代資本主義は誕生したのである」(「貨幣について」、1930年)。

この海賊行為を通じて、英国は17世紀前半から中盤にかけて、バルバドス、ジャマイカ、トリニダード・トバゴなどのカリブ海の島々を植民地化した。第二次大戦後の世界的な脱植民地化の趨勢はカリブ海域にも波及し、バルバドスは1966年に独立した。その後にも自立への志向を促したいくつかの重要な契機はあるが、同時代のものを挙げるとすれば、それは2020年米国ミネソタ州ミネアポリスで起きた白人警官による公然たる黒人虐殺に他ならないだろう。周知のように、この暴行事件は米国のみならず、世界的に深い反応を引き起こした。21世紀に行われたあの事件から、人びとは植民地主義・奴隷制度などの傷跡がなお継続して社会を蝕んでいることを改めて思い起こし、過去の記憶を呼び起こさざるを得なかったのだ。カリブ海諸国はミネアポリスの事件から1ヵ月半後にはオンラインイベント「謝罪から賠償へ」を開き、バルバドスのミア・モトリー首相は、米国の今回の事件は「黒人や有色人種への恐るべき犯罪の最新の犠牲者にすぎない。それが間違っていることが広く受け入れられるようになった」と語った。

続いて20年9月には、バルバドス政府が「植民地の過去から脱却する」ために、エリザベス英女王を国家元首にすることをやめると発表した。首相は「君主制を廃止しなければ、自分たちが本当に独立国なのか、自国の運命に本当に責任を負っているのかとの疑問を常に持ち続けることになる」と語った。同11月には首都の中心部にあった英国海軍総督ネルソンの銅像を撤去した。ネルソンが奴隷貿易の擁護者であったことがその理由の一つだった。そして21年11月30日をもって、同国は共和制への移行を実現した。外国駐在の大使任命の際にも英女王に書簡で知らせるなどという隷属的な義務から解放されたのである。

その影響もあってか、ジャマイカでも共和制への移行の動きが目立ち始めた。つい先日の22年3月22日、女王在位70周年記念式典で英王子キャサリン夫妻がジャマイカを訪問した際に首都の英国大使館に押し寄せたデモ隊は「奴隷貿易への賠償金支払い」を要求した。

これら一連の動きを支えるものとして忘れるわけにはいかない出来事がある。2001年、南アフリカのダーバンで開かれた「人種主義、人種差別、外国人排斥及び関連のある不寛容に反対する世界会議」である。このような重大な歴史的な問題をめぐって、加害側と被害側が一堂に会したことは人類史上はじめてのことだった。両者の意見は鋭く対立したが、少なくとも「討論すべきだ」との基本線はここで定められた。

カリブ海の政治家・思想家からは、この問題を考える上での基本文献が書かれていることに注目したい。英語圏ではトリニダード・トバゴのC・L・R・ジェームズの『ブラック・ジャコバン──トゥサン=ルヴェルチュールとハイチ革命』(大村書店)、同じくエリック・ウィリアムズの『資本主義と奴隷制──ニグロ史とイギリス経済史』(ちくま学芸文庫)、『帝国主義と知識人』(岩波書店)、『コロンブスからカストロまで──カリブ海域史』(同)、ガイアナのウォルター・ロドニーの『世界資本主義とアフリカ──ヨーロッパはいかにアフリカを低開発にしたか』(大村書店)がある。フランス語圏では、マルティニックのフランツ・ファノン著作集(みすず書房)、エメ・セゼールの『帰郷ノート/植民地主義論』(平凡社)など──このような理論的・実践的な積み重ねの果てに、バルバドスに見られるような、「王」なき、「頭」なき水平社会に向けた模索が行われていることを知っておきたい。                
(3月29日記)

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