桜井大子
「皇室典範改正」の長くて短い道のり
7月17日、「皇室典範改正」が成立した。「改正」の大きな柱は①女性皇族が結婚後も皇族の身分を保ち、②旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎えることを可能にするという二点だ。法改正は「皇室典範改正案」要綱の骨子が報道された6月23日から、3週間足らずの間に急ピッチで進められた。
改正法成立までの過程についても、簡単に触れておこう。「改正案」要綱は「立法府の総意」に沿ったものとされているが、「立法府の総意」は女性皇族と夫・子の婚姻後の処遇や養子縁組への反対意見を棚に上げて正副議長がまとめたもので、「立法府の総意」などどこにも存在していない。要綱骨子には、女性皇族の夫・子の身分や、養子の男子についても言及していない。6月25日、各党派の代表者協議で要綱は了承され、政府は「改正案」として閣議決定した。しかし6月30日、出てきた法案の紹介記事には、養子となった皇族の男子は皇位継承権をもち、皇族身分を保持した婚姻後の女性皇族には住民基本台帳法適用等々の言葉が踊った。どちらも要綱骨子にはなかった文言であり、とりわけ女性皇族への婚姻後の扱いについては寝耳に水であった。
メディアには「総意の軽視が甚だしい」「騙し討ちだ」といった野党の声や、「将来にわたり女系天皇の芽を摘んだ改正法」「養子の対象となる旧宮家と現天皇との共通の祖先は約600年遡る」等々の記事が並んだ。議会も野党も有権者も相当にナメられた話であり、それについては轟々たる非難は起こされるべきである。しかしおそらく、そういった批判は沈静化し、法の執行に向けて諸手続きは進められ、近い将来、養子縁組の具体的なニュースを目の当たりにすることになるであろう。長期にわたり懸案だった皇位継承問題は、国会でのまともな議論を許さず、あっさりと短期間に「解決」した。天皇制は、養子を受け入れ続け、数人の男子が生まれさえすれば、女性天皇容認よりも安泰となる可能性は高いかもしれない。
法改正後の女性皇族とその家族の処遇
この改正法執行のために決められた、あまりメディアが大きく取り扱っていない、細々としたことを少しだけ紹介しておきたい。養子受け入れについてはそれなりに報道されているので簡単にする。養子対象者は旧11宮家の、配偶者・子のいない15歳以上の男子で、自らの意思で皇室離脱できず、養子となった男性は法律上「養子皇族」と称し「王」となる。養子皇族は皇位継承権をもたないが、その男子は皇室典範の規定に沿って継承権を持つ。継承順は、養子の実方(生家)の系譜による。
婚姻後の女性皇族とその配偶者・子への処遇についてはほぼ無視状態に近いので、こちらは少し詳しく紹介する。私はこの言及の極端な少なさ自体にも、女性差別・身分差別を感じる。以下、簡単に羅列しよう。
現女性皇族は婚姻に際して皇室に残るかどうかを選択できる。婚姻の際、皇室に残る女性皇族は男性皇族同様に皇室会議を経なければならない。また、女性皇族である妻は皇統譜、夫と子は戸籍で管理され、妻には姓がなく夫と子は同一姓。そのチグハグな家族のあり方への対応として当該女性皇族には住民基本台帳法を適用するという。具体的には、39条の「適用除外」を「適用除外等」と変更し、そこに「戸籍法の適用を受けないもの」として皇族身分を持つ女性皇族が住基法の適用外となることを記す。これによって住民票には記されるが住基の適用外となる。「家族の一体感」が損なわれないよう住民票で家族関係を証明する、とその理由が述べられている。
保守・右派が夫婦同姓や戸籍に固執する理由として挙げている「家族の一体感」というものは、天皇一族においては関係ないようだ。住民票で「一体感」がつくられるのであれば戸籍制度は不要ではないかと思うがそうはならない。ここには支配者層の、女性や「一般国民」への支配者意識あるいはその願望が読み取れるだろう。夫婦別姓も、身分格差が前提にある夫婦別姓は当たり前だが「一般国民」の婚姻には認めないという、折り重なった差別意識が露骨に現れている。
婚姻後も女性皇族には、夫と子には認められている選挙権、被選挙権、国民投票権はない。家は「御所」や「宮邸」に夫・子と同居し、皇族水準の警備も維持。「品位保持のため」の皇族費は独立した皇族男性と同等に、たとえば愛子や佳子の場合は3050万円、等々が想定されているらしい。皇族費も警備費も増加を辿る。いやはや、である。
変質を続ける天皇制
改正法の成立でいま、象徴天皇制は大きく変えられようとしている。天皇制というシステムは、時の権力がその支配装置として作り出したものであることは知れたことだが、そういったことを多くの人に忘れさせた明仁天皇制が30年ほど続いた。明仁(現上皇)は象徴天皇とはなんであるのか、法的な条文とは無縁の領域で持論を展開し動いてみせ、多くの人がそれに引きずられる現象が起きていた。
明仁によって象徴天皇制における天皇の位置は確立したかに見えたし、天皇の一言で法律を作り出す社会であることをも明仁は証明したが、いま目の当たりにしている事態は、権力者たちによるその巻き返しであろう。しょせん権力者たちによって作り出された、権力者たちのための強力な支配装置である、ということを社会に見せつけている。
メディアが書き散らしていることだが、養子の対象となる11旧宮家が現天皇と繋がるには約600年を遡り、36〜38親等にあたるという。たとえば民法725条では「次に掲げる者は、親族とする」として、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族としている。それを超える場合は他人とされ、36〜38親等とはおそろしく「真っ赤な他人」となる。その「他人」の男子が天皇の予備軍となる意味も少し考えたい。
血の論理にまみれた議論に加わるつもりは毛頭ないが、今回の改正法は、世襲とは程遠いあらたな天皇を、権力者たちが選び作り出せるような制度変更を意味している。将来、養子皇族の男子が天皇となれば、その天皇は文字通り政府がつくり出した天皇ともいえ、政府の手の内にすっぽりと収まる最高権威者として立ち現れるのではないか。そしてこのかんメディアを賑わせた政府の暴挙、養子縁組への批判等々は置き去りにされ、「日本人」の多くはその天皇を歓迎するのであろう。文献で知る近代天皇制の作られ方を彷彿させられる。
天皇制はこれまでも、時の権力者たちによって都合のいいように実質改憲・実質改正法を繰り返し、現在の象徴天皇制に至っている。それでもやりくり困難に直面した場合には今回のように明文改正法にも明文改憲にも踏み切るのだろう。そうやって権力者たちに好都合なシステムとして維持されてきたのだ。しょせん天皇制はそういうものであり、将来的には女性・女系天皇容認というさらなる逆転劇も考えられるのだ。
それでも続く女性天皇待望論
この改正法自体も成立過程も相当に酷いので批判は多い。ただし目立つのは天皇制維持派による「どのような天皇制が望ましいのか」論がほとんどだ。一方、こんな酷い制度はいらないという声は、大メディアには登場しない。天皇制容認90%以上の社会であるとはいえ異常な状況だ。
なかでも際立つのは、天皇には長子(愛子)がいるし、複数の4親等内の皇族もいるのに「なぜ養子縁組か」や、男女平等原則や世界の趨勢を引き合いに出した男系主義批判と女系天皇容認の主張だ。
今回の皇室典範改正で女性天皇・女系天皇への道は封じられたとメディアは騒いでいる。反天皇制の運動に関わってきた私(たち)は、女性・女系天皇がいまの天皇制にとって一番合理的であり、理想的であるといった天皇制リベラル(現実)派の多数意見を、天皇制的にはそのとおりであろうと考えていたし、だからこそこれに反対してきた。実際のところ、女性・女系天皇の出現で「世界に誇れる」天皇制に近づくという「希望」と同時に、皇位継承者の確保にも幅ができて一石二鳥という話なのだ。
この原稿の課題も実は女性・女系天皇批判であった。しかし今回の改正法で女性・女系天皇が完全にパージさればかりの今、女性・女系天皇批判だけではあまりにも間抜けすぎるので、改正法批判を中心においたが、女性天皇容認論への警鐘は鳴らしておく必要もあり、最後にそのことに少しだけ触れておきたい。
7月20日、『毎日新聞』が18日、19日に行った世論調査の結果を記事にしている。女性天皇支持率は昨年・1昨年の調査時に比べ下がってはいるが、72%が「認めるべき」と答えている。テレビ朝日の同日に行った世論調査の結果も報道されたが、7割の人が「女性・女系天皇の議論を今後、続ける必要がある」と答えている。また7月8日には、愛子天皇の実現をもとめ「愛子さまを皇太子にするよう皇室典範の改正を求める運動」が呼びかけた署名、7万9210人筆の名簿が立憲民主党に提出された(自民党にも手渡そうとしたが拒否されたという)。
もともと酷い差別制度の上にこれだけ女性を見下した改正法を出されると、このような世論状況でもおかしくないと言ってしまいそうだが、女性・女系天皇が容認されたところで天皇制なのだ。天皇制反対と女性・女系天皇反対は論理的に根底のところで繋がっていながらも、乱暴にイコールにできないところもある。その丁寧な整理や言葉化は今後も反天皇制運動の課題の一つであり、女性天皇待望論はこれからも続くに違いないのだから、多くの人と考えていきたい。
天皇・皇族は世襲で天皇制を支え、天皇はこの国の最高権威であり、その一族は政府の意向に沿って活動をつづける。民主主義とは無縁のシステムだ。そして世襲を憲法で定め、女性の身体はそのシステム維持のために存在させられる。それは女性・女系天皇になっても変わらず、皇室典範の改正で結婚して皇籍離脱できなくなる皇族女子もその宿命を負わされる。また、あいかわらず天皇制の侵略戦争・植民地支配責任の問題はあり続けている。差別の上に成立し、差別を正当化し、維持させていく差別システムでもある。今回の改正でその差別性はさらに露骨なものとなった。これらもすべて女性天皇が誕生しても変わりはしない。どのような天皇制になってもダメな制度なのだ。
実は女性天皇に反対する人々は少なくない。私も編集委に参加している『反天ジャーナル』(ウェブ版)では私の論考も含め少しだが紹介しているので参考にしていただければと思う(「反天ジャーナル」で検索:https://www.jca.apc.org/hanten-journal/)。
こんなにひどい天皇制を維持しようとする社会の歪さを多くの人が感じないとしたら、それは天皇制社会の歪さに慣れ親しむような社会常識・通念が蔓延しているからであろう。だからそういった社会通念を相対化していく運動も必要で重要だろう。声を上げていくしかない。
初出:『市民の意見』(市民の意見30の会・東京、no.216, 2026/08/01)
