皇室情報の検証―〈象徴天皇教〉と憲法をめぐる問答㉗ 一夫一妻多妾制の伝統が支えた「一系」について考える ~「皇室典範」改「正」問題から視えてくるもの~

   天野恵一

--高市政権の皇室典範「改正」プランも国会で検討の段階に入って、いろんな週刊誌だけでなく、新聞を含め、大量に情報が氾濫しだしていて、フォローが大変で、少々気の毒だったけど、私も週刊誌ぐらいはかなり読んできましたから、今回こそ、このテーマでいってください。

天野 ハイハイ。本当に、新しい論点なんてないんだけど、そうしましょう。

--話が、アッチャコッチャしないように、情報が多すぎるから、まず政府の方針の確認からいきましょう。私の、新聞報道の紹介から。政府案は7月10日に衆院を通過したわけだけど、この時の新聞報道で、まず基本的論点を確認しますね。7月11日の『読売新聞』の一面トップから引きますね。反対は共産党とれいわ新選組だけ、自民党と維新、国民民主、参政党は始めから賛成、中道改革連合も保留から賛成に回って、という流れ。
「改正案は、①皇族以外と結婚した女性皇族が結婚後も身分を保持する、②戦後に皇室を離れた旧11宮家の男系男子を養子として皇室に迎える――ことを可能にするものだ。与野党協議を経て、衆参両院の正副議長が取りまとめた『立法府の総意』に基づき政府が法制化した。/改正案は、本会議に先立って衆院議院運営委で審議が行なわれた。木原官房長官が『皇族数が減少している現状に鑑(かんが)み、皇族数の確保のための措置を講じるものだ』と趣旨を説明した。/中道改革の笠浩史氏は、養子自身は皇位継承資格を持たないものの、養子に生まれた男子は資格を持つとした点について、『「立法府の総意」の枠を超えている内容が残ったことは誠に遺憾だ』などと述べた。中道改革は、皇位継承資格の付与の是非について検討すると明記するよう求めていたが、衆院法制局から同趣旨の答弁を引き出したとして法案に賛成した。同党内には不満が残り、本会議の採決では4人が退席した」。この面の解説のタイトルは、「皇室と国民の一体感損なう」です。

天野 『東京新聞』(7/11)のタイトルは、「疑問山積 国民の総意遠く」ですね。マスコミは、『産経新聞』や右派雑誌『正論』などを除いて、ほぼ同じ批判的トーン一色です。とんでもない国家主義的立法を続けているこの政権への、一時代前ならあって当然のマスコミの正面からの大批判は、この問題だけですね。この点に、こうした「批判」の問題が象徴されていると思う。

--アッ、もう少し待って、国会の審議がまったく不足しているという批判だけでなく、マスコミ主流の法案そのものへの具体的批判点を、もう少し確認しておいた方が。『読売』のこの日の社説。タイトルは「根幹支える質疑が3時間とは」です。

 「養子に生まれた男子が皇位継承資格を持つ規定が論点となった。衆参両院正副議長がまとめた『立法府の総意』は、養子の子の身分に触れていなかったからだ。/一部の党が『国民を愚(ぐ)弄(ろう)するやり方だ』と批判した以外、野党から養子制度の問題点への追及がなかったことは疑問だ。木原官房長官は『総意』が養子の子の身分に言及していないため『男系男子が皇位を継承する』という現行法規定により継承資格を持つ、との見解を繰り返した。
だが、皇室典範が禁じる養子制度を導入し、象徴天皇制の根幹を変える重大な改正なのに、その子にだけは現行法規定を適用するとの理屈は詭(き)弁(べん)にすぎない。/改正案は、『男系男子による継承の維持が目的か』と聞かれたのに対し、木原氏は『皇族数の確保』だと、通り一遍の答弁を繰り返した。改正案が、旧宮家の系統による皇位継承に道を開くことを、明言は避けながら事実上認めた形だ」。

天野 本当のねらいを隠して、ダマシ討ちの手法で、女性(系)天皇の方にいかないように、急いで成立させたことは間違いない。いかにも高市政権らしい手法ですね。でもね、戦前の「皇室典範」だって養子制度は禁じていたんで、戦後の象徴天皇制に限定されるような問題でなくて、近代天皇制の大原則の変更、かつての右翼の言い方を借りれば「国体破壊」の許されない暴挙のはずですよ(笑)。

--アッそうか。ヘンテコな話ですね。

天野 「第四十二条 皇族ハ養子ヲ為スコトヲ得ス」とキチンとありますよ。まずい奴が入って、天皇支配が混乱することを避けたかったんでしょうね。「国体破壊」の原因!

--とすると、右派が、こぞってこの案を強く支持しているのは少し変ですね。

天野 政府もそうだけど、男の子が不足してつなげなくなる不安が先に立って、自己矛盾なんかどうでもいいところに落ち込んでいるんでしょうね。元々、あまり論理的な人たちではありませんから。

--ナルホド。それなりに論点、あるじゃない!

天野 イヤ、私が言っているのは、原則的なレベルの論議です。そういう点でいえば、もう一つ。さっき触れた『読売』(7/11)の一面の「皇室と国民の一体感損なう」のタイトルの論説の中に、こういうくだりがありますね。「戦後皇籍離脱した旧11宮家の男系男子を養子で皇族とする制度は、皇室と国民の一体感を損ねるものだ。旧宮家出身でも現在は一般国民で、門地による差別に当たるという批判は根強い」。
同じような主張をしているテレビのコメンテーターの話も耳にしましたが、トンデモなく奇妙な主張ですね。だって、世襲の皇室制度︿天皇制﹀があること自体が「門地による差別」を禁じている第十四条などの人権原則の公然たる違反でしょう。この点にまったく触れずに、こんなことを語ることはトンチンカン。 戦後憲法自体が自己矛盾している。天皇制を残すことで、こうした原理的矛盾を抱えこんでしまったんですね。本当の差別問題は天皇制の存在からおきているんですよ。この事実を無視しようとするから論理がおかしなことになっているんです。
だいたい、天皇家の一夫多妻制がこの「一系」の神話の前提なんですよ。「妾」制度が支えてきたことは公然たる秘密でしょう。明治天皇だって大正天皇だって、いわゆる正妻の子なんかじゃない。

--ハイ、それは私なんかでも知っている事実ですよね。

天野 だいたい、実在が確認されている歴代の天皇の半分近くがそのようです。長い天皇家の歴史の伝統は、「一夫多妻」。それも、とんでもない「多妻」。本当にその事実を調査し、キチンと発表できたのは、もちろん、戦後です。
大量の資料を集めて読み抜くという集団的作業を、個人名のルポルタージュとしてまとめるという方法のパイオニアであった大宅壮一さんの、戦後初めての書下ろしである『実録・天皇記』がそれです。ここで1回すでに紹介していますけど、私がここに持ってきているのは「角川文庫」で一九七五年に刊行されたものですが、最初は1952年(12/25)に鱒書房という出版社で刊行されているようです。それは、こんなふうに書き出されています。

 「皇室の一番大きな使命は、皇室そのものを存続させることである。その皇室の中核体をなしているのは天皇である。“神代”から伝わっている“血”を後世に伝える生きたバトンである。聖火である。この火はどんなことがあっても消されないよう守り続けねばならぬ。これが皇室の中のすべての組織、制度、施設の中に一貫している思想であることはいうまでもない。/そのためにもっとも大切なのは、“血”のにない手である天皇、ついで、その血を次代に伝える器としての女である。男女間の“愛情”などというものは“血”を伝えるという至上目的から見れば、まったく第二義的、付随的なものとなる」。(傍線引用者)

 「血のリレー」という世襲原理が必然化する、それ自体が非人間的なものなのです。

--武士社会の将軍の、女の人が入れなかった「大奥」と同じことなんですね。

天野 将軍も世襲だったから同じですね。大宅も、この本の中でよりリアルにそのことに触れています。明治維新の後、皇居が江戸城に移されたわけですから、空間的にダブってきたわけですね。「血のリレー」に都合のいい組織づくりは似てくる、と、ここで論じてますね。そこでは、遊郭と相通じる点も多いとも。
本当のところを、かなり具体的に切り込んだ、貴重な仕事です。今こそ広く読まれるべきだと思いますね。

--わかりました。今度こそ読みます(笑)。

天野 もう一点、大宅も「“神代”から伝わっている血」とキチンと書いていますが、万世一系の「国体」というのは歴史的実在など、まったく確認しようのない、「神話」の中の神々からのつながりの表現で、それ自体、大嘘です。かつて、それが日本を支配した事実なんて関係のない政治主張なんです。最初の神武から9代の開化までの天皇は、まったく架空の存在である事実は、誰でも知っていることでしょう。史実が明らかにできない「政治的伝承」として語り継がれてきた神々も、その後にも何人もいるようですよ。
ここには神々の一族である天皇家というまったく歴史的根拠のない政治イデオロギーが十分に生きているんですね。だから、こんな論議の内側でアーダコーダと論ずるのはゴメンだ!という気分。

--ゴチャゴチャ言っている根拠は少しわかりました(笑)。でも、だったら、もっと原則的な批判をより具体的に。「多妻」、お妾さん制度が天皇・皇室制度の本質的な構成要素だったのなら、なぜそれをアッサリやめちゃったの。

天野 ウン、敗戦占領、キリスト教文化の占領下で、あんまりにも恥ずかしかったんじゃないの。それに敗戦時、男系はまったく不足していなかったから、今日のようになることは、よく予想できなかったってこともあるかもしれない。でも一夫多妻制度下の大量な男子の生産で、「一系」は守られてきたわけだから、ウカツだよね。ただね、明治の「皇室典範」体制下でも、それはあまり露骨に視えないように、支配者たちはずいぶん気を使ってきたようですよ。
近代立憲国家となって欧米先進国に認められるという目標で、日本の政治支配者たちは走ったわけだから、あんまりハッキリ見せられる制度ではないことに、「明治」以来、十分に自覚的だったようです。この点は奥平康弘さんの『「萬世一系」の研究』(2005年・岩波書店)が、やはり、本当にリアルに整理してますね。

--天野さん、また読み直していたみたいだけど、少し、具体的に示してください。

天野 ウン、読み直してみて、あらためてハッキリ教えられたんだけど、「一般に一夫多妻制と呼ばれる」この制度が必然化する「庶子の天皇」の位置づけをめぐる法務官僚からの論議が、詳細に検証されてますね。井上毅の主張について、以下のごとく論じています。

 「明治天皇と遡って言えば一一五代桜町天皇以降、桃園、後桜町、後桃園、光格、仁孝、考明、明治八代、連続すべてこれ、正妻の子ではなくて、側室の子であった。明治を降って大正に及んでもなお、側室の子というレコードが九代続くことになるのである。/当時にあっておよそ皇位継承の順序・範域に関心を持つ者のあいだでは側室による継承男子の調達は、公知の事実、あるいは少なくとも暗黙の前提であったであろう。それならなぜ、井上は『従来の皇胤ヲ繁栄ナラサムル』方法を挙げるにさいして、直載に側室の庶子の組み入れ方式を明言せず『他の種々の方法』という、ぼかしをかけた言い方をしたのだろうか」。

実際「一夫一妻多妾制」にガードされて男の世継ぎがナイなどという不安はまったくなかったのだけれど、欧米を意識して皇室典範に明文規定しなければならないことになってきたため、かなり戸惑いだしてきたということらしい。そのプロセスを奥平は追いかけながら、官僚のトップバッター伊藤博文自身は、大量のお妾さんがいたことで有名な人物であったが、この井上自身は、どうであったかも気になり、読み進んでいた私も、その点がとても気になっていたんですが、この後、やはり彼にもお妾さんがいたことを、ここで確認していますね。

--ええ、そうでしたね。

天野 「第四条 皇子孫ノ皇位ヲ継承スルハ嫡出ヲ先ニス皇庶子孫ノ皇位継承スルハ皇庶子孫在ラサルトキニ限ル」。
こういう皇室典範の条文に落ち着いたわけですね。「庶子」継承やむを得ない時、そうするという消極規定ですね。
こういう流れから考えても、今政府の男系天皇主義を批判し、女性(系)天皇を可能にすればよいではないかという声が大きくマスコミに組織されているわけですが、私は、こんな愚かな天皇制は、もうやめるべきだという、あたりまえの声がどうしてこんなに少ないのか、本当に不思議ですね。

--イヤにおとなしいですね。

天野 イヤー、時代も、マスコミもヒドすぎますよ。原則的に言っておかなければと思っていた論点は以上です。

--ハイ、わかりました。次回に、私の方も頭を整理して、質問したいと思います。オツカレサマ。

*初出:『市民の意見』市民の意見30の会・東京発行、no.216, 2026.08.01

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