天野恵一
刊行されたのは2020年(11月)だから、書評の対象としては少し古い本だが、友人に知らされるまで気づかずにいて、つい最近、手に入れ読了したばかりである。予想通り、飛び抜けて奇妙で、よくできた本であったので、ここに紹介する。
著者は憲法学者の江橋崇である。「予想通り」と言ったのは、彼の書いたもう一冊の本『「官」の憲法と「民」の憲法 国民投票と市民主権』(信山社、2006年)の方を読んでいたからである。この本の存在は、加藤典洋の最後の仕事であった『9条入門』(創元社、2019年)のなかで知った。加藤は、戦後憲法学の最高権威・宮沢俊義(あの「八月革命」説の言い出しっぺ)が、GHQ支配下で、カメレオンのごとく理論を変化させた、とんでもない時流便乗ぶりを示すネタ本として、この『「官」の憲法と「民」の憲法』をフル活用していたのである。
宮沢俊義のGHQ支配下での時流便乗は、私もずっと気になっていた問題だったのですぐに手にした。この問題は今回の『お誕生』の方でもしっかりふれられている。
ここでは、私が強く共感した「占領」を「革命」とすり替えるGHQ(マッカーサー)好みの「八月革命」論と名づけることを宮沢に助言した政治学者丸山眞男を批判したくだりを引用しておく。
「一般に、一国の憲法が根本的に変更される原因は、国内における革命か、国際社会からの圧力かである。オーストリアの憲法学者、ハンス・ケルゼンはこれを、『根本規範の変動』と呼び、それは昭和前期から日本の憲法研究者の間で、変動の認識枠組みとして広く受容されていた。この理論からすれば、『大日本帝國憲法』から『日本國憲法』への変動は、百パーセントGHQの外圧による『根本規範変動』であったのだが、そのGHQが、自身が抜本的な憲法改正を命じたという事実の厳密な秘匿を命じていたのでそうはいえない。そこで、この大変動は国内での革命による『根本規範変動』と説明しなければならないのであるが、日本では、ケルゼンがいったような政治社会的な市民革命は起きていない。つい数日前まで、小規模な改正でよしとされていた。そこに起きたちゃぶ台返しのような改憲案の提示である。/法的革命説というのは都合のいい理屈で、実社会では革命は起きていないのに、法的には革命が起きていることになり、『大日本帝國憲法』の抜本的改正は、それに由来するものであり、決して外圧によるものではない。このように説明すると、GHQの命令であることを隠匿してあたかも日本人民の自発的な憲法改正であると説明せよというGHQの厳命に応じるのにとても好都合な理屈であることがわかる。研究会の席で初めてこのGHQ草案の存在を知らされ、直ちに、GHQにも日本側にも好都合な法的革命説を思いついた丸山は、やはり頭のいい研究者であったと思う。/『八・一五革命説』にはもう一つ機能があった。これに同調すれば、自分たちが平和と国民主権を実現したのだという偽史を体内に取りこみ、戦争を支持して加担してきた戦争中の立ち位置から平和愛好国民へと変身した過去を美しく自己欺瞞することができた。戦争中に何をしていたにせよ、八月一五日に国民主権と平和主義確立の法的な革命を成し遂げたのだからその罪は許され、改心がなされたのだから戦時下の言動はすべて封印されて忘却され、戦後の自分は新生者であって転向者という『前科者』に近い語感の後暗いレッテルを貼られることもない。日本国憲法は、それを信じる者に、戦時下の戦争協力の過去を黙殺し、その罪を許す免罪の文書となった」(pp.167-168)。
おそらくこれは「八月革命」という「戦後民主主義」イデオロギーの中心に置かれた政治神話を最も鋭く批判的に抉った文章だと思う。
さて、本書のメインテーマ、日本国憲法の「お誕生」イベントに関連する多種多様なグッズの思想的検証という方へ移ろう。
文部省が発行した「あたらしい憲法のはなし」という新憲法解説の教材については、長い護憲運動の流れの中で、積極的に活用されるべきテキストとしても、あれこれ復刻されたり、新しい本として刊行されてきた(最も新しくは、崇雄勝利編『あたらしい憲法のはなし 他二編』、岩波現代文庫、2013年)。ゆえに私も読み、よく知ってはいた。しかし、この本以外に、新憲法に関連する記念グッズが、あきれるほど多様につくられていたことは、まったく知らなかった。
著者は、実に恐るべき執念でこれらを集め、時代の中に置いて検証している。例えば、「あたらしい憲法のはなし」などの刊行物の発行部数については、役人の公式発表をまったく信用せず、実際のところを探索し、根拠を持って紹介している。
記念切手、カルタ、紙芝居、レコード(盆踊り用)、「君が代に替る国歌案」、アメリカ制の「平和カルタ」、政府発行の「章牌」、メダル、帯留、「菊御紋章付銀杯」「木杯」「記念切符」などなど。写真もふんだんに収められている。
この多種多様な記念品、その全体を貫徹しているのが、天皇制を活用しながら「国民主権」主義を定義させようという、占領軍(マッカーサー)の自己矛盾した占領政策(「日の丸・君が代・元号」を禁止しながら、天皇陛下万歳の大イベントを許容している)と、それにつけ込んで、かつての天皇制に引き寄せて、それを使おうとする日本の政治支配者(官僚)の対立であることを、著者はくっきりと浮かび上がらせている。
それと、戦後、学長・南原繁をトップとして宮沢俊義らによって組織された「東京帝大憲法研究会」の活動を軸にしてうまれた憲法解釈学者たちは、占領軍の「民主化」プランに飛びついたわけだから、占領軍とともに「天皇制」より「国民主権」の方にウェートを置いて日本の政治権力者たちと対峙してきたプロセスがよく読める。
私の関心に引き寄せすぎた紹介(批評)になりすぎたと思うが、とにかく著者の緻密な資料集めとシニカルでクールな分析(批判)が、すこぶる魅力的な快著である。ぜひ一読を。
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江橋 崇 著『日本国憲法のお誕生 — その受容の社会史』、有斐閣、2020年11月、ISBN:978-4-641-22796-5、2,860円(本体2,200円+税)
