土方美雄
最後のヤスクニ・レポート その2
引き続き、拙稿「戦争の出来る国・ニッポンと死せる自衛隊員の合祀、その時、果たして、天皇は靖国神社に参拝するのか」からの、引用です。
戦後70年間、この国は新たな戦没者と遺族を生み出さずにきた。結果として、日常から戦死は遠のき、追悼の担い手は先細る。
祭典の終盤、本殿に進み、玉串を捧げた崇敬者総代のひとりは、自衛隊の統合幕僚会議議長(現・統合幕僚長)を務めた寺島泰三(81)だった。自衛隊制服組の元トップから、初めて選ばれた総代だ」「かつて旧陸海軍の管轄下にあった靖国は敗戦後、国から分離され、遺族や学識者ら計一〇人の総代が運営に携わってきた」、その総代の職を、寺島は前任者だった元陸軍将校の経済人の死去に伴い、受け継いだのだという。
西本は、さらに、こう続ける。
「総代だけではない。元陸軍将校らで組織する団体、偕行社の理事長にも元陸上幕僚長の志摩篤(80)が4年前に就任している。」「志摩は防衛大学校を1957年に卒業した一期生だ。戦争放棄を掲げた新憲法下の自衛隊にとって、『軍』や『戦死』という言葉はタブーだった」「だが、国防を担う身として、『我々しか戦没者の慰霊を受け継げない』と語る」「陸幕長だった90年代始めが自衛隊の転機だった。湾岸戦争後、掃海艇がペルシャ湾に派遣され、国会でPKO法案の審議が進んだ。その後、イラクへも派遣。集団的自衛権の行使も可能とされ、『今後は「覚悟」が必要になる』とみる」
その志摩の後輩である防衛大生は、毎年、「有志による私的行事」として、制服姿で、靖国神社に集団参拝(今年は400人規模)し、祈りを捧げているという。
「遠ざかっていた『戦死』が再びリアルに感じられる時代に自衛隊やOBが靖国との期よりを縮めている」と、西本は書く。
今日の、靖国神社の、いわば事実上の「地方分社」としての各地の護国神社では、もちろん、すべての護国神社でではないものの、殉職自衛官の合祀も、柔軟に実施されるようになってきているが、「護国神社とは異なり、靖国神社は殉職自衛官を合祀してこなかった。例外はあるが『戦死』『戦病死』が合祀の対象」だからである。
では、現在、殉職した自衛隊員は、一体ねどこに祀られているのか。その答えは、防衛省の市ヶ谷駐屯地内にある、通称「メモリーゾーン」(慰霊碑地区)に……である。
メモリーゾーンとは、筆者は未見であるが、富士山をかたどった自衛隊員の殉職者慰霊碑を核に、旧日本軍関連の慰霊碑や、かつて、陸軍予備士官学校内に建っていた雄健神社等が、それぞれ、元の場所から移築され、立ち並んでいる場所だそうで、一応、憲法の政教分離原則に配慮して、その管理・運営はあくまで、全額「寄付」によってまかなわれていることに、なっている。
先の西本記者は、こうした現実を踏まえ、次のように書く。
「現在の形にメモリアルゾーンを整備したのは、イラク派遣を控えた2003年秋。拡充はされたが、参列した幕僚長経験者は、『隊員が戦闘で亡くなったとき、事故死と同じここでいいのか』と疑問を感じてきた。防衛省の敷地内にあり、人々が自由に訪問できないのが理由のひとつだ。」「『自衛隊に大事なのは「名誉」です。それさえあれば頑張れる』。陸上自衛隊のイラク復興業務支援隊長だった参院議員の佐藤正久(54)は、イラクで『万が一』を覚悟した経験を振り返り、(メモリアルゾーンではなく、靖国神社への)合祀実現を訴えた。」
長々と、同記事を引用してきたが、最悪の安倍政権の登場で、集団的自衛権の行使容認と、その法的整備が進み、西本のいうように「遠ざかっていた『戦死』が再びリアルに感じられる時代」になり、自衛隊と靖国の距離が、確実に、縮まってきている。そうした時代の靖国問題について、与えられた誌面の制約の範囲内で、以下、考えていくことにする。
靖国神社とは何か〜その血塗られた歴史
筆者は1985年、友人である 高橋寿臣の尽力もあって、社会評論社から『靖国神社 国家神道は甦るか』という、初めての自著を、上梓した。この本が出た年の8月15日に、中曽根首相によって、靖国神社への戦後初の「公式参拝」が強行され、それが近隣諸国の大きな反発を生むことになるのであるが、時の自民党政権による「公式参拝実現」に向けた地ならしが着々と進む中で、反対運動の隊伍につきながら、時に触れ、筆者が、各誌に書き継いできた靖国レポートを、一冊にまとめて緊急出版することにも、なにがしかの意味はあるのではないかと、そう考えたのだが、今考えれば、しごく当然のことだが、出版社サイドからは、それけだけでは弱いので、靖国神社の歴史や、戦後の、その公的復権に向けての動きについて、キチンと概観できるような本にすることが、求められた。
一介の反靖国運動の、しかも、かなり遅咲きの担い手に過ぎぬ筆者にとって、それはいかにも重い課題ではあったが、宗教学者である村上重良の名著『慰霊と招魂~靖国の思想』(岩波新書)や、新教出版や日本基督教団出版局等から出ていた、敬愛する戸村政博牧師の、一連の著作等を参照しつつ、また、その対極にある、靖国推進派の本(なかでも、葦津珍彦の著作には、実際、いろいろ、教えられることが多かった)も、可能な限り、速攻で読んで、「兵は拙速を尊ぶ」とうそぶきつつ、文字通り、四苦八苦して、何とか、まとめた。今、改めて、読み返すと、いかにも冷や汗ものだが、それでも、少なくとも私的には、いい勉強になった。
もちろん、今の読者は、前述の村上や戸村の著作に加え、その他、大江志乃夫、田中伸尚、辻子実、高橋哲哉、赤澤史朗等々の優れた著作が、相次いで出版されており、それらの内の何冊かをチョイスして、読んでいただければ、いいのである。
(以下、続く)
