反靖国〜その過去・現在・未来〜(41)

土方美雄

中曽根首相による「靖国公式参拝」への道 その13

以下は、拙稿『検証国家儀礼』の第3章「『大喪』『即位の礼・大嘗祭』の〈世俗化〉と〈神道化〉」の冒頭、「はじめに」からの引用の、続き。

しかし、閣僚や国会議員等の集団参拝は以降も続いており、参加者はむしろ年々増加の傾向にある。さらに、中曽根の公式参拝を境にして、一連の靖国違憲訴訟において公式参拝を「合憲」とする判決が相次ぐなど、首相の公式参拝の見送りを隠れ蓑に、靖国神社と政府(国家)の公然たる結合は国内的にはむしろ強まっているというのが実態である。しかし、国内的には通る論理が、そのまま国際的に通るはずもないことぐらいは、中曽根首相にしても、その後の歴代首相にしてもわきまえてはいるのである。

私は、靖国神社は天皇制の最も侵略的で暗黒的な側面を体現していると考えている。それは日本がかつてアジアの国々に次々と神社をつくり、その国の植民地支配と皇民化教育のイデオロギー的支柱にしてきた歴史から考えて、どうしてもアジアの民衆の批判を真っ向から受けざるを得ない性格のものである。それを十分に承知しながら、あえて強行突破しようとする勢力と、やはり今日の「国際国家日本」に見合ったかたちでの対応を考えている部分との、いわば支配者内部での対立があり、ひとまずの後者優勢の決着をみたということであろう。

かくして、「公式参拝は合憲」としつつも、しかし、「近隣諸国への配慮」で、首相の公式参拝は差し控えるという路線が、以降、今日まで、基本的に踏襲されることになった。小泉首相や安倍首相等によって、首相の靖国神社への参拝が強行されることは、その後、何度か、あったものの、その参拝を「公式参拝」であると、明言した首相は、中曽根首相以外、今日まで誰一人として、いないのである。

こうした情況に関し、戸村政博さんは、次のように記している。

しかし、また一方でこう問い直すことも忘れてはならない。靖国は、ほんとうに「八方ふさがり」なのであろうかと。本章(『検証国家儀礼』第二章「靖国問題の〈非宗教化〉と〈宗教化〉」) では靖国の流れを〈非宗教化〉のパラドックスという視点から読もうとした。公式参拝は「宗教色」を薄めて、最後のハードルを越えた。しかし、騎手の姿はそこになかった。この奇妙な風景を補うかのように、閣僚が総理に代わり、国会議員が閣僚と並んで靖国神社への大量参拝が続けられている。たとえ、中国を始めとするアジアの靖国批判が続いても、A級戦犯合祀の現状に変わりがなかろうと、あるいは国内の靖国世論がどうあろうと、かれらは集団参拝を止めないであろう。「公式参拝」問題も、首相だけはアジア向けに「謹慎」を守り続けている。しかし、番頭たちの「代拝」は続いている。これが「八方ふさがり」の実態ではないだろうか。

小泉首相や安倍首相による靖国参拝強行に関しては、靖国参拝違憲訴訟が提起され、私も原告の一人として、その隊伍に加わった。その経緯と争点、決着等に関しては、膨大な訴訟記録にまとめられているので、大変、申し訳ないが、そちらを参照していただきたい。靖国問題研究会なき後、私は反天皇制運動連絡会に参加し、活動したが、やがて、その反天連もやめ、反靖国・反天皇制の闘いの最前線から、次第に、距離を置くことになった。これ以降の闘いの記述者として、私は適任ではないと思うからである。

最後のヤスクニ・レポート(2015年8月)

私が書いた最後のヤスクニ・レポートは、2015年8月刊の、私も編集委員をつとめる、『リプレーザ』第2期第8号(発売元 社会評論社)に書いた、「戦争の出来る国・ニッポンと死せる自衛隊員の合祀、その時、果たして、天皇は靖国神社に参拝するのか」である。

それまで、私は靖国問題に関し、思うところがあって、一切、何の原稿も書いてこなかった。本号は、『リプレーザ』第2期の最終号であり、その後、第3期が果たして、続刊できるか、どうか、まったくのところ、不明だった(実際には、第3期は出せた)。なので、書くのであれば、おそらく、これが最後のチャンスだと思い、思い切って、書くことにしたのである。

以下に、転載する。

今年の2月18日の『朝日新聞』一面に、「近づく靖国と自衛官」という、注目すべき記事が、掲載された。取材したのは、同社大阪社会部の西本秀記者である。

その記事の冒頭、西本は次のように、書き始める。

「東京・九段の靖国神社で昨秋、催された例大祭。老いを重ねた男女が集う拝殿に、神社の危機感を訴えるアナウンスが流れた。

『ご遺族の高齢化が進む昨今、次の世代に英霊の御心を伝えることが喫緊の課題となっております』

以下、続く。

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