桜井大子
衆院選挙が数日後に迫っている。メディアの予想報道は見たくも聞きたくもない。とはいえ、すでに自民党圧勝の文字があちこちに氾濫している。ネット情報は、選挙も一つの金儲けのネタでしかない政治とは無関係の人々によって操作されまくっているらしく、そういった情報を頼りにする層が大半を占めるらしいこの社会の選挙結果に、何の期待ができるというのだろう、と妙に納得したり…。
予想通りの結果が出ると、ただでさえ暗雲垂れ込めているこの社会のその暗雲は、さらに色濃く分厚くなっていくことは間違いない。ろくでもない社会に竿さし、差し込む光など見つからなくなる。
そう危惧するのは、社会の底辺をうろうろしている私たちだけでなく、この社会のトップに居座る天皇家も同じ思いにかられているに違いない。棚上げどころか、棚ざらし状態が続く皇位継承問題の行方が心配でないはずがない。
いずれにしろ、天皇一族にとっていい解決法はそんなにない。それでも、何とか納得のいく形に収まりたいと思っていることだろう。それは明仁時代からそれとはなく意思表示されてきた女性宮家と女性・女系天皇を容認する方向へと皇室典範を変えていくことだった。いまの政権では到底望めないことだ。
高市首相は衆院解散を表明した記者会見で、「国論を二分するような大胆な政策、改革にも、批判を恐れることなく果敢に挑戦していくためには、どうしても国民の皆様の信任も必要だ」と述べた。この「国論を二分するような大胆な政策」とはいったい何を指すのかと、少なくない疑問の声が上がっている。どうせろくでもないことばかりだと多くの人は気づいているのだが、明確に示されていない。そして自民党圧勝となれば、「国民の信任を受けた」と大手を振って世論無視、議会無視、民主主義無視の横暴が始まるのではないか、との危惧はすでに語られている。
さて、天皇一家も「国論を二分するような大胆な政策改革」の内実については、気になっているはずだ。皇位継承問題もそのなかに含まれていると考えるのが順当であろうから。
もし愛子や佳子が結婚後も皇族として残る場合、その夫と生まれてくる子どもの身分はどうなるのか。そんな状況で結婚しようという相手が果たしているのか。あるいは、皇室離脱した元皇族の子孫との婚姻も考えているらしいが、そんな政略結婚を本当に考えているのか、その場合はその元皇族は皇族の身分を得て宮家をもち、そこに嫁ぐことになるのか、等々。本人も親もいろいろ考えないではいられないはずだし、他の女性皇族とその親も同様であろう。
秋篠宮曰く「皇族は生身の人間」。まったくそのとおり。眞子がそうしたように、「こんなところ一抜けた!」と後に続く者はいないのか?
何はともあれすでに報道されているとおり、とにかく高市政権が推しているのは元皇族養子案だ。昨年の維新との連立が成立した時点で「養子案第一優先」はすでにぶち上げられていた。自民党圧勝となれば、世論も議会も無視する動きは、高市政権以前からすでにそうであったが、目に見えて加速するに違いない。
「天皇制はやめよう」と主張する側にとっては、どちらに転んだとしても良いわけはないが、問題はすこしばかり複雑でややこしい。
元皇族の養子案が通れば、この社会はさらに歪な血統に基づく男系男子主義社会に向かうだろう。そして、皇位継承問題はとりあえず解消されていくのだろうし、女性を認めたくないこの社会の象徴としてはふさわしいのかもしれない。もちろん、これらを容認できるわけもない。
養子案を主張あるいは容認しているのは国会内では多数派だ。だが、世論は完全に二分、少し前ならば圧倒的に女性・女系天皇容認に傾いていた。それでも養子案を押し通すならば、世論無視の政府に対してはそれでいいのかと批判の声を上げなくてはなるまい。また、その問題もさることながら、養子案がはらむ問題自体が大きく、この国の制度として認めるわけにはいかないのだ。この問題については、以前少し触れているのでここではそれを参照してもらうこととし、省略する。
*「皇族確保策」は新たな身分差別をつくりだす(反天ジャーナル2024.05)
とはいえだからといって、そんな案が通されてはかなわないしそれよりは女性・女系天皇容認の方がなんぼかマシ、という話に落ち着くわけにはいかない。
だが、おかしなことに、この2択しか用意されていないし、そのことへの批判もあまり聞こえてこない。養子案も女性皇族の結婚後も皇族の身分を保持するといった案も、今となっては可能性がとても薄い女性宮家容認、女性・女系天皇容認案も、どれもいらないという選択肢はない。それしか選択できない者、皇位継承者はいらない、すなわち天皇制はやめようという選択しかもたない者の存在を認めないし、存在しないことになっているのだ。それこそが天皇制である。
なぜ養子案がダメで、なぜ女性・女系天皇に反対なのか、再度丁寧に主張していかなくてはならない状況であり続けていたかと、少々気が重くなる。
高市と愛子や佳子たちを、一緒くたにするつもりはまったくないが、とにかく、女であっても男であってもダメなものはダメなのだ。
戦争や原発で金儲けし、差別排外主義に凝り固まり、日本の侵略戦争・植民地支配責任をなきものとするような、なされてはならない政策をおし進める政治家は女でも男でもいらないし、侵略戦争と植民地支配の最高責任者であった天皇が、その責任を果たさないまま、いまも世襲で最高権威の地位を得、家制度・家父長制を伝統とする一族が国の制度であってはならないのだ。そのトップに女が着こうが男が着こうが、ダメな制度はダメなのだ。そして天皇制は、基本的人権をないがしろにし、民主主義に反し、悪しき伝統と文化を押し付け、この国の人間社会を歪にする、同時に天皇一族をも歪にする制度である。
早いとここんな制度はやめるしかない。
(2026年2月5日記)
