1958年にフランキー堺が主演、また、2008年には中居正広主演でリメイクされたTVドラマ「私は貝になりたい」は、元陸軍中尉・加藤哲太郎の獄中手記「狂える戦犯死刑囚」の遺書などをもとに橋本忍が脚本を書いている。
2025年8月に刊行された内海愛子著『スガモプリズン--占領下の「異空間」』(岩波新書)で紹介されていて初めて知ったのだが、この戦犯として捉えられ死刑を宣告され胸中を綴った手記「狂える戦犯死刑囚」には、以下のようなことが記されている。
天皇は私を助けてくれなかった。私は天皇陛下の命令として、どんな嫌な命令でも忠実に守ってきた。そして日頃から常に御勅諭の精神を、私の精神としようと努力した。私は一度として、軍務をなまけたことはない。そして曹長になった。天皇陛下よ、なぜ私を助けてくれなかったのですか。きっとあなたは、私たちがどんなに苦しんでいるか、ご存じなかったのでしょう。そうだと信じたいのです。だが、もう、私には何もかも信じられなくなりました。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍べということは、私に死ねということなのですか? 私は殺されます。そのことは、決まりました。私は死ぬまで陛下の命令を守ったわけです。ですから、もう貸し借りはありません。だいたい、あなたからお借りしたものは、支那の最前線でいただいた七、八本の煙草と、野戦病院でもらったお菓子だけでした。ずいぶん高価な煙草でした。私は私の命と、長いあいだの苦しみを払いました。ですから、どんなうまい言葉を使ったって、もうだまされません。あなたとの貸し借りはチョンチョンです。あなたに借りはありません。もし私が、こんど日本人に生まれかわったとしても、決して、あなたの思うとおりにはなりません。
そしてそれに続いて「こんど生まれかわるならば、私は日本人になりたくありません」「どうしても生まれかわらなければならないのなら、私は貝に生まれるつもりです」と締め括られている。
これを著者の内海愛子さんは、「天皇制への決別をはっきり打ち出し、日本に絶望した戦犯の言葉である」としている。
脚本の橋本忍氏がこの手記を読んでいることは明白だが、「私は貝になりたい」のシナリオには反映されていない。1958年当時の状況であれば、天皇制に忖度して触れていないとも考えがたいのだが……。
この天皇制の忠実な信奉者でありそれにより天皇制の犠牲者になった「戦犯」による「天皇制への決別宣言」は、「私は貝になりたい」のドラマよりはるかに記憶に刻まれるべきものだと思う。「どんなうまい言葉を使ったって、もうだまされません」--そう思う心情は、80年を過ぎた今では、すでに雲散霧消してしまっているのだから。(九尾猫)
