【12月1日】
徳仁、愛子◆愛子が24歳の誕生日を迎え、皇居・御所で、徳仁と共に宮内庁長官や次長、侍従長ら側近部局の職員から祝賀を受ける。
明仁、美智子、愛子◆愛子が24歳の誕生日を迎え、明仁、美智子にあいさつするため、東京・元赤坂の赤坂御用地にある仙洞御所を訪問。車で赤坂御用地に入る。仙洞御所に30分ほど滞在し、初の海外「公式訪問」となった11月のラオス訪問についても報告したと報道。
愛子◆24歳の誕生日。宮内庁によると、初めてとなる宮中行事や「公務」、海外「公式訪問」があり、新しい経験を積んだ1年だったと報道。「戦後80年に際して両陛下と共に沖縄、長崎を訪れた。『苦難と努力の歴史、平和の尊さを次の世代に語り継ぎ、平和を守っていこうとする取り組みに心からの敬意を持った』という。」
「公務」◆秋篠宮が11月の誕生日記者会見で、皇族数減少に伴う「公務」の在り方に言及したことについて、宮内庁の黒田武一郎次長が会見で「皇族数の減少は、さまざまな公的活動との関係で課題があると認識している」。現行制度を前提とした場合、「公務」の削減や分担の見直しが「あり得る」との考えを示した上で「今後、本格的に公的な活動を担うことが期待される方もおられる。活動の在り方については、皇室の方々の考えを伺いながら検討していく必要がある」。
【12月2日】
「新年一般参賀」◆宮内庁が、翌年1月2日に皇居で新年一般参賀を開催すると発表。徳仁、雅子は午前と午後の計5回、宮殿・長和殿のベランダに立ち、東庭に集まった「国民」から祝賀を受けると報道。
歴史改ざん◆共同通信が、戦後80年連載企画「向き合う負の歴史・第2部」で「市が『強制』の文字隠す/松代大本営、今も論争」とのタイトルで松代大本営を取り上げる。「太平洋戦争末期、長野市で皇居や政府機関の移転先として建設が進められた広大な地下壕『松代大本営』。この入り口には『延べ三百万人の住民及び朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され』と記された説明看板が立っていた。しかし、看板を管理する長野市は2014年、『強制的に』の部分にテープを貼り、隠した。」
【12月3日】
愛子◆ラオス「公式訪問」を終えたことを報告するため、東京都八王子市にある昭和天皇の武蔵野陵と、香淳皇后の武蔵野東陵を参拝。
華子◆常陸宮の妻華子が、東京・池袋の東京芸術劇場を訪れ、日本肢体不自由児協会が主催する美術展と写真展を鑑賞。協会の総裁は常陸宮が務めているが、高齢を考慮して2023年を最後に出席を控えていると報道。
英王室◆ドイツのシュタインマイヤー大統領が、「国賓」として英国を訪問。ドイツ大統領の「国賓」訪英は27年ぶりで、チャールズ国王がロンドン近郊のウィンザー城で歓迎式典を主催。ウィリアム皇太子夫妻も出席。国王とシュタインマイヤー大統領が一緒に馬車でウィンザー城の敷地や周辺をパレード。
歴史改ざん◆共同通信が、戦後80年連載企画「向き合う負の歴史・第2部」で「慰霊碑に『うそ』の落書き/犠牲2万人と誇張表現も」とのタイトルで、福岡県大牟田市の「徴用犠牲者慰霊碑」を取り上げる。「韓国式に石亀の上に立つ『徴用犠牲者慰霊碑』は、福岡県大牟田市の丘の上で存在感を放つ。戦時中、三井三池炭鉱に動員された朝鮮人を追悼するものだ。被害を受けたのは2015年。隣にある説明碑に、黒い塗料が吹き付けられ『うそ!』と落書きされ、旭日旗のシールが貼られた。」「歴史修正主義は、否定だけでなく、被害の誇張という現れ方もある。(略)田川市の法光寺にある『朝鮮人炭坑殉難者之碑・寂光』。事故や病気による犠牲者を悼む碑文には『強制労働と劣悪な環境の中で約2万人が坑内事故や病気で亡くなられました』とある。しかし、動員の歴史を調べ語り継ぐ在日韓国人2世の朴康秀さん(61)は、2万人を『あまりにも誇大』と指摘する。」
大東亜戦争美術展覧会◆1942年の当日、「国民」の戦意高揚を図る第1回大東亜戦争美術展覧会が東京府美術館で始まる。主催は朝日新聞社で、陸軍省と海軍省が後援して「皇軍将兵の活躍と労苦を美術を通じて銃後に伝える」と開催趣旨を説明し、藤田嗣治らが出品したと報道。
【12月5日】
秋篠宮◆横浜市のホテルで開かれた「第24回種保存会議」に出席。主催する日本動物園水族館協会の総裁を務めていると報道。これに先立ち、よこはま動物園ズーラシアを訪れる。
佐渡金山追悼式◆韓国の李赫・駐日大使が、東京都内の日本記者クラブで記者会見。新潟県佐渡市の世界文化遺産「佐渡島の金山」を巡り、韓国側が2年連続で日本側の労働者追悼式に出席せず独自で式典を開いたことについて「日本がもっと進んだ案を出すことが大事だ」。
【12月6日】
徳仁◆東京都新宿区のホテルで開かれた日本山岳会の創立120周年記念式典に出席。夕食会に参加。式典に先立ち、若手登山家がヒマラヤを目指すプロジェクトや、全国の山岳古道に関する調査など記念事業を紹介する展示を見て回る。
明仁訪英◆当時天皇だった明仁が1998年に即位後初めて「国賓」訪英し、パレードなどで旧日本軍の元英捕虜たちから激しい抗議行動を受けた際の対応に関し、当時の英政府側が明仁の示した「理解と共感」の態度が両国関係に融和をもたらしたと高く評価していたと、機密解除された英公文書で判明したと報道。「デービッド・ライト駐日大使が98年の天皇訪英を総括し英外務省に送った報告書によると、歓迎式典パレードで陛下とエリザベス女王(2022年死去)がロンドンのバッキンガム宮殿近くの大通りを馬車で行進中、元捕虜たちは馬車に背を向けて『帰れ』などとやじを飛ばし、日本国旗が燃やされた。(略)報告書は『排外主義的』『人種差別的』だったにもかかわらず、陛下は『無視したり、建物や車の中に逃げ込んだりせず、向き合った』と説明。『元捕虜らの感情に理解と共感を示す意図があった』とし、この態度が『王室と皇室の絆を強めた』と分析した。」
「高松宮世界文化賞」◆米メディアによると、フランク・ゲーリー(建築家)が5日、西部カリフォルニア州サンタモニカの自宅で死去したと報道。「奇抜なデザインで知られ、脱構築主義の先駆者と言われた米現代建築の巨匠だった。97年に開館したスペイン北部ビルバオのグッゲンハイム美術館などを設計した。(略)92年には高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した。」
「日の君」◆共同通信が、戦後80年連載企画「向き合う負の歴史・第2部」で「『国歌斉唱、私には暴力』/良心に従いあらがう」とのタイトルで、「日の丸・君が代」処分問題を取り上げる。「入学式や卒業式で国歌斉唱時に起立しなかった教職員に対し、東京都教育委員会が出した戒告や減給の処分は、延べ481件に上る。12回の処分を受け、都を相手取って処分取り消し訴訟を起こしている都立特別支援学校の教諭田中聡史さん(56)は話す。『侵略のシンボルに向かって歌えという命令は暴力的だ。私にとって、平和に生きる権利を否定し民族差別を肯定する行為になる』」
【12月8日】
「真珠湾攻撃」◆日本軍による米ハワイの真珠湾攻撃から84年となったとして、湾に面した公園で戦死者を追悼する記念式典が営まれる。退役米軍人や市民に加え、「終戦80年」に合わせ訪米している長崎の被爆者団体代表団が参列。米海軍などが主催し、約3千人が出席。主催者によると、米側で存命しているのは12人で参列した人はいなかったと報道。
長生炭鉱◆韓国の禹元植・国会議長が国会内で水嶋光一・駐韓国大使と会談し、戦時中の水没事故で朝鮮人を含む183人が犠牲になった山口県宇部市の海底炭鉱「長生炭鉱」での遺骨収集を巡り、日本政府の協力を呼びかける。近く訪日し、衆参両院議長や日本の指導者らと「韓日関係の未来志向的な発展を率直に議論したい」との意向を伝える。
【12月9日】
天皇、皇族◆雅子が62歳の誕生日を迎えたとして、徳仁と共に皇居・宮殿で祝賀行事に臨む。秋篠宮一家ら皇族のほか、高市早苗首相ら三権の長や閣僚、宮内庁長官らから「祝い」を受ける。徳仁、雅子が明仁、美智子にあいさつするため、東京・元赤坂の赤坂御用地にある仙洞御所を訪れる。皇居・御所に戻り、愛子が加わって侍従長ら側近部局の職員から「祝賀」を受ける。
雅子◆62歳の誕生日。宮内庁を通じて感想を公表し、「戦後80年」の戦没者慰霊として徳仁と共に戦禍の地を巡ったことに触れ「先の大戦において、わが国を含む世界の各地で多くの尊い命が失われたことに思いを致しながら過ごしてきました。それぞれの地で亡くなられた方々に心から哀悼の意をささげました」とつづったと報道。
秋篠宮、紀子、佳子、悠仁◆東京・赤坂御用地にある宮邸で、聴覚障害者の国際スポーツ大会「東京デフリンピック」で金メダルを獲得した日本選手12人と「懇談」。
華子◆宮内庁が、常陸宮の妻華子が左目の後発白内障の手術を受けるため、日本赤十字医療センター(東京都渋谷区)に10日から入院すると発表。
「皇后誕生日祝賀」◆高市早苗首相が、皇居で行われた「皇后誕生日祝賀」に出席。
「真珠湾攻撃」◆旧日本軍による米ハワイの真珠湾攻撃から84年となったとして、日米合同の追悼式典が湾内のフォード島で開かれる。日本の長徳英晶・駐ホノルル総領事があいさつで「かつて敵対していた日米は、自由で開かれたインド太平洋の中核を担うパートナーとなった」。
【12月10日】
ソクーロフ◆昭和天皇を題材にした映画「太陽」などで知られるロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督が、多くの映画や文学が理由の説明なしに発表を禁じられていると主張。政府による「外国の代理人」(外国スパイと同義)への指定を通じた排除は「人を辱め、発展を阻む間違った判断だ」と批判。プーチン大統領が出席する人権関連の評議会で訴える。プーチン大統領が「外国の代理人」について「(指定されても)罰則はなく、政府が求めているのは資金源を明示することだけで恐れる必要はない」。
【12月11日】
「五箇条の御誓文」◆共同通信が、「子ども歴史企画『どうぞう! 見て知って』」で「龍馬の思いを新政府へ/『御誓文』の原案書く」と題し、由利公正を取り上げる。「江戸幕府が天皇に政権を返した1867年の『大政奉還』で幕府はなくなり、『王政復古の大号令』が発せられて明治新政府が成立しました。/続いて新政府は『万機公論に決すべし(政治は世論に従って決めるべき)』で有名な基本方針『五箇条の御誓文』を発表しました。この原案を書いたのが福井藩出身の由利公正。幕末のヒーロー、坂本龍馬とは夜中まで語り合った仲でした。」
「日本史」◆共同通信が、特集企画「日本史この1年」で「『仁徳陵』の副葬品確認/通説見直す旧石器成果も」と題したリード記事を配信。「大山古墳(仁徳天皇陵)の副葬品や、4万年超前の石器―。2025年は、巨大古墳の実態解明や、旧石器研究の通説見直しにつながる大きな成果が注目を集めた。戦後80年の節目で、広島市の原爆ドームが国の特別史跡に指定された。」
古墳◆共同通信が、特集企画「日本史この1年」で「金メッキさやのナイフ/ユーラシア交流示す銅鏡も」と題し、「国内最大の前方後円墳で、宮内庁が仁徳天皇陵とする堺市の大山古墳を巡って大きな発見があった。堺市や国学院大などが、副葬品として金メッキのさやに入った鉄製ナイフ『金銅装刀子』や甲冑の破片を確認した」と配信。「宮内庁が応神天皇陵とする大阪府羽曳野市の誉田御廟山古墳では、戦前に前方部から巨大な竪穴式石室が見つかり、旧宮内省が調査していたことが判明した。」
「飛鳥―平安」◆共同通信が、特集企画「日本史この1年」で「飛鳥宮の『正殿』規模確定/藤原宮の中心部でも成果」と題し、「奈良県明日香村の飛鳥宮跡の発掘で、7世紀後半の斉明・天智天皇の後飛鳥岡本宮や、天武・持統天皇の飛鳥浄御原宮の時期に当たる『正殿』の規模が確定した。(略)奈良県橿原市の藤原宮跡では、天皇が政務や儀式を行った『大極殿』がある中心部『大極殿院』の東西幅が約117メートルと分かった。」
「鎌倉―安土桃山」◆共同通信が、特集企画「日本史この1年」で「『本能寺』翌日の秀吉書状/松本城大天守の年代判明」と題し、「豊臣秀吉に関連する新発見が相次いだ。織田信長が明智光秀に討たれた本能寺の変(1582年6月2日)の翌日付で記された秀吉の誓約状が見つかった。毛利氏の縁戚が織田側に寝返ったことへの見返りを約束する内容。調査した専門家は『誓約状の作成時、秀吉は信長の死を知らなかった可能性が高く、政治的動向が分かる史料』」と配信。「天皇家の御寺として知られる京都市の泉涌寺からは、境内の開山堂の修理に伴う発掘で人骨が見つかった。鎌倉時代の僧侶で、寺の開祖・俊芿の遺骨の可能性が高い。/室町幕府3代将軍の足利義満が、石清水八幡宮(京都府八幡市)の要職人事を任命したことを示す古文書が見つかった。朝廷が持つ八幡宮の人事権に将軍家が介入していたとする史料はあったが、義満の関わりが明確になるのは初めて。」
「江戸時代以降」◆共同通信が、特集企画「日本史この1年」で「原爆ドーム特別史跡に/『坊っちゃん』自筆原稿」と題し、「旧松山藩主久松家の子孫らで構成される『久松常盤会』と愛媛県は、同家に伝わる歴史資料の調査がおおむね終了し、松山城三の丸を立体的に表現した絵図や徳川家康らの書状など、約1万6千点が発見されたと発表した」と配信。「宮内庁は、昭和天皇の后、香淳皇后の97年の生涯を記した『香淳皇后実録』を公開した。計3828ページで昭和史を考える上で貴重な史料となる。」
東御苑◆皇居・東御苑の総入園者数が、1968年の開園から4千万人に到達し、4千万人目に、宮内庁の古賀浩史・管理部長から記念品として徳仁、雅子のDVDや皇居の絵はがき、東御苑のガイドブックが贈られる。「宮内庁によると、年間入園者数は新型コロナウイルス禍前の水準に戻り、今年は10日時点で約207万人に上る。インバウンド(訪日客)の増加が顕著で、昨年から外国人比率が5割を超えている。」
「福島県復興祈念公園」◆福島県が、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で被災した同県双葉町と浪江町にまたがる「福島県復興祈念公園」を翌年4月25日に開園すると発表。県によると、公園内には国整備の「国営追悼・祈念施設」や献花広場が設けられると報道。
【12月12日】
徳仁、雅子◆皇居・宮殿で、障害がありながら自立に努めたとして厚生労働大臣表彰を受けた障害者らと「懇談」。徳仁が「さまざまな努力によって障害を克服し、立派に社会参加を果たしておられることをうれしく、心強く思います」とあいさつ。
華子◆宮内庁が、常陸宮の妻華子が左目の後発白内障の手術を終え、日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区)を退院したと発表。
久子◆故高円宮の妻久子が、愛知県陶磁美術館(同県瀬戸市)を訪れ、自身が寄贈した陶磁器製の犬の置物205点を公開する記念展「わんわん大行進」の開催式典に出席。
宝来山古墳◆宮内庁が「垂仁天皇陵」として管理する宝来山古墳(奈良市)について、外堤部分の発掘現場を報道陣や研究者に初めて公開。発掘
【12月13日】
「国賓」◆政府が、アラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド大統領を翌年2月前半にも「国賓」として招待する方向で調整に入ったと、複数の関係者が明らかに。徳仁、雅子との会見や宮中晩さん会も開催すると報道。
鴨場見学会◆宮内庁が、埼玉県と千葉県にある「鴨場」で翌年2月と3月に開催する見学会の参加者を募集していると報道。
南京大虐殺◆中国共産党・政府が、日中戦争中に起きた「南京大虐殺」の犠牲者を悼む国家追悼式典を江蘇省南京で開催。石泰峰・党中央組織部長が「軍国主義復活のたくらみと戦後の国際秩序への挑戦は必ず失敗する」と演説。
【12月14日】
愛子◆千葉市の千葉大亥鼻キャンパスを訪れ、看護学部創立50周年の記念式典に出席。
【12月15日】
佳子◆東京・元赤坂の明治記念館を訪れ、都市緑化に貢献したとされる企業や団体を表彰する「第8回みどりの『わ』交流のつどい」に出席。
スウェーデン国王◆当年のノーベル化学賞を受賞した京都大の北川進・特別教授が、記念講演や授賞式など関連する一連の日程を終え、スウェーデンの首都ストックホルムから帰国。大阪空港で報道陣の取材に応じ、「国王陛下からメダルをもらい実感が湧いた」。
カザフ大統領◆カザフスタン大統領府が、トカエフ大統領が18日から20日にかけて日本を訪問すると発表。滞在中、高市早苗首相と首脳会談を行うほか、徳仁との会見も予定していると報道。
宮内庁長官◆宮内庁の西村泰彦長官が近く退任し、黒田武一郎次長が新長官に昇格することが、関係者への取材で分かる。近く閣議で正式に決まると報道。
【12月17日】
天皇、皇族◆徳仁、雅子が東京都文京区の豊島岡墓地を訪れ、前年11月に死去した故三笠宮の妻百合子の墓所に拝礼。百合子の孫で三笠宮「家」の彬子に出迎えられる。1年の命日に営まれた「墓所一周年祭の儀」は慣例で参列せず、使者を送っていたと報道。
愛子◆埼玉県越谷市の宮内庁埼玉鴨場で駐日外国大使らを接待。キューバやノルウェーなど16カ国の大使らが招かれる。
秋篠宮、紀子◆東京・上野の日本学士院会館で、第41回国際生物学賞の授賞式に出席。国際生物学賞は生物学研究を続けた昭和天皇ゆかりの賞で、1985年に創設されたと報道。
【12月18日】
徳仁、秋篠宮◆徳仁が、訪日中のカザフスタンのトカエフ大統領と皇居・宮殿で会見。小食堂「連翠」で昼食会が催され、秋篠宮が同席。宮内庁によると、大統領がカザフの人たちは日本の文化や芸術に関心があり「日本を近しいものと考えている」と述べ、徳仁が、カザフ出身力士の活躍に触れ「カザフの認知度も高まってきていると思う」。
【12月19日】
徳仁、雅子、愛子◆東京都渋谷区の新国立劇場を訪れ、バレエ公演「くるみ割り人形」を鑑賞。
徳仁◆皇居・御所で、ウズベキスタンなど中央アジア4カ国の大統領とそれぞれ会見。宮内庁によると、徳仁がウズベキスタンのミルジヨエフ大統領との会見で、同国にある旧ソ連による日本人抑留者の墓地について触れ、大統領「日本からいつ参拝者が来てもいいようにきれいな状態を保っている」。キルギスのジャパロフ大統領が大阪・関西万博の成功に祝意を伝え、徳仁「日本人にとってキルギスを知る良い機会になった」。タジキスタンのラフモン大統領と環境問題が話題になり、トルクメニスタンのベルドイムハメドフ大統領は、両国関係が深まっていると述べ、徳仁「日本語教育が盛んだと聞いている」。
宮内庁長官◆宮内庁の西村泰彦長官が退任し、黒田武一郎次長が新長官に昇格する人事が閣議で決まる。24日付で、後任の次長は元警視総監の緒方禎己が就任すると報道。
ノルウェー王室◆ノルウェー王室が、肺の病気を抱えているメッテマリット皇太子妃の健康状態が悪化し、肺の移植手術の準備を進めていると発表。可能な範囲で「公務」を続けると報道。
トンガ◆南太平洋の島国トンガで、国王ツポウ6世による任命を経て、新首相に貴族議員のファカファヌア前議長が就任したと、地元メディアが伝えたと報道。
「恭仁宮跡」◆文化審議会が、奈良時代に聖武天皇が造営した「恭仁宮跡」(京都府木津川市)を特別史跡に指定するよう文部科学相に答申。恭仁宮は740年に遷都されて3年3カ月営まれ、仏教による鎮護国家実現に向けた「国分寺建立の詔」や、土地制度の転換点となった「墾田永年私財法」が出された政治舞台となり、平城還都後には山城国分寺が造られたと報道。
【12月20日】
「蝦夷」◆共同通信が、連載企画「歴史を旅する」で「朝廷による東北経営の中心/蝦夷は政治的な異民族で多賀城を取り上げる。「奈良時代から平安時代にかけて朝廷による東北経営の中心だった場所がある。今は宮城県の市名にある多賀城だ。724年に築かれた陸奥国を治める国府、そして蝦夷の地を支配する城柵だった。軍事拠点として鎮守府も約80年間置かれた。/律令国家の支配の外にいる『まつろわぬ』人々に対し朝廷は、中国では東方の蛮族を意味する『夷』を使って蝦夷と呼んだ。意図的に異民族と位置付けていたと分かる。」
【12月21日】
徳仁、雅子、愛子◆東京都千代田区の昭和館を訪れ、「戦後80年」に際した特別企画「石川光陽写真展 戦時下の東京」を視察。石川光陽は警視庁のカメラマンとして活動し、写真展は日中戦争が始まった1937年から45年8月の終戦ごろまでを紹介していると報道。
【12月22日】
「昭和100年」式典◆体重無差別で争う柔道の全日本選手権を翌年は4月26日に実施することが、全日本柔道連盟の評議員会で報告される。通常は4月29日の開催だが、会場の東京・日本武道館で政府主催の「昭和100年記念式典」が行われるためで、2027年以降の実施日は従来に戻す方向で調整すると報道。
「内閣制度創設140年」◆政府が、内閣制度創設140周年を記念する式典を首相官邸で開く。主催した高市早苗首相と衆参両院議長、最高裁長官の「三権の長」が出席。麻生太郎、菅義偉、岸田文雄ら歴代の首相や官房長官経験者も参加。午後、公邸で祝賀会が開かれる。
杉田和博◆安倍、菅両政権で歴代最長となる約8年9カ月(3205日)にわたり事務方トップの内閣官房副長官を務めた杉田和博が死去したと、関係者が明らかに。1966年に警察庁に入庁して主に警備畑を歩み、内閣情報調査室長などを経て2004年、内閣危機管理監を最後にいったん退官した後、12年12月に安倍晋三が首相に再登板すると、首相官邸と各省庁をつなぐ要職の官房副長官に起用されたと報道。「天皇陛下(現上皇さま)の退位特例法整備に向けた政府内の調整役も担った。19年の大嘗祭など皇位継承に関する儀式の準備や、新元号『令和』選定の事務も取り仕切った。」
【12月23日】
天皇、皇族◆徳仁、雅子が、92歳の誕生日を迎えた明仁にあいさつをするため、東京・元赤坂の赤坂御用地にある仙洞御所を訪問。正門から車で入る。仙洞御所で祝賀行事が催され、明仁が美智子と共に、徳仁、雅子、愛子や秋篠宮「一家」ら皇族から、「祝い」のあいさつを受ける。これに先立ち、明仁、美智子が側近部局の上皇職職員や、宮内庁の西村泰彦長官ら幹部から「祝賀」を受ける。
明仁◆92歳の誕生日を迎えたと報道。「宮内庁によると、戦後80年の今年、天皇、皇后両陛下が硫黄島、沖縄、広島、長崎を巡った戦没者慰霊の訪問を見守り、薄れゆく『戦争の歴史』を伝えるテレビ番組を鑑賞するなどして、先の大戦に向き合った。体調面は5月に『無症候性心筋虚血』と診断され、新たな薬物治療を始めた。症状は比較的安定した状態を保っているという。」
明仁「誕生日祝賀」◆高市早苗首相が、東京・元赤坂の仙洞御所で行われた「上皇さま誕生日祝賀」に出席。
「国賓」◆政府が閣議で、アラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド大統領を翌年2月8~10日の日程で「国賓」として日本に招待すると決める。木原稔・官房長官が記者会見で発表。徳仁との会見や宮中晩さん会、高市早苗首相との会談と夕食会が予定されていると報道。
靖国合祀◆第2次大戦中、旧日本軍人・軍属として戦死し靖国神社に合祀されたのは人格権の侵害だとして、韓国の遺族10人が、日本政府と靖国神社に合祀取り消しや損害賠償を求め、ソウル中央地裁に提訴。
「なれ合い解散」◆1948年の当日、衆議院が解散。第2次吉田茂内閣が少数与党の政権基盤安定を図り、憲法7条(天皇の国事行為)に基づく国会解散を検討。連合国軍総司令部の示唆により野党が内閣不信任案を提出して可決、解散したため「なれ合い解散」と呼ばれると報道。
【12月24日】
徳仁、秋篠宮◆徳仁が、皇居・宮殿の小食堂「連翠」で、高市早苗首相や閣僚らを招いた昼食会に出席。秋篠宮が同席。
徳仁◆皇居・宮殿で開かれた宮内庁長官の認証式に出席。黒田武一郎が新長官に就任し、徳仁「重任、ご苦労に思います」。
宮中昼食会◆高市早苗首相が、皇居で行われた宮中昼食会に出席。
皇居「春飾り」◆新年に皇居・宮殿や御所などに飾られる伝統の盆栽「春飾り」の準備が大詰めを迎えているとして、宮内庁が、皇居内で作業の様子を報道陣に公開。出来上がった春飾りは、赤坂御用地にある明仁、美智子の住まいの仙洞御所や各宮邸、皇居の宮内庁庁舎にも置かれると報道。
「昭和100年」◆大阪府貝塚市を走るローカル私鉄「水間鉄道」が開業100周年を迎え、25日で「昭和」の始まりから100年目に入ることにちなむとして、当時をイメージして厚紙で作られた「硬券」の記念切符計500枚を販売、記念列車の出発式を開く。水間鉄道は水間観音への参拝客を運ぶため、1925年12月24日に開業したが、大正天皇の死去に伴う「昭和」への改元は26年12月25日に行われたと報道。
「徳川慶喜家」◆江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜が「明治時代」に興した徳川慶喜家の5代目当主山岸美喜=名古屋市=が、墓じまいと、先代の遺志に従い家系を終わらせる「家じまい」を進めていると報道。「慶喜にまつわる膨大な史料の寄贈先探しに奔走。『多くの人の目に触れることが大切。現代の大政奉還になれば』と話している。」
【12月25日】
歌会始◆翌年1月14日に皇居・宮殿で催される「歌会始の儀」で、歌が詠み上げられる一般の入選者10人が決まる。宮内庁が発表。天皇に特別に招かれて歌を披露する「召人」はアイルランド出身の日本文学者で翻訳家ピーター・マクミランが選ばれ、宮内庁によると、外国人が召人を務めるのは初めてと報道。
宮内庁長官◆宮内庁の黒田武一郎長官が就任に際して記者会見し「皇室のご活動を支えるという極めて責任の重い仕事について、微力だが、努力を尽くしてまいりたい」。次長を2年間務めてきた中で「長く紡がれてきた皇室の歴史の重みと、皇室に対する国民の期待や関心を強く感じさせられた」と述べ、基本として「つつがない皇室のご活動と、皇室の方々の健康の維持」を心がけて対応していく考えを示したと報道。2019年12月から長官を務めた西村泰彦が退任会見に臨み「大変重要な仕事に従事させていただいた。本当に心からありがたく思っている」。皇室制度改革について「なかなか議論が集約せずに進まないというのは、大変じくじたる思いだった」。「多くの国民が支持してくれる案をつくっていただきたい」。西村は当日付で宮内庁御用掛に就任。
サッカー天皇杯◆日本サッカー協会が、第106回天皇杯全日本選手権(日本サッカー協会、Jリーグ主催、共同通信社、NHK共催)の決勝を2027年1月1日に東京・国立競技場で行うと発表。元日決勝は6大会ぶりと報道。
【12月26日】
秋篠宮、紀子、佳子、悠仁◆東京都板橋区の区立美術館を訪れ、展覧会「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞。
皇族数確保策◆共同通信が、「皇族数協議が越年/危機感なさすぎないか」と題した論説記事を配信。「皇族数の減少で公務の担い手不足が深刻さを増す中、公務の削減まで現実味を帯びてきた。40代以下で次代を担うと目される皇族は6人。うち5人は未婚の女性で、一般人と結婚すれば皇室典範の定めにより皇室を離れる。秋篠宮家の長男で皇位継承資格者の悠仁さまは9月に成年式を迎えられ、これで未成年の皇族は1人もいなくなった。/ところが立法府の動きは鈍い。衆参両院の正副議長の下で2022年1月から皇族数確保策を巡る与野党間の協議が続けられているが、結論はまだ得られていない。先の臨時国会で各党派の代表者が参加する全体会議は1回も開かれず、意見の取りまとめは26年の通常国会に持ち越された。(略)危機感がなさすぎないか。皇室の安定をいかに図るか―が問われている。女性皇族の身分保持案を巡っては配偶者や子どもに皇族の身分を認めるかで自民と立民の意見は分かれるが、それをいったん脇に置いて身分保持の一点に絞り、合意を模索する必要があろう。」
彬子短歌◆能登半島地震からの被災地復興を祈念し、三笠宮「家」の彬子が漆芸を題材に詠んだ短歌を基にした新作能「漆供養」が2026年1月25日、東京・観世能楽堂で初演されると報道。「新作能は、漆の木から樹液を採取する『漆かき』の男性の夢に、毎夜『傷つきて涙こぼして倒されて命伝ふる漆うるはし』という歌を詠み、涙を流す女性が現れる。(略)『漆供養』の構想は地震の前にあった。漆芸の継承に対し、危機感を持っていた彬子さまと輪島市の職人集団『彦十蒔絵』創設者で漆芸家の若宮隆志(25年死去)が中心になり、同様に長く伝統をつないできた能にする案が持ち上がった。/彬子さまが『傷つきて―』と『漆てふ若木の涙固まりて神へと届く光とならむ』の2首を作り、作家林望が台本を執筆、坂口も振り付けを担当した。ほぼ曲ができたころに地震が起きたという。」
新旧宮内庁長官◆高市早苗首相が官邸で、宮内庁の黒田武一郎、西村泰彦・新旧長官と、緒方禎己次長と面会。
【12月27日】
裕仁短歌◆日本相撲協会は28日に財団法人設立100周年を迎えるのを前に共同通信が「相撲協会百年と天皇の短歌/紡いだ歴史、次の百年へ」と題し「前身の大日本相撲協会から幾多の苦難を乗り越え、大相撲は伝統国技として歴史を紡いできた。その背景には欠かせないものがある」と報道。「両国国技館(東京都墨田区)の正面玄関を入って右側へ進むと、草木に包まれた石碑に一首の短歌が刻まれている。/『ひさしくも みさりしすまひ ひとひとと 手をたたきつつ 見るかたのしさ』(原文ママ)/1955年5月の夏場所10日目、蔵前国技館を訪れた昭和天皇が初めて本場所を現場で観戦した日に詠んだものだ。天皇が一般市民と同じ場所で相撲を見ることは戦前には考えられなかった。久しぶりの相撲見物となった昭和天皇が、多くの人々と一緒に手をたたきながら観戦した幸せを表現したと伝えられる。」
藤原京◆694年の当日、持統天皇が藤原京(奈良県橿原市周辺)に遷都。壬申の乱後、新しい「国造り」を始めた天武天皇が着手、死後に妻の持統天皇が完成させたもので、中国的な条坊制を採用した最初の本格的な都城とされ、日本書紀では「新益京」と記されていると報道。
【12月29日】
天皇、皇族◆佳子が31歳の誕生日を迎えて皇居・御所を訪問し、徳仁と愛子にあいさつ。車で半蔵門から入る。明仁、美智子にあいさつするため、東京・元赤坂の赤坂御用地にある仙洞御所を訪れる。
佳子◆31歳の誕生日を迎えたと報道。「宮内庁によると、戦後80年に際し、これまでに聞いた戦争の話を振り返り、世界各地の争いによる苦しみについて考え続けることの大切さを改めて感じ、平和への思いを一層強くした。」
【12月30日】
不破哲三◆共産党の書記局長や委員長を歴任し、党の理論的支柱とされた前議長の不破哲三が、急性心不全のため東京都の病院で死去。故宮本顕治が議長となった1982年の党大会で後任の委員長に就任した後、2000年から議長として党の指導に専念し、04年には約43年ぶりの綱領改定を主導して天皇制や自衛隊の事実上容認などを盛り込み、06年1月に議長を退任したと報道。
【12月31日】
宮内庁人事◆上皇侍医杉田純一と皇嗣職侍医大関敦子が依願退官する宮内庁人事が公表される。
ビクトリア英女王◆1857年の当日、英国のビクトリア女王が植民地カナダの首都をオタワとする決定を下し、現地の総督に正式に伝達される。首都選定では英国系の西部とフランス系の東部が激しく対立し、判断を委ねられた女王が東西の境界に位置する小さな町を選んだと報道。
