土方美雄
中曽根首相による「靖国公式参拝」への道 その7
以下は、『新地平』84年7月号に掲載された、私のヤスクニ・レポートからの引用の、続きです。ある方から、話が前後、かつ重複して、わかりにくいという、ご指摘を頂戴した。いわれてみれば、確かにそうで、申し訳ない。ただ、もう少し、このまま、進めさせていただき、その後は、スピード・アップしていきますので、ご容赦を。

駒込武・高木博志編『国家神道の現代史 天皇・神社・日本人』(東京大学出版会、2025年)
弁護士の加島宏さんは、今年出た『国家神道の現代史』(東大出版会)の中の、「現代の国家神道—弁護士の視点」と題した文章の中で、「敗戦後40年の1985年8月15日、当時の中曽根康弘首相が敗戦後初めて、靖国神社を『内閣総理大臣』として公式参拝した。ただ、その直後に国内の世論が沸騰し、同時に中国・韓国など被侵略国からの強い反発があったため、二度と参拝しようとはしなかった。/それから今日(2024年)まで39年がたった。この間に橋本龍太郎、小泉純一郎、安倍晋三と三人の首相が参拝はした。しかし、その誰一人も、『公私の別を明言』した者はなかった」と、書かれている。
靖国推進派・同反対派双方にとって、ひとつの歴史的転換点となった出来事への言及だけに、丁寧に記していきたいのだ。ということで、以下、私のヤスクニ・レポートからの引用の続きです(笑)。
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これは、靖国神社そのものは、宗教施設であるが、それへの参拝は憲法の禁止する宗教的活動ではない・・と主張するもので、76年に「英霊にこたえる会」を結成、1000万人署名運動と、地方議会への「公式参拝等に関する意見書」決議の請願を中心に精力的な活動を開始する。一方、反対派は一部をのぞき法案が上程されなくなった時点で闘いの展望を見失い、このような草の根右派の動きに何ら有効な反撃を組むことができなかった結果、1000万をはるかに超える数の署名と、37県1500を超える市町村議会での「公式参拝」決議をムザムザ許してしまったのである。
推進派は、このような草の根運動の蓄積にものをいわせて政府に公式参拝の実現をせまり、75年の三木首相の8・15靖国参拝を皮切りに、クリスチャンであった大平首相を始め歴代総理が春秋の例大祭や、8・15に靖国神社を参拝することが恒例になる。その資格についても、三木首相が公式参拝でない根拠としてあげた、①公用車を使用しない、②玉串料はポケットマネーで出す、③記帳の際には肩書きをつけない、の三点の内、78年に福田首相は①と③を破り、同年の参院内閣委員会で当時の官房長官が示した「政府統一見解」でも、①閣僚の場合、警備上の都合等で私人としての行動の際にも公用車を使用できる、②記帳の際し、その地位を示す肩書きを付すことは慣例、③閣議決定や玉串料を公金で支出するようなことがない限り、私人としての参拝と見るべき‥‥と、それが追認される。
80年に入って、自民党は「公式参拝実現」「国家護持」を初めて選挙公約に盛り、6月の衆参同時選挙で思いもかけぬ圧勝をかちとったため、以降、公式参拝実現にむけた動きは中央においても一気に加速する。
(中略)三木首相がかつて示した「私人」の条件はその大半がなし崩し的に風化され、残るは玉串料ただひとつとなっている。その中で、公式参拝実現のための最後の障害とっているのが、80年11月17日の参院議運委で当時の宮沢官房長官が示した「政府統一見解であり、今回の自民「合憲」見解でも、これを突き崩すためにその総力が傾注されているのである。この点については後に詳しく見ることにしたいが、統一見解のポイントのみを次に示しておこう。
「総理大臣等がその資格で靖国神社に参拝することについて、政府としては違憲とも合憲とも断定していないが、このような参拝が(憲法20条三項との関係で)違憲ではないかとの疑いをなお否定できない」
今日のヤスクニ攻撃の特徴は、それが中曽根のめざす「戦後政治の総決算」の中軸的攻撃として、まさに改憲とコインの裏表の関係をもつものとして打ち出されてきていることにある。幾多のアジア人民の血を吸いとって発展してきた靖国神社の公的な復権は、それがかつての侵略戦争を「聖戦」と美化するものとなるにととどまらず、必ずや新たな戦没者をつくり出すものになる‥‥といったら、いいすぎだろうか。
その点を指摘した日キ教団靖国問題特別委員会の戸村政博委員長の『朝日新聞』への投稿に対し、自民党靖国委員会の奥野誠亮委員長が同紙上で反論を試みた。その一節に「私たちは、不幸にして外部から侵略を受けた場合、この国の独立を守るために自衛隊と共に全力を傾ける。その際、命を落とした隊員のみたまが靖国神社にまつられることになっても、憲法は公務員の慰霊参拝を許さない、との説は理解しにくいことである」というくだりがある。自民党見解は、ここに国民に対し公然と「戦没者になって、靖国神社にまつられる」ことを要求してはばからないのである。
以下、続きます。
(注)なお、『国家神道の現代史 天皇・神社・日本人』は、駒沢武さんと高木博志さんの共編で、お二人は共に、「京都・主基田抜穂の儀違憲訴訟」の学者証人になられた方である。是非、一読をお薦めする。