セルフィー、ハグ、抗議 :チャールズ国王、「疾風怒濤」のオーストラリア訪問で注目される新たなアプローチ

要約・翻訳:編集部

Daisy Dumas
“the Guardian” Wed 23 Oct 2024
https://www.theguardian.com/uk-news/2024/oct/23/king-charles-royal-tour-australia-visit-wrap

『ガーディアン紙』2024.10.23

アボリジニの主権問題、国家元首のつむじ風のような初訪問で最大の焦点に

チャールズ国王とカミラ王妃は、たった4日間(編集部注:2024年19日〜22日)の滞在で30以上の公式行事をこなし、多くの論争を巻き起こした後、オーストラリアを後にした。*編集部注:10月18日夜シドニー着〜23日〜26日サモア訪問

予定された「つむじ風」の参加者は、教会信者、山火事の科学者、バイオリニスト、作家、ダンサー、建築家、シェフ、サーフィンのライフセーバー、小学生、共和主義者、王制支持者などだったが、一方で、活動家たちがアボリジニの主権を直接国王に訴えるという台本にない不和もあった。

リディア・ソープ上院議員が月曜日、国会議事堂で国王に向かって「ここはあなたの国ではない」と叫んだのをはじめ、シドニーとキャンベラでは小さな抗議デモが行われた。クーマ・ムリの活動家ウェイン・「ココ」・ウォートンは、月曜日と火曜日の両日、国王に「アボリジニ虐殺加担の通告書」を届けようとした。彼は火曜日の午後、シドニーのオペラハウスの近くで、王室を見ようと列を作っていた人々にオーストラリアは「泥棒の国」だと叫んだ後、逮捕された。

そのメッセージは、メトロポリタン地域アボリジニ土地協議会(MetroLALC)のアンクル・アラン・マレーによって、より丁寧な形で国王に伝えられた。彼は火曜日、レッドファーンにある国立先住民卓越センターを訪れた国王に、次のように言ったのである。「ようこそ、この国へ。われわれには語るべき物語がある。昨日キャンベラでその物語を目の当たりにされたと思うが、その物語は揺るぎないものだ。われわれは、われわれが達成したいことを達成するために長い道のりを歩いてきた。その達成したいことというのは、われわれ自身の主権を獲得することだ」。

今回の訪問はチャールズ3世にとって、国王として初めてのオーストラリア訪問であっただけでなく、国王として初めての外国訪問であった。また、別の意味でも特殊な訪問であった。というのは、チャールズが癌の治療を続けていたため、サモアの前にキャンベラとシドニーだけを訪れるという、切り詰めた日程で行われたのだ。

水曜日の朝、国王たちがシドニーを発つと、アンソニー・アルバネーゼ首相は声明の中で、彼らの訪問は「歴史的」なものだったとして次のように述べた。「両陛下は、私たちの偉大な国の素晴らしさを示す、さまざまな素晴らしいオーストラリア人にお会いになった」。

王室コメンテーターであり、『The Royals in Australia』の著者でもあるジュリエット・リーデンは、今回の訪問は「あっという間だった」とはいえ、「チャールズ国王」を印象付けるには十分な長さであったとして次のように述べる。「誰もが、チャールズ国王の治世が女王の治世とどのように違うのか知りたいと思っていましたが、今回の訪問で国王と大衆の関係が変わりつつあるのを感じたのです。そしてその関係は、意味のあるものになるはずです」。

そのことを示すのに、71歳になる奪われた世代の一員であるアンクル・ジェームス・マイケル・「ウィディ」・ウェルシュが国王に、自分は握手よりもハグをするほうだと言ったときほど、いい瞬間はなかった。国王はこう答えたのだ。「ハグいいね」。ウェルシュは記者団に「だからハグをしに行ったら、ハグを返してくれたんだ」と語った。少し前なら、このようなハグはなかっただろう、とリーデンは言う。「(女王が)列を歩くときに、礼儀正しい握手をすることはあったかもしれませんが、人々の話を聞いたり、触れ合ったりするような深い交流はありませんでした」。

新しい変化は他にもあった。オペラハウスの外では、国王が小学生のグループとの撮影でセルフィーを許したし、ニュー・サウス・ウェールズ州議会では、政治家たちが国王の姿を公然と撮影した。リーデンによれば、以前なら侍従たちが携帯電話をしまうように言ったはずだという。彼女は言う。「75歳から出てくるとは思えないような、現代君主制の新しいビジョンでした」。

この訪問は、かつての王室訪問のような若々しい華やかさを持つことはなかったが、一部の人々にとっては記念すべきものだった。火曜日にオペラハウスに集まった1万人ほどの人々の中には、国王を見るためにメルボルンから飛んできたマーティン・スウィーニー(50歳)と、ブリスベンから来たウェンディ・ソーデン(67歳)がいた。「国王がオーストラリアを訪問するのは初めてだから、一目だけでも見たかったんだ」とスウィーニーは語った。しかし、ファンたちの王冠やユニオンジャックをあしらったジャケットは、くしゃみをするアルパカや、キャプテン・ビッグルスワースという名の王冠をかぶったダックスフンドによって、結局は台無しにされた。

1954年のエリザベス女王のオーストラリア周遊にちなんだ演出もあった。カミラ王妃は、オーストラリア政府からエリザベス2世に贈られた、有名なワトルブローチを身につけ、金曜日の夕方、土砂降りの雨の中、シドニーに降り立った。ロンドンに戻る時には、別のブローチ、オズハーベスト・チャリティー創設者のロニ・カーンから贈られた小さな銀のスプーンのブローチを身につけることだろう。

サモアでは、水曜日の夕方にアピアに降り立つ国王夫妻を温かく迎える用意がある。しかし、そこでも植民地時代の過去にまつわる議論が渦巻いており、英国政府が「議題にしない」としているにもかかわらず、賠償金の話題が出ることが予想される。

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