◆タイの憲法裁判所が、2024年8月7日に、不敬罪(刑法第112条)の改正を公約に掲げている前進党に対して、解散するように命じたことに対して、タイ人権弁護士会(The Thai Lawyers for Human Rights:TLHR)が、8月20日に公表した声明です(TLHRについては本サイト:https://www.jca.apc.org/hanten-journal/?p=4477を参照ください)。
◆憲法裁判所の解散命令とその後の前進党の対応については、日本貿易振興機構(JETRO)の「ビジネス短信」(8月16日)は以下のように伝えています。
「タイの憲法裁判所は8月7日、下院第1党の前進党に対し、解党判決を出した。同党が刑法典第112条(不敬罪)の改正を公約に掲げたことは、国王を国家元首とする民主主義体制の転覆を企てたことに相当するなどとして解党を命じた。この判決により、ピタ・リムジャラーンラット氏を含む同党の幹部11人(うち下院議員は6人)は選挙への立候補や、新たな政党への参加などの政治活動を10年間禁じられた。/前進党は9日に臨時総会を開き、後継政党として国民党(People’s party)を結成したと発表した。党首にはソフトウエア関連企業の元幹部のナッタポン・ルアンパンヤーウット氏が就任し、前進党に所属していた143人の国会議員が新党に移行したようだ(8月9日付「バンコク・ポスト」紙)。/また、タイ公共放送PBSによると、前進党については、今回の解党命令以外に、政治活動家のルンクライ・リーキットワッタナ氏が2月4日、国家汚職防止委員会(NACC)に請願書を提出しており、判決待ちとなっている事案もある(2024年2月6日記事参照)。今後、この請願書に基づいて、NACCがナッタポン氏を含む44人の元前進党議員による不敬罪改正法案の提出を倫理基準違反と判断すれば、最高裁判所の審理にかけられ、これらの議員が今後一切の政治活動を禁じられる可能性があるという(8月8日付「タイ公共放送PBS」紙)」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/08/849f32245a40277f.html)。
第112条と前進党解党判決についての公式声明
―判決は、タイ社会の変化に対する政治システムの適応性を掘り崩すものである―
2024年8月20日
https://tlhr2014.com/en/archives/69269
翻訳:編集部
2024年8月7日、タイ選挙管理委員会の申し立てに基づき、憲法裁判所は前進党(the Move Forward Party)を解散させる判決(10/2567号)を下した。選挙管理委員会からの申し立ては次の点を根拠にしていた。
1 前進党による、刑法第112条改正の提案とそのキャンペーン。
2 同党の国会議員が第112条に関わる事件の容疑者の保釈保証人を務めたこと。
3 第112条の罪に問われている個人が、2023年5月の選挙で同党の国会議員候補として立候補したこと。
裁判所は、このような行為は政府の体制を転覆させようとする行為に等しく、仏暦2560年(西暦2017年)の政党組織法第92条1項および2項に従い、国王を元首とする民主的な政治形態に対する敵対行為とみなすことができると判断した。裁判所はまた、前進党の執行委員会メンバーに対し、10年間政治職に就くことを禁止した。
タイ人権弁護士協会(TLHR)は、表現の自由を行使したために訴追された人々への法的支援をおこなう団体として、今回の判決、および憲法裁判所による前回の判決(3/2567号)、特に刑法第112条に関する問題の潜在的な影響を懸念している。我々の主張は次の4点である。
1.刑法第112条を改正する法案を提案することは、許容される選挙政策であり、立法プロセスの合法的な側面である。仏暦2560年(西暦2017年)のタイ王国憲法は、法案が提案される前と後の両方で、法案の合憲性を確保するための規則を定めている。法案提出を体制転覆の試みと解釈するのは行き過ぎであり、司法権の行使による立法府への侵害と見なされかねない。このような侵犯は、民主的統治の礎である三権分立の原則を損なうものである。
刑法第112条の改正案は、国王、王妃、王位継承者、摂政に対し、その名誉を毀損、侮辱、脅迫する罪の適切な内容と刑罰について提言しているに過ぎない。改正案は、仏暦2560年(西暦2017年)のタイ王国憲法第1章と第2章で個別に扱われている君主の「地位」には言及していない。2018年2月から2020年11月までの間、第112条は適用されず、刑罰も科されなかったが、王制は効果的に機能し続け、今日に至るまで安寧が保たれている。
2.保釈保証人とは、犯罪の内容にかかわらず、被疑者・被告人が逃亡せず、手続が終了するまですべての審理に出席することを保証するものである。最悪の場合、被疑者・被告人が逃亡すれば、保釈保証人は、被疑者・被告人の所在を突き止めて法廷に戻すか、裁判所が定めた保釈金相当額の罰金を納付するか、どちらかを行わなければならないのである。
憲法裁判所が、前進党の国会議員が保釈保証人となることを、体制転覆を目的とした行為と見なしたことは、刑事司法プロセスにとって有害である。もし、保釈を受ける権利を促進するために保釈保証人となることが犯罪とみなされるのであれば、このような立場で司法プロセスに参加することを個人が躊躇することになる。さらに、被疑者や被告人は、裁判の進行中に長期にわたって拘留されることになり、公正な裁判を受ける権利を奪われることになる。これにより、被疑者や被告人は、確定判決によって有罪判決を受けた人と同じように扱われることになり、推定無罪の原則に反することになる。
3.憲法裁判所による前進党の解散判決は、第112条事件に関与した27人以上の容疑者の保釈状況、第112条事件の判決、現在進行中の政治的恩赦を求めるキャンペーンに直接的な影響は与えないかもしれない。しかし、この判決が、すでに縮小している市民社会をさらに悪化させることは否定できない。加えて、これらの判決は現在進行中の裁判でも引用される可能性があり、不敬罪が民主主義の原則に反する形で解釈される可能性もある。また、第112条が民主主義の原則に適合するよう改正を求める運動もさらに複雑になるだろう。
4.タイが2024年10月の選挙に立候補している国連人権理事会の特別手続である恣意的拘禁に関する作業部会(WGAD)は、一貫して、第112条に基づく自由の剥奪は恣意的拘禁に当たると判断している。WGADは、恣意的拘禁は世界人権宣言第3条と第9条、市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第9条1項に違反するとしている。2012年以来、WGADは、タンタワン・トゥアトゥラノン(Tantawan Tuatulanon)さんに関する第10回意見を含め、第112条の下で恣意的に拘禁されている少なくとも10人の個人について同様の意見を発表している。
タイ人権弁護士協会(TLHR)は、行政の提訴権限を制限し、刑罰を均衡の取れるよう軽減することを目的とした刑法改正案は、支配体制を転覆させる試みではなく、むしろタイにおける表現の自由を保障するための一歩であると考えている。この提案は、タイが刑法第112条を見直し、国際人権規約(ICCPR)第19条に適合させるよう求めた国連人権委員会の最終見解や、第112条を廃止するよう求めた国連専門家の呼びかけに沿うものである。
TLHRは表現の自由の権利を重んじ、人々は、懸念を表明したり、批判したり、刑法第112条を含む権利と自由に影響を与える法律の改正や廃止を求める運動に参加したりすることができるべきだと考えている。したがって、憲法裁判所の裁定は民主主義の原則に著しく反するものであり、タイを現代世界の世論や変化に適応・対応できない政治体制へと押しやる可能性があると主張する。
人々の権利と自由のために
タイ人権弁護士協会