タイ:不敬罪との闘い 「人権派弁護士が不敬罪の危機打開キャンペーンを語る」

◆今回の紹介記事は、Webサイト「112WATCH」(https://112watch.org/)からのものです。このサイトは、タイで不敬罪と闘うサイトです。「112」は、刑法112条(the lèse-majesté law:不敬罪)を指しています。このサイトの冒頭には、「タイ刑法112条の不当行為は止められなければならない/112WATCHは、タイ当局によるエスカレートする刑法112条の利用(による運動の弾圧)を阻止することを目的としている(Injustice of Thailand’s Article 112 Must Stop/112Watch aims to halt the Thai authorities’ escalating use of Article 112)」と記されています。このサイトの立ち上げ・運営の中心を担っているのが、パビン・チャチャバルポンプン(Pavin Chachavalpongpun)氏で、彼は、2020年にRoyalists Marketplace(王党派のマーケットプレイス)というFacebookグループを立ち上げ、そこには王制に関する真面目な議論、パロディや皮肉などさまざまな内容が含まれていて、瞬く間に数十万人から100万人のフォロワーを得ることとなりました。タイ政府はもちろん容認せず、タイ国内ではすぐに閲覧できないようになりました(https://www.thaich.net/news/20200825fj.htm)。パビン氏も亡命を余儀なくされ、現在、彼は日本にいます(京都大学東南アジア地域研究研究所所属)。タイ政府は日本政府に彼の身柄の引き渡しを求めています。また彼は、自宅にいる際に襲われてもいます。犯人は日本人で裁判で有罪になっていますが、タイ軍部が関与しているとの報道もあります(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/08/post-12687.php)。

◆紹介記事でインタビューを受けているのは、人権のためのタイ弁護士会(The Thai Lawyers for Human Rights:TLHR)の弁護士です。TLHRは、2014年の軍事クーデター直後に結成されました。TLHRのWebサイト(https://tlhr2014.com/en/home)には、「TLHRは、2014年のクーデターの2日後の2014年5月24日に、人権弁護士と社会活動家のグループによって設立されました。TLHRは当初、特別組織として、2014年のクーデターの結果として軍に召喚、逮捕、拘留された個人に法的および訴訟支援を提供することを目的としていました。2019年の選挙後、私たちはタイで健全な民主主義を育成するための取り組みを行っています」とあります。TLHR結成に中心で動いた1人が、アノン・ナンパ(Arnon Nampa)弁護士で、彼は、2020年の民主化運動の中で、最初に、君主制について率直に公の場で議論するように呼びかけた人です。その後2度逮捕されて、2023年11月に3度目の逮捕をされ、現在(2024年5月)も獄中にいます(アムネスティは、彼の保釈を求める緊急行動を呼びかけています:https://www.amnesty.or.jp/get-involved/ua/ua/2023ua105.html)。彼の獄中からの手紙は112WATCHの中の「112Watch Hotline Latest」の「Letter from Prison by Arnon Nampa」で読むことができます(https://112watch.org/letter-from-prison-by-arnon-nampa/)。 (編集部)

112WATCH Big Interview
TLHRタイのメンバーが最新キャンペーンについて語る

要約・翻訳:編集部

https://112watch.org/a-member-of-tlhr-thailand-talks-about-the-latest-campaign/

112WATCHは、人権のためのタイ弁護士会(the Thai Lawyers for Human Rights:TLHR)の権利擁護リーダーであり国際的なアドボカシーとして活動するアカラチャイ・チャイマニーカラカテ(Akarachai Chaimaneekarakate)氏に、不敬罪の危機を打開するための現在のキャンペーンについてインタビューした。

112WATCH:現在の不敬罪はどのような状況ですか?

アカラチャイ:タイにおける不敬罪は依然として非常に厳しい状況だ。2020年7月に若者主導の民主化運動が全国に広がって以来、タイ刑法112条(不敬罪)に基づき約270人(うち20人が18歳未満の子供)が起訴された。その刑罰は3年から15年の懲役である。裁判所が判決を下した不敬罪事件127件のうち、101件が「有罪」判決に終わり、有罪率は80%となった。不敬罪事件以外にも目を向けると、表現の自由や平和的集会の権利を行使したとして、すでに約2,000人が刑事事件で起訴されている。

間違いなく、上記の数字はタイの現代政治史上前例のない数字である。2014年のクーデター後の5年間の軍政期間中であっても、112条に基づいて起訴されたのはわずか169人であった。過去3年間の政治的反体制活動を沈黙させるために112条が発動された結果、すでに軍政時代の数を約100人上回っているのだ。さらに前例がないのは、タイが締約国である国連児童の権利条約に明らかに違反して、18歳未満の児童に対して112条を適用していることである。

タイでは2023年5月に選挙が行われ、現在は文民主導の政府が誕生しているが、不敬罪問題は解消されていない。2020年11月に始まった民主化活動家に対する112条の集中的な行使を監督した親軍政党を含む、タイ貢献党主導の連合が2023年9月に発足して以来、少なくとも15件の新たな不敬罪事件が発生している。同じ期間に、タイの裁判所は不敬罪訴訟で60件の判決を下し、そのうち53件(88%)で有罪判決が下された。2024年1月には、1人のタイ人活動家がジョン・オリバー(John Oliver)の番組「Last Week Tonight」やBBCのドキュメンタリーのクリップを共有したなどの罪で懲役50年の判決を受けた。タイの人権派弁護士で著名な抗議活動指導者であるアノン・ナンパ氏は、王制改革を求めた罪で懲役8年の判決を受けた。彼はさらに12件の不敬罪訴訟に直面している。

この原稿を書いている時点で、少なくとも27人が112条の下で拘留されており、そのうち3人は保釈の権利を求めてハンガーストライキ中である。この数は、より多くの不敬罪の裁判が終結し、より多くの判決が下されるため、今年さらに増加すると予想される。
112条改革の動きにとどめを刺そうと、タイ憲法裁判所は2024年1月、野党である前進党の112条改正案を立憲君主制の転覆を狙った行為にあたると判断し、同党解党への地ならしとなる判決を下した。政治アナリストは、前進党は2020年初めに憲法裁判所によって解散させられた前身の未来前進党と同じ運命をたどるだろうと見ている。憲法裁判所が112条改革の扉を閉じようとするのは今回が初めてではない。かつて2021年11月に裁判所は、112条撤廃を求める動きに対し、同様に立憲君主制を転覆させる行為にあたると判断したのである。

過去数カ月間に起こったことだけを見ると、タイ貢献党主導の連立政権が就任して以来、不敬罪問題は改善するどころか悪化しているように見える。だがタイは、2025年から2027年の任期に国連人権理事会の議席を獲得することを目指している。政府が「部屋の中の象」を無視するのをやめ、10年以上にわたって国を悩ませてきた不敬罪問題に取り組み始めることは有益だろう。

112WATCH:不敬罪事件に関するTLHR(人権のためのタイ弁護士会)の役割と責任は何ですか?

アカラチャイ:TLHRは、国家と112条に基づいて起訴された人々との間の法廷闘争の最前線で活動している。2014年のクーデターの2日後に発足して以来、私たちの主な使命は法の支配を回復し、国民の権利を守ることだ。人権を擁護し、民主主義を守る。

TLHRの共同創設者であるシリカン・チャロエンシリの言葉を借りれば、「法律が国家の選択した武器であるとき、弁護士は自らの立場を堅持し、この侵略行為に立ち向かい、法の支配と民主主義を守らなければならない」のだ。

TLHRは2020年以来、1,000件を超える事件で、表現の自由の権利を行使したとしてさまざまな抑圧的な法律に基づいて起訴された個人に法的支援を提供してきた。この数字は、2014年から2020年初頭までにTLHRが扱った年間平均30~40件の事件と比較すると、驚くほど高い数字だ。約300件の不敬罪事件のうち、TLHRおよび/またはそのネットワーク内の弁護士は、これらの事件の大部分で個人の代理人を務めている。

TLHRの弁護士は、不敬罪で告発された個人を当局との最初の接触から支援する。我々弁護士は、警察で不敬罪容疑が下される際には被疑者に付き添い、不敬罪の被告の権利を守るために法廷に立ち、刑務所に拘留されている個人を訪問し、彼らの話を一般に伝え、彼らが忘れ去られないよう努める。世間の目に触れない被拘禁者のことが社会の関心から外れてしまうことがあってはならない。

TLHRはまた、法廷で何が起こっているかを文書化し、その情報を一般に公開するために、不敬罪事件を注意深く監視している。裁判の段階で権利侵害はないか? 裁判所は適切な手続きを踏んでいるか? ある事件では、裁判所が弁護人の不在下で裁判を進めるよう主張したこともあった。我々は、この種の情報は記録され、一般の人々に知らされるべきであると強く信じている。

我々の活動は、国内法と国際法の両方で謳われている表現の自由の権利への取り組みによって推進されているため、タイ憲法に基づくすべての制度は正当に批判にさらされることができ、またそうされるべきであると主張する。この意味で、君主制改革の要求や君主制への批判に関する表現によって投獄されるようなことがあってはならない。こうした理由から、TLHRの使命には、不敬罪で起訴された人々に法的代理人を提供することが含まれるのだ。

112WATCH:あなた方の仕事は、政府や他の市民社会組織から支援を受けていますか? 何か目立った障害はありますか?

アカラチャイ:表現の自由の権利を行使したとしてさまざまな抑圧的な法律によって告発された個人に法的代理人を提供する際、我々が政府からの支援を受けることはない。それどころか、特に不敬罪の場合、私たちが直面する障害は通常、政府や当局によるものだ。2020年11月に当時のプラユット・チャンオチャ首相が抗議活動参加者に対してすべての法律を行使すると発表して以来、民主化活動家や人権活動家に対する112条の行使が激化した。タイ貢献党主導の連立政権のもとで、不敬罪を含む新たな罪が民主化活動家に対して適用され続けている。私たちは、不敬罪法の改正について、少なくとも話し合うべきだと述べたスレッタ・タビシン(Srettha Thavisin)氏やパエトンターン・チナワット(Paetongtarn Shinawatra)氏など、タイ貢献党の主要メンバーが選挙前の公約を果たしてくれることを期待している。

TLHRは、その活動をタイの民主化(または民主主義の後退)と権威主義との闘いという、より広い文脈の中で捉えている。この意味で、我々は民主主義と法の支配を促進するために活動する他の市民団体を日常的に支援し、また支援を受けている。私たちは差し迫った人権問題について共同声明を発表したり、 提携団体と連携してセミナーの開催やキャンペーンを実施している。民主主義を求める戦いは一人で戦うことはできないし、そうすべきではない。

112WATCH:TLHRは、タイの人権問題に取り組む上で、外国組織や外国政府に協力や援助を求めていますか?

アカラチャイ:TLHRは、タイにおける基本的自由の侵害に対処するために、国内および国際的なアドボカシー・ツールを活用している。例えば、我々は、正当な政治的表現を沈黙させるための112条の使用に関する多数の報告書を国連特別報告者に提出し、その結果、国連は平和的言論に対するこの法律の使用について懸念を表明する多くの共同告発書簡をタイ政府に発行した。同様に、国連の恣意的拘禁に関する作業部会は、112条に基づく自由の剥奪が恣意的であり、国際人権法に違反していることを十分に明らかにしている。

さらにTLHRは、海外の人権団体や外国政府を含む国際社会に対して、タイの人権状況についての意識を高める活動もおこなっている。前述したように、タイは国連人権理事会の理事国に立候補しており、国連加盟国は2024年10月にタイに投票するかどうか決定する必要がある。多くの国はまた、その領土外における人権擁護に関する特定の人権政策やガイドラインを持っている。例えば、人権擁護に関するEUガイドラインでは、EU加盟国は「人権擁護者に対して積極的な政策を採用するよう努める」べきであると具体的に述べられている。TLHRは、タイにおける権利侵害に対する意識を高めることにより、他の国々が、タイの人権擁護者(国家)に対する義務を果たせるようにしているのだ。

112WATCH:TLHRは、タイの公共部門を巻き込んだ人権を支援する継続的なキャンペーンを行っていますか?

アカラチャイ:TLHRは「人民恩赦」キャンペーンをおこなっている。他の市民団体と協力し、タイ国民から3万5000以上の署名を集めた後、恩赦法案を議会に提出した。この法案の目的は、政府が、政治犯、表現の自由の権利を行使しただけで訴追された、または訴追されている人々に恩赦を与えることである。具体的には、議会に提出されている他の法案とは異なり、私たちの恩赦法案は、112条に基づいて起訴された個人に恩赦を与えるものだ。

我々は恩赦が政治的和解への不可欠な第一歩であると信じている。私がこの質問に答えている現在も、800件以上の刑事事件が進行中なのだ。政府がすべての事件を最後まで訴追することに固執すれば、この一連の訴追は今後数年間、あるいはそれ以上にタイを悩ませることになるだろう。政府が、自分たちが正当と考える政治的信念に基づいて人々を訴追し続ける限り、政治的対立は決して解決されない。なぜなら、訴追は政治的対立の火を燃やす酸素だからである。

タイの近現代政治史において、恩赦は新しい話題ではい。過去にも「犯罪者」に恩赦が与えられてきた。しかし、これまでのほとんどの恩赦とは異なり、私たちの恩赦法案の主な受益者は、表現の自由の権利を行使したとして起訴された人々だ。過去の恩赦のほとんどは、クーデターを画策した者のみに恩恵をもたらすもので、彼らは自らに恩赦を与える恩赦法を可決したのだ。私たちは、クーデターを画策した者たちが恩赦を独占すべきではないと考えている。

私たちの恩赦法案は政治犯を家族の元に返すものだ。不敬罪で有罪判決を受けた人権弁護士アノン・ナンパ氏は、幼い子供たちのいる家に戻ることができるだろう。愛する人たちと何年も離れているタイの政治難民も、母国に戻ることができるようになる。多くの人にとって、タイの君主制を批判することで支払った代償は、取り返しのつかないほど高いものだ。大切な人との失われた時間を埋め合わせられるものは何もない。私たちの恩赦法案は失われた時間を取り戻すことはできないが、少なくとも彼らが愛する人たちを再び抱きしめることができるようにするものなのだ。

(2024年3月10日)

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