土方美雄
靖国神社の「過去」〜戦後、その公的復権への動き〜 その13
前号からの、続き。
「戦没者追悼の日」懇談会の最終報告要旨(『朝日』1982/3/26)
1、基本的な考え方
いかなる民族も歴史的に重要な体験を得たとき、そこから教訓をくみ取り、これを将来に生かそうとするのは当然だ。先の大戦は日本民族にとって銘記すべき未曾有の体験だった。亡くなった多くの同胞を追悼するとともに、そこから各自の教訓をくみ取り、これを将来に生かすことは我が国にとって重要な課題だ。国民が現に享受している繁栄は、多くの犠牲によってもたらされた平和の中でこそ達成できたことを忘れてはならない。
戦後生まれの世代が国民の半数を越えている現在、われわれが思いいたすべきは、若い世代に戦争の経験と平和の意義を伝え、国家・社会の将来への思いを新たにすることであろう。先の大戦で生命をささげられた同胞を追悼することは、宗教・宗派・民族・国家の別などを超えた人間自然の普遍的な情感だ。これをできる限り大切にしていくことが人間として最も基本的な営みだ。また台背かの犠牲者を追悼することは、将来に向かって平和を願うことにほかならない。
以上の趣旨から、政府が先の大戦の戦没者を追悼し平和を祈念するための日を新設することは適切な措置だ。ただその「日」の国の行事等について、①戦没者追悼は基本的には個々人の心の問題であることに政府が深く留意すること②この問題に関し国民の大多数が素直に受け入れられるようなものにする、の二点を考慮する必要がある。
一、「日」の設定
我々は、政府が「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と制定することが適当と考える。その日は日本国民にとって新しい時代の到来を告げた日である8月15日が最もふさわしい。
一、国が行う行事等
「戦没者を追悼し平和を祈念する日」には、国民一人一人が戦没者を追悼し平和を祈念するとともに、この「日」の意義について親から子、孫へ語り伝えられることを我々は特に希望したい。
民間団体や地方公共団体等が自発的な発議により、この「日」にふさわしい行事を行うことを期待したい。政府も、全国戦没者追悼式を今後も従来通り続けていくことを要望する。一般民間人を含めこの式典により多くの人々が参加できるよう取りはからうことを希望したい。
靖国公式参拝への道 鈴木首相公私の区別応えず(『朝日』1982/7/16)
鈴木首相は8月15日の終戦記念日に、昨年、一昨年と同様靖国神社に参拝するが、今年から「公人か、私人か」の区別に答えず、私人としての参拝であることは明らかにしない方針を決めた。宮沢官房長官が15日夕に記者会見で明らかにしたもので、同長官は①参拝は心の問題で、公人か私人かの質問自体が意味をなさない②答えは遠慮させてもらうということに尽き、答えないことに意味がある③使用する車、記帳など参拝中の中身などはこれまでと変わらない-などと説明した。
鈴木首相はこの考えを、すでに去る2日、首相官邸を訪れ靖国公式参拝を求めた自民党の英霊にこたえる議員協議会代表の村上勇、長谷川俊両代議士らに伝えていた。しかし、この時点では首相は「従来の姿勢を変える考えはない」と述べたとされ、私人としての参拝を維持するものと受け取られていた。ところが実際は公人、私人の問題に立ち入らない考えを示していたわけだ。引き続いて7日にも英霊にこたえる会(井本台吉会長)代表らが、同議員協議会代表らと再び首相に公式参拝を陳情、同席した板垣正参院議員によると、首相は「そういう気持ちでこれまでやってきている」と述べ、公式参拝を求める首相に理解を示す姿勢をみせたという。
これが15日の鈴木派総会で取り上げられ、宮沢官房長官が「これまで記帳は内閣総理大臣鈴木善幸とし、私人としての参拝と答えたが、今度からは、公人か私人かといった問いには答えないことにした」と述べ、問題が表面化した。
宮沢長官は記者会見で、首相の方針変更が、参拝の行為自体の変更を意味するものではないことを強調、「解釈はいろいろあろうが、公人か私人か答えないのも一つの態度だ。もし公式参拝へ歩を進める意味なら、もっとそういう方向への答え方もあったと思う」と述べた。
宮沢長官はさらに「公人か私人かとの問いは、場所が場所だけに礼儀正しい質問とは思わない」と首相参拝のあり方をめぐる議論に批判的見解を示した。
原点だんまり8・15(『読売』1982/8/16)
顔そう白、棒読み調
この日午後一時すぎ、モーニング姿の鈴木首相が靖国神社に姿を見せた。車から降りると、くちびるをキュッと結び、終始硬い表情で足早に到着殿へ。
5分ほどで参拝を済ませ、報道陣のインタビューを受けた首相は、「公人ですか、私人ですか」の質問に、「きょうは戦没者の御霊に哀悼の意を表し、二度と戦争の惨禍にあわないように恒久の平和を祈念してまいりました」とあらかじめ用意したコメントを読み上げるような調子の答え。記者団が重ねて「公人か、私人か」とたずねると、首相は顔面そう白、事前に記者団は、首相の玉ぐし料はどこから出ているか、教科書批判が出ているおり終戦記念日を迎えた所感はどうか-の質問を報道室を通じて出してあったが、首相はそれにも直接は答えず、取り巻いた記者団を両手で振り払うように車へ。興奮したせいか、すぐわきの自分の車に気づかず、行き過ぎてあわてて引き返す一幕もあった。
以下、続く。