タイで新しい首相が選出された。だが彼は国民が選んだ人物ではない。

要約・翻訳:編集部

Wilawan Watcharasakwej and Rebecca Tan,
“The Washington Post” 2023/8/21

https://www.washingtonpost.com/world/2023/08/21/thailand-thaksin-pheu-thai-election-srettha/

【バンコク発】タイで新しい首相が選出された。だが彼は5月に国民の多くが投票した政党の党員ではない。

タイの国会では、11の政党による連立政権樹立に続き、火曜日の午後、次期首相としてタイ貢献党のセター・タビシンが指名された。これにより、数ヶ月間の波乱に満ちた交渉には終止符が打たれたが、若者の支持を集める改革派の前進党は疎外される結果となった。前進党は、5月14日の議会選挙で最高得票数を獲得する圧勝を収めたにもかかわらず、政権への参加を阻まれたのだ。国会で出席議員731人のうち482人の支持を得た後、不動産王から新進政治家に転身したセター(60)は「私は自分の力の限りベストを尽くす」と述べた。月曜日、彼は記者団に対し、この国の長引く政治的行き詰まりを考えると、軍の指導者たちに協力しないとした、党のかつての公約を忘れることが国民には「必要」だと語っていた。彼が大統領に就任するためには、国王による承認と宣誓がまだ必要なのだ。

今回の選挙は、過去10年間、東南アジア第2の経済大国を統治してきた保守的な軍事政権に対する批判として広く受け止められた。ところが新連立与党には、軍部に近い指導者が含まれている。その中には、安定維持の名目で批判を暴力的に封じ込めた、かつての政権の将軍も含まれているのだ。今回の首相指名は、法的または軍事的クーデターによって何度も同党を政権から追放してきた保守エリートのメンバーとは権力を共有しない、とつい最近まで誓っていたタイ貢献党にとって、驚くべき方向転換を正式に示すものだったのである。

投票の数時間前、タクシン・チナワット元首相が17年間の亡命生活を終えて帰国した。アナリストたちはこの帰国を、タイ貢献党が不安定ながらも権力の座に返り咲くことを期待しての行動と見ている。タクシンは74歳で、以前はタイ貢献党の設立に貢献し、彼の娘であるペトンターン・チナワットは以前、同党の候補者の一人として名乗りを上げていた。

通信コングロマリットの経営で富を築いた億万長者のタクシンは、2001年から2006年まで首相を務めたが、軍部によって打倒された。数々の汚職容疑に直面したタクシンは、彼が築いたポピュリスト的な動きがタイの政治に大きな役割を果たし続けているのにもかかわらず、2008年の短期訪問を除いて母国への帰国を避けてきた。しかし火曜日の朝、タイ貢献党のセターがトップの座に就くのに十分な票を集める数時間前、タクシンはドンムアン国際空港にプライベートジェット機で降り立った。家族との短い面会の後、彼は最高裁判所に護送され、その後バンコク拘置所に送られた。当局によれば、独房に入れられているとのことだ。

シナワット・ファミリーの盟友であるセターが率いる新政権下で、タクシンが8年の刑期を全うするかどうかはすぐにはわからない。多くの人は、タクシンが健康上の理由に基づいて王室の恩赦や仮釈放を求めようとすると予想している。

この名高い亡命者を出迎えるため、空港には赤シャツ姿の数千人のタクシン支持者が集まった。その一人、ブーム・ファイダン(66)は次のように語った。「彼が恋しかった。彼はタイの人々と国のために多くの良いことをしてくれたから」。

2014年に軍部によって退陣させられたタイ貢献党は、今年5月の選挙で予想よりも少ない票しか獲得できず、前進党に敗北した。若者からの支持を集める前進党は、タイ貢献党よりも明確かつ一貫して、タイ王室と軍部の強大な権力の制限を主張している。

タイ貢献党は当初、前進党と連携して軍部が支持する政党に対抗していた。しかし、軍部が任命した250人の議員で構成される上院が、前進党のピタ・リムジャラーンラット首相候補を2度にわたって否決した後、タイ貢献党はこの連立を放棄し、かつての政敵であるプラユット・チャンオチャ元首相やプラウィット・ウォンスワン副首相の政党などとは手を組まないという選挙公約を反故にした。

火曜日に連立与党に反対票を投じた前進党は、再び野党の一員となった。首相になることについて「私は失敗したわけではない」とピタは言う。彼はこの数ヶ月、記者団に「私はブロックされている」と強調してきた。彼はバンコク出身でハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の学位を有している。

前進党の支持者だけでなく、タイ貢献党支持者の一部も、新連立政権は国民が選挙で軍事支配の終焉を要求した事実を無視している、と述べている。月曜の記者会見でタイ貢献党は、軍部と近しい「国民国家の力」党とタイ統一党に閣僚の地位を約束したと発表した。これらの政党は、過去10年間に権威主義を強め、2020年の学生主導の抗議デモで数百人の若者を逮捕し、権力を維持するために憲法を改正した政党なのである。

タクシンの赤シャツ運動の著名な指導者であるナタワット・サイクアは今週、タイ貢献党を離党すると発表した。同党が軍部と権力を共有すると決定したことが理由だ。「私は従うことはできない」とナタワットは語った。

一方、バンコクにあるチュラロンコン大学の政治学教授、ティティナン・ポンスディラックは次のように述べる。新政権は「完全な民主的政権」ではないが、家計負担の増大や急速な高齢化、犯罪の増加やタイ・ミャンマー国境沿いの治安の悪化など、タイを悩ませている課題に対処する上では、退陣した軍事政権よりは有能と期待される、とのことだ。「タイはより良い政府、より有能な政府を切実に必要としている」と彼は言う。

セター新首相はバンコク出身。アメリカのクレアモント大学で経営学の修士号を取得し、不動産開発会社サンシリの最高経営責任者になる前は、メーカーのプロクター・アンド・ギャンブル社に勤務していた。タイの経済活性化に注力するとしており、同性婚を公に支持している。

アナリストの分析によると、タイ貢献党の妥協はタクシン復帰への道を開いたかもしれないが、長期的には党の評判やタクシンの政治的レガシーに永続的なダメージを与えかねないという。京都大学准教授のパウィン・チャッチャワーンポンパンは、(この妥協は)「短期的で近視眼的な投資であり、有権者や党の支持者のためではなく、タクシン自身の利益のためのものだ」と述べる。彼はタイ王制を批判する批評家の一人だ。

さらにアナリストは、今回のタイ貢献党の取引が前進党への支持を加速させる可能性があると言う。なぜなら前進党は、議論の的となっている、王室を批判するあらゆる人に厳罰を科す不敬罪法の改正を政府に要求しているからだ。

2020年、タイの憲法裁判所が前進党の前身である新未来党を解散させたとき、何千人もの若者がバンコクの街頭に繰り出し、軍の放水銃や催涙ガスをものともしなかった。シンガポールの国際戦略研究所で東南アジア政治を研究するアーロン・コネリー上級研究員は、「前進党は今回の選挙で下院の議席数をほぼ倍増させ、幅広い層からの支持を得られることを示した。保守派は前進党の政権奪取を阻止したかもしれないが、いつかその代償を払うことになるだろう」と指摘する。

レベッカ・タン(シンガポール)
協力:レヒネ・カバート(マニラ)

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