反靖国~その過去・現在・未来~(4)

土方美雄

遊就館とは、一体、どんなところなのか? (承前)

遊就館は、日本初の、国立の軍事博物館である。「遊就館」と命名されたが、「掲額及武器陳列所」という、その別称でもわかる通り、開館当初は、単純に、日本の「優秀」な武器を展示し、兵士の士気を鼓舞することが、目的であった。1908年、日清・日露戦争などの戦利品を、大量に陳列するために、増改築が行われた。その後、建物は関東大震災によって、大破したため、新築されることになった。

戦後は、占領軍の意向に踏まえて、閉館となったが、建物そのものを、支援企業の富国生命に、「本社ビル」として、貸与することで、延命させると共に、隣接する靖国会館(旧国防会館)の二階に、新たに、ミニ遊就館としての「宝物遺品館」を、開設した。そして、1986年、元の場所に戻っての、満を持しての再開館となった。ちなみに、現在の建物は、2002年に、全面改修されたものである。

現在の遊就館は、二階建ての建物であり、一階のチケット・ブースで、拝観券を購入し、エスカレーターで二階へ上がると、時代別・テーマ別の、1~10の展示室と、特別陳列室(天皇・皇室関係)、映像ホールがある。そして、再び、一階に戻って、11~19の展示室を観て、最後に、大展示室を観て、拝観終了となる。一階には、拝観券なしで入場可能な、ミュージアム・ショップがあり、図録等の書籍や、参拝記念のお土産品を、買うことが出来る。とりあえず、こんな施設にお金を払って入りたくないという人は、最低、ここだけでも、観ておくとよいだろう。遊就館がどういう施設か、そこで売られている書籍をみれば、よくわかるので。

各展示室の展示品に関しては、ミュージアム・ショップで売っている図録を、とりあえず、立ち読みされたし。その展示は、一言でいうのならば、天皇の命令で行われた戦争は、すべて正しい「聖戦」であり、その「聖戦」貫徹のため、一命を捧げた人の「英霊」を、神として祀る施設が、靖国神社であるということに、尽きるだろう。つまり、すべての展示品が、そうした皇国史観に立脚した、解説を付して、並べられているのである。もちろん、国際的に、物議を醸すような解説文に関しては、時に、若干の表現の変更が、行われることもある。しかし、それは、日本のアジア・太平洋諸国への侵略・植民地化を、決して、否定するものではなく、曖昧な表現によって、それを覆い隠す以外の、何者でもない。

靖国神社の歴史と、日本の対外侵略史を重ねた、写真やパネル解説に、靖国の神となった戦没者の遺影や遺品、遺書、そして、圧巻なのは、玄関ホールや大展示室、一部館外にも野外展示された、零戦や九七式中戦車、人間魚雷「回天」等の、実物展示が、その展示品のメインである。とりわけ、兵器展示の多さが、遊就館が元々、国の軍事博物館として建設されたことを、ハッキリと、示している。

つまり、遊就館を観れば、靖国神社のすべてが、わかる。そういう、施設である。

以上、靖国神社および遊就館とは、一体、どのようなところなのか? を知るための、紙上、靖国ツアーを試みた。詳しくは、前述の辻子実さんの『靖国の闇へようこそ 靖国神社・遊就館非公式ガイドブック』(社会評論社、2007年)や、又吉盛清他『靖国・遊就館フィールドノート 靖国神社と歴史教育』(明石書店、2013年)を、参照し、是非、ご自身の足で、回っていただきたい。後者は、2005年から2013年にかけて、沖縄大学の又吉氏らが、東アジア教育文化学会の活動として取り組んできた、フィールドワークの成果をまとめたもので、とても読み応えのある、充実した内容の本であり、今でも、書店で購入可。お薦め。

ちなみに、又吉氏は同書の中で、遊就館の展示について、次のように、記している。

「私はこの一五年ほど遊就館の展示について観察を続けてきました。展示内容のもう一つの変化は、精神主義的な『武』が強調されていることです。鉄砲の先から平和が生まれる、そしてそれを支えるのが武人だというような考え方です。全体のトーンが戦前への回帰的なものになってきています。最初の展示コーナーが『武人のこころ』から始まり、日本の侵略戦争と植民地支配が正当化されていきます」

「もう一つの変化」の前の段で、又吉氏は「遊就館は、それにしてもどんどん大きくなってきています。(中略)ここ10年、20年の靖国神社の動きの中で、遊就館の展示内容の変化は、敗戦後、長く封印してきた皇国史観を強く前面に出すような構成になっています」と記し、その理由について、「遊就館の展示内容が変化した背景にどういうことがあるかといいますと、戦争体験者、戦没者の関係者が次から次と死没していることがあります。新たな戦死者もなく、靖国神社を支える基盤は、相対的に弱くなってきているわけです。このことに危機感を感じている靖国神社は、これからの二一世紀に向けての対応策を考え、行動しているのだと思います」と、説明している。

というところで、遊就館の説明は、ひとまず終わり、以下、続く・・ということにします。

カテゴリー: 天皇制問題のいま, 靖国神社問題 パーマリンク