強制動員問題の解決のために

竹内康人(歴史研究)

■日本に労務で80万人の朝鮮人を強制動員

日本政府は中国への全面侵略にともない、1938年に国家総動員法を制定し、総力戦体制を強めた。1939年には労務動員計画を立て、植民地朝鮮から日本の炭鉱や工場などへの動員をはじめた。政府は企業ごとに動員数を承認し、企業は朝鮮総督府の関与の下で朝鮮人を連行した。戦時、植民地では皇民化政策が強められ、天皇に忠誠を尽くす臣民がつくられ、労務統制での動員の指示や命令は拒否できないものであった。

1939年から45年までの朝鮮人の動員は、募集、官斡旋、徴用などの名でおこなわれ、日本への動員数は約80万人におよぶ。軍務(軍人・軍属)でも37万人ほどが動員された。このような戦時の動員を朝鮮人強制連行、あるいは朝鮮人強制動員という。その連行現場での労働は強制労働であった。
一般に「徴用工」と言われるが、強制動員被害者と表現すべきである。

■強制動員被害者の尊厳回復要求

日本政府や動員企業の強制連行の責任を問う訴訟が日本で始まったのは1990年代初めである。日本政府や企業は、国家無答責、別会社、時効、除斥、日韓請求権協定で解決済みなど、さまざまな口実で責任を回避しようとした。企業と和解する事例もあったが、最高裁では、原告の動員被害者が敗訴した。
韓国内では民主化運動のなか、過去清算をめざす運動が高まり、21世紀に入ると政府機関として日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会が設置され、被害者認定がおこなわれた。日本製鉄や三菱重工業広島工場などに動員された被害者は新たに韓国内で訴訟を始めた。その訴訟は韓国の地方法院、高等法院では敗訴したが、2012年、大法院は高等法院判決を破棄し、差し戻す決定をした。

その決定には、日本の判決の理由は、日帝強占期の強制動員自体を不法とみる大韓民国憲法の核心的価値と正面から衝突するものであり、その判決を承認することは大韓民国の善良な風俗やその他社会秩序に違反するとあった。この判断を受け、10代前半で女子勤労挺身隊員として三菱重工業名古屋工場や富山の不二越に動員された被害者も韓国内での訴訟に起ち上がった。以後、原告は高等法院で勝訴し、日本製鉄、三菱重工業広島、同名古屋への動員者に対して、2018年に大法院判決が出されたわけである。

■2018年の韓国大法院強制動員判決

2018年の大法院判決は、強制動員を日本の不法な植民地支配や侵略戦争の遂行に直結した日本企業の反人道的不法行為とし、その不法行為に対する強制動員慰謝料請求権を確定させた。日韓請求権協定で解決済みという主張に対しては、その協定は両国の民事的な債権債務関係を解決するものであり、反人道的不法行為に対する請求権は日韓請求権協定の適用対象には含まれないとした。
このように判決は、強制動員被害者の企業に対する強制動員慰謝料請求権を確定し、被害者の尊厳の回復をめざすものであった。それは植民地主義の清算を求める国際的な流れを受けての判断でもある。

■安倍政治での歴史否定論の台頭

日本政府は、1995年の村山首相談話で侵略と植民地支配ヘの反省とお詫びを述べ、それ以降、朝鮮植民地支配に対して反省の意を表明するようになった。1998年の日韓パートナーシップ宣言では「植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ」、「痛切な反省とお詫び」を述べた。植民地支配を「不法」と言明はしないが、植民地支配のもとでの歴史的事実を認め、その「反省とお詫び」は示されるようになった。

しかし、安倍晋三は村山首相談話など、侵略と植民地支配を反省し、詫びるという動きに対抗した。

2015年の安倍首相談話では、日本とロシアの戦争が植民地支配下のアジア・アフリカの人びとを勇気づけたとし、朝鮮の植民地支配にはふれなかった。安倍政権下、強制労働の歴史否定論の影響も顕著となった。過去の朝鮮植民地支配を合法とし、その下での労務動員を正当とするのである。明治産業革命遺産の登録に際しては、戦時に朝鮮人などを意に反して連れてきて厳しい状態で働かせたが、それは合法であり、国際法での強制労働にはあたらないとした。

さらに安倍政治を継承した菅義偉政権は、2021年に強制連行や強制労働の用語を「適切ではない」と閣議決定し、歴史教科書から「強制連行」「強制労働」の用語を削除させるに至った。
安倍政権は、大法院判決に対しても、国際法違反、日韓請求権協定で解決済みと批難し、自らを被害者とみなし、経済報復をおこなった。また企業や経済団体に対して説明会を持ち、訴訟に介入した。それにより、企業は判決に従わず、原告との協議にも応じなかったのである。

■問うべきは植民地主義

日本政府は判決を国際法違反であり日韓請求権協定で解決済みと言う。しかし1965年の日韓条約締結時、日本は植民地統治を合法としており、請求権協定は経済協力金のなかに徴用に関する未払金等を含めて処理するというものであった。それをふまえ、韓国大法院は、強制動員を植民地下での反人道的不法行為とし、請求権協定は民事的な債権債務関係を処理したものであって、反人道的不法行為を処理したものではなく、それは請求権協定では未解決の問題であると解釈し、判決を下した。その判決の論理には道理がある。請求権協定違反でも、国際法違反でもない。日本政府が大法院判決を国際法違反とみなす宣伝自体に誤りがある。

1999年に国際労働機関(ILO)は戦時の朝鮮人・中国人の連行を強制労働条約(ILO29号条約)に違反するとして認定している。にもかかわらず、日本政府はそれを受け入れようとしない。そのような対応こそ国際法に反するものである。

強制動員に関する名簿が 日本政府から韓国政府に渡されたのは1991年になってのことである。訴訟で動員被害者の声が示されたのも1990年代に入ってのことである。日本での日本製鉄や三菱重工業の訴訟では強制労働の被害事実が認定されている。韓国政府によって強制動員の被害認定も21世紀に入ってからなされた。いまだ被害認定の資料自体が不足し、返還されていない朝鮮人の遺骨もある。真相の究明、事実の認定、謝罪と賠償、追悼と記憶など、強制動員問題では被害者の尊厳回復にむけて解決すべき課題が多々あるのであり、「解決済み」ではない。

大法院判決以後の日韓関係の悪化は、安倍政治が過去の植民地支配を反省せず、この判決を理由に被害者面をし、「ボールは韓国にある」などと対応してきた姿勢にある。つまり、克服されない日本の植民地主義に、問題の根幹がある。

■過去の清算にはならない韓国財団肩代わり案

このように日本政府は植民地主義に居直り、強制労働を認知しない。企業も判決に従おうとしない。そのため、原告は企業の株式や商標権などの資産を差し押さえて現金化をすすめてきた。現金化に対しては日本政府が対抗する姿勢を示す。このなかで韓国政府が関係改善にむけて用意した案が韓国財団肩代わり案である。

その案の概要は、韓国政府が2023年1月12日にソウルで開催した強制動員問題解決のための公開討論会で示された。韓国政府傘下の強制動員被害者支援財団が、原告への債務(賠償)を肩代わりする基金を作り、その後、「日本の誠意ある呼応」を求めるというのである。肩代わりにあたっては被告企業と財団の間での「併存的債務引受」の契約が必要となる。

韓国政府による解決策(肩代わり)の正式決定の後、日本政府はこれまでのような反省とお詫びを示す談話を出し、財団が被告企業への求償権を放棄すれば、日本企業による財団への寄付を容認する方向という。
これに対して原告、市民団体は、「加害企業の謝罪や賠償がない」、「日本を免責するもの」、「韓国の主権の放棄、憲法の否定」、「新たな人権侵害」、「被害者よりも加害者を優先する案」、「屈辱的解決策」などと強く抗議した。

この案は、韓国司法が確定した企業に対する強制動員慰謝料請求権を韓国政府が介入して否定するものである。韓国政府の下の財団による肩代わりでは、日本企業の謝罪や賠償はないものとなる。それは被害者の尊厳を回復するものとはならず、再び侵害することになる。日本政府が植民地統治と徴用を合法とする立場での決着となり、植民地支配とその下での強制労働という過去を清算することにはならない。それは、日本企業による反人道的不法行為ヘの賠償を確定した大法院判決の価値を破壊するものである。

■国際基準からみた問題解決の方向

2001年のダーバン会議(人種主義に反対する世界会議)では、植民地支配が人道に対する罪に当たるかが議論された。その宣言では、奴隷制と奴隷貿易を人道に対する罪と認め、植民地主義については、植民地主義が起きたところはどこであれ、いつであれ、批難され、その再発は防止されねばならないとされた。人種差別と植民地主義の克服は国際社会の歴史的課題となったのである。

また、被害者の救済については2005年末、国際連合の総会が「重大な国際人権法、国際人道法違反の被害者の救済と賠償に関する権利の基本原則」を採択した。そこで、重大な人権侵害の被害者は真実、正義、賠償、再発防止を求める権利を持つとされた。具体的には被害者の権利として、持続的な侵害の中断、真実の公開、行方不明の被害者の所在の把握、遺体の調査と発掘、被害者の文化的慣例による葬儀、被害者の尊厳・名誉・権利回復のための公的宣言や司法の判決、事実認定と責任ある公的謝罪、責任者への処罰、被害者への祈念と追悼、各種教育での正確な記載などがあげられている。

国際社会は重大な人権侵害に対しては、被害者は実効性のある救済を受ける権利があるとしていたのである。強制動員被害者の救済についても、金銭による賠償だけでなく、真相の究明、加害行為への責任の認定、公式の謝罪などがなされるべきであり、それによって真実と正義が実現されるのである。

植民地主義の清算や重大な人権侵害被害者の救済を重視する国際的な流れのなかで、韓国大法院強制動員判決が出され、企業に対する動員被害者の強制動員慰謝料請求権が確定されたのである。日本政府と企業はこのような植民地主義の清算と人権被害者救済の権利について理解すべきである。韓国政府の肩代わり案は、被害者を救済するものでも、真実と正義を実現させるものでもない。

■強制動員問題の解決のために

この問題では、日本政府は被害者の尊厳回復を前提とした解決をめざすべきであり、植民地支配と強制動員の歴史的責任をとるという立場を宣言すべきである。口先の「反省とお詫び」では足りない。植民地支配の不法性という歴史認識が問われる。

そのうえで、日本政府と企業は強制動員の事実を認知し、謝罪と賠償の姿勢を示すべきである。また、関係企業は動員被害者の尊厳回復にむけて被害者との協議の場を持ち、その場を日韓両政府は支えるべきである。そして、原告の被害救済とは別に、日韓政府、日韓関係企業は強制動員被害の包括的な解決にむけて協議体を設置し、救済基金設置などを協議すべきである。

日本政府による強制労働の否認はいまも動員被害者の人権を侵害している。史料の公開も真相究明も不十分であり、返還されていない遺骨もある。強制連行・強制労働の事実は歴史教科書から消された。動員犠牲者を追悼する公的施設もない。「平和の少女像」の展示が妨害される。歴史否定論は野放しであり、ヘイトクライムも発生している。

政府による強制労働の認知、真相究明、遺骨返還、教科書での記述復活、公的施設での追悼、歴史否定論やヘイトクライムの克服、これらに取り組むことが、被害者の尊厳回復につながり、植民地主義の克服ともなる。それは戦争被害を防止することでもある。

1965年日韓条約・協定は戦時動員被害者の尊厳回復のない処理であり、韓国軍のベトナム戦争への派兵を導いた。現在の日本政府は、日本国憲法を無視して「敵基地攻撃」を語り、過去の植民地支配での強制労働を認知しない。日本の責任を肩代わりしようとする韓国政府案は、韓国憲法を規範とする韓国司法の判決を否認するものである。共に被害者の尊厳回復を無視する。そのような憲法と被害者の尊厳の無視は、あらたな派兵、戦争の導火線となりかねない。それは人権と平和の形成に反するものだ。

(2023年1月30日)

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